井上一成
井上一成の最新ニュースをまとめて検索!
|
いのうえ いっせい
|
|
|---|---|
| 生年月日 | 1932年1月15日(77歳) |
| 出生地 | 大阪府摂津市 |
| 出身校 | 同志社大学経済学部卒業 |
| 前職 | 薫英女子短期大学講師 |
| 現職 | 薫英女子短期大学客員教授 摂津会理事長 |
| 所属政党 | (日本社会党→) (民主党→) (自由党→) (保守党→) 自由民主党 |
| 称号 | 勲一等瑞宝章 レジオン・ド・ヌール勲章 経済学士(同志社大学・1954年) |
| 世襲の有無 | 無 |
| 親族 | 井上信也(弟) |
| 公式サイト | 井上一成のホームページ |
|
|
|
| 内閣 | 村山改造内閣 |
| 任期 | 1995年8月8日 - 1996年1月11日 |
|
|
|
| 選挙区 | 大阪府第8区 |
| 当選回数 | 8回 |
| 任期 | 1976年12月 - 2000年5月 |
|
|
|
| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 1968年10月 - 1976年10月 |
井上 一成(いのうえ いっせい、1932年1月15日 – )は、日本の政治家。勲等は勲一等。衆議院議員、衆議院運輸委員会委員長、日本社会党副委員長、郵政大臣を歴任した。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 生い立ち
大阪府出身。
1950年に大阪府立茨木高等学校、1954年に同志社大学経済学部卒業。
[編集] 市長から閣僚へ
1968年、36歳で摂津市長(当時の史上最年少市長)当選。在職中に近畿市長会会長などの要職を歴任、2期8年つとめた後、1976年の第34回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で出馬し、初当選。以降連続当選8回。旧社会党副委員長などを歴任後、1995年、村山内閣改造内閣で郵政大臣として入閣する。
[編集] 入閣以降
1996年に社民党を離党し、旧民主党結党参加するが、同年の総選挙では希望していた大阪7区ではなく、大阪8区から出馬。小選挙区では新進党の中野寛成に敗北し比例復活で再選。その後離党し、以降は無所属、自由党、保守党と、政党を移動。 2000年の総選挙では疾病による術後もあり、思うように選挙活動ができなかったといわれている。政界引退後はカンボジアでの学校建設や海外からの留学生のサポートなど、市長、国会議員時代から続けている慈善活動に力をいれている。
[編集] 人物
実弟の井上信也も摂津市長(兄の後継市長)を務め、サラリーマン新党でも活動した。
[編集] 栄典
- 1973年 - 紺綬褒章受章。
- 1977年 - アメリカ・ジョージア州コロンバス名誉市民。
- 1978年 - セネガル共和国勲章(ORDRE DU MERITE)受章
- 1995年 - レジオン・ド・ヌール勲章(Officier)受章。
- 1997年 - 中国蚌埠(バンブー)名誉市民。
- 2002年 - 勲一等瑞宝章受章。
- 2006年 - ロイヤルサハメトライ勲章受章。
[編集] 外部リンク
|
|
|
|
||||||||||||||||||||||||||
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年11月26日 (木) 19:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【井上一成】変更履歴

