二百三高地
二百三高地の最新ニュースをまとめて検索!
『二百三高地』(にひゃくさんこうち)は、日本の戦争映画である。1980年に東映系で公開された。また1981年には映画と同じスタッフでテレビドラマ化、TBS系列で放送された。テレビドラマ版タイトルは『二百三高地 愛は死にますか』である。
日露戦争の旅順攻囲戦における203高地の日露両軍の攻防戦を描いた二部構成。
目次 |
[編集] スタッフ
[編集] キャスト
- 浜田晃(大庭二郎)
- 浜田寅彦(大迫尚敏)
- 早川純一(横川省三)
- 原田清人(神鞭知常)
- 原田力(渡辺大佐)
- 土方弘(木下喜作)
- 平田昭彦(長岡外史)
- 弘松三郎(山本権兵衛)
- 船戸順(白井二郎)
- 松尾嘉代(昭憲皇后)
- 南廣(軍曹)
- 三南道郎(金平又八)
- 三船敏郎(明治天皇)
- 武藤章生(竹下少佐)
- 村井国夫(沖禎介)
- 森繁久彌(伊藤博文)
- 矢吹二朗(久司大尉)
- 山田光一(一戸兵衛)
- 湯原昌幸(梅谷喜久松)
- 横森久(土屋光春)
- 吉原正皓(寺内正毅)
- 若林豪(上泉徳弥)、ほか
- 【五十音順】
[編集] テレビドラマ版
『二百三高地 愛は死にますか』は、1981年1月7日 - 2月25日、TBS系列で、毎週水曜日21時00分 - 21時55分(当時の「水曜劇場」枠)に全8話が放送された。製作は東映・TBSである。2009年3月-4月に東映チャンネルで再放送され、DVDが2009年11月21日に発売された。 脚本は映画版に準じた形になっているが、映画版で細かい描写が無かった南山の戦いや乃木勝典の戦死、劇場版では登場しなかった人物の描写(奥保鞏・東郷平八郎など)や劇場版で登場する主要人物のエピソードの追加がされている。またドラマ版での戦闘シーンの一部には、映画版で撮影されたシーンが流用されている。
[編集] スタッフ
- 企画:天尾完次、太田浩児、桑原秀郎(東映)、樋口祐三(TBS)
- 脚本:かさだとしお(笠原和夫・舛田利雄)、橋本綾
- 音楽:山本直純
- 音楽監督:たかしまあきひこ
- 撮影:飯村雅彦
- ナレーター:小林清志
- 殺陣:尾形伸之介
- 主題歌:さだまさし『防人の詩』『聖夜』
- 監督:舛田利雄、村山新治、馬場昭格
[編集] キャスト
- 田村高廣(乃木希典)
- 坂口良子(松尾佐知)
- 永島敏行(小賀武志)
- 山本亘(米川乙吉)
- 山田隆夫(木下九市)
- 水森コウ太(梅谷喜久松)
- 橋本功(牛若寅太郎)
- 南道郎(金平又八)
- 長谷川論(仁杉万吉)
- 石橋雅史(伊地知幸介)
- 福田公子
- 河内桃子(乃木静子)
- 宅麻伸(乃木勝典)
- 三ツ木清隆(乃木保典)
- 長門勇(高橋是清) *映画版にも登場する予定だった。
- 渡辺文雄(東郷平八郎)
- 近藤洋介(児玉源太郎)
- 二宮さよ子(昭憲皇太后)
- 左時枝(米川の妻)
- 中丸忠雄(金子堅太郎)
- 小野武彦
- 矢吹二朗
- 大場順
- 野口元夫(大山巌)
- 弘松三郎
- 尾形伸之介
- 中田博久
- 浜田晃
- 今陽子(金太郎) *郭の芸者。梅谷の恋人(金太郎の由来は不明)。
- 舛田紀子
- ツービート(第七連隊の補充兵)
- 藤田進(山県有朋)
- 木田三千雄
- 原田力
- 役所広司
- 宮城健太狼
- 大原和彦
- 小沢栄太郎(伊藤博文)
- 市川染五郎(明治天皇) *特別出演
[編集] 放映リスト
| 話数 | サブタイトル | 脚本 | 監督 | 映画版に相当する内容 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 開戦 | かさだとしお | 舛田利雄 | |
| 2 | 出動 | かさだとしお | 舛田利雄 | |
| 3 | 旅順 | かさだとしお | 村山新治 | |
| 4 | 第一次総攻撃 | 橋本綾 | 村山新治 | |
| 5 | 二十八サンチ砲 | 橋本綾 | 馬場昭格 | |
| 6 | 白襷隊全滅 | 橋本綾 | 馬場昭格 | |
| 7 | 目標二百三高地 | かさだとしお | 舛田利雄 | |
| 8 | 勝利 | かさだとしお | 舛田利雄 |
[編集] 前後番組の変遷
| TBS系 水曜劇場 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
|
しあわせ戦争
(1980.9.3 - 1980.12.24) |
二百三高地 愛は死にますか
(1981.1.7 - 1981.2.25) |
拳骨にくちづけ
(1981.3.4 - 1981.6.24) |
[編集] 作品の評価
- 本作は脚本を担当した笠原和夫が、当日の天気まで記した巻物のように長い年表を作成した上で、当時の時系列や状況を徹底して調査・取材を行い、膨大な資料を収集した上で脚本を執筆した。(その時の状況や苦労話、逸話などは、笠原の回顧録『昭和の劇』に詳しく記されている)
- 旅順攻囲戦を作品の舞台としながらも、主人公を著名な軍人・政治家の描写や活躍に終始せず、戦場で戦う将兵の思いや葛藤に対しての細かい描写は現在でも評価が高い。
- 東宝の特撮監督中野昭慶による特撮や戦闘シーンは、中野が得意とする派手な爆発や炎上シーンに加え、将兵が機関銃等の新兵器により、なすすべもなく無残な姿で死んでいくという当時としては非常にリアルな演技や表現が話題を呼んだ。
- 公開当時、日本が勝利した戦争の映像化と云う事で、一部の教育者や評論家等、また日本共産党の機関紙・「赤旗(現・しんぶん赤旗)」からは、後年公開の「大日本帝国」(1982年)と同様、「戦争賛美映画」「軍国主義賛美映画」「右翼映画である」と批判された。[1]。
- 一方、第三軍司令部の面子に拘り融通性に欠けた作戦を強行したことへの批判や、トルストイを尊敬し親露的な思想を持っていた小賀武志中尉が、戦いの中で「ロシア人はすべて自分の敵」という台詞を述べるシーン等に象徴させるように、戦争によって変わっていく普通の人々の苦痛を描写しているシーンが多く、非常に良く出来た反戦映画とも云える。
[編集] エピソード
- 日露戦争当時は冬季に戦闘が行われたが、映画の撮影は真夏に行われ、しかも旅順要塞の屋外セットが伊豆大島に作られたために、俳優陣は炎天下に冬服を着込んでの撮影に非常に体力を消耗したという。児玉源太郎役の丹波哲郎によると「汗が目立たない様に、顔に汗抑えをたっぷり塗って演技していたが、衣装の中は汗でベタベタになり、ワンシーン終るたびに裸になって汗を拭いていた」とのこと。
- テレビドラマ版『二百三高地』に、補充兵役としてゲスト出演したビートたけし(漫才コンビ『ツービート』として相方のビートきよしと共に出演)は、撮影での突撃シーンの際、持ちネタであったコマネチをやりながら突撃し、監督以下から顰蹙を買う。たけし自身、そのシーンはカットされたと思っていたが「番組を観たら、そのまま使われていて驚いた」と、後年、バラエティー番組で語っている
[編集] 脚注
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年11月28日 (土) 09:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【二百三高地】変更履歴


