二井 関成(にい せきなり、1943年3月20日 - )は山口県知事。山口県美祢市出身。
[編集] 略歴
- 以後、長崎県(税務課長など)、中小企業庁に出向
[編集] その他
- 同じ自治省出身の山口県知事・平井龍のもと、その1期目から5期目まで県の要職に就いた。二井は平井の後任として県知事に就任したが、平井は5期目任期満了を前にして引き続き知事選に立候補することを模索していたため、二井は平井の意向に沿わない形で知事選に立候補し、当選することとなった。平井は自民党党員でありながら吹田愰(元自治大臣=新進党・公明推薦)を陰で支援していた。また当時自民党幹事長代理野中広務が自民党本部としての二井への推薦に反対し県連推薦に止まったが、安倍晋三・河村建夫らの清和研若手代議士や、清和研幹部で現職の自民党総務会長塩川正十郎の熱心な支援が大きな勝因となった。
- 県の出版物・公用封筒などに『しっかり聞いて』というキャッチフレーズとシンボルマークが印刷されているものがある。これは、二井の知事選初出馬の際に、広報公聴の充実や情報公開の推進をアピールするために使用されたものである。
- 野球が趣味で、甲子園で山口県代表の試合の始球式を務めたことがある。その際の球速は120キロ台だった。光市に本拠地を置く還暦野球チーム「山口アインツ」のメンバーでもある。
- 女性に人気があり、女性の起業者による「山口スーパー・レディース・アソシエーション」が毎年開いている「知事を囲む望年会」には夫妻で毎年参加している。
- 自民党の党員だが2004年分の党費4000円を支払っていないことを2006年9月14日の定例記者会見にて自ら公表。過去2年間に党費を納めていないと自民党総裁選には投票できないという規定により、直後の総裁選挙への投票資格を失った。同選挙では山口4区選出の安倍官房長官の優勢が伝えられており、自身も安倍支持であったが、肝心の地元の県知事が安倍に投票できないという事態に陥った。
[編集] 選挙の記録
[編集] 関連サイト
最終更新 2009年11月10日 (火) 15:01 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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