井筒屋
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| 種類 | 株式会社 | ||||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 〒802-8511 福岡県北九州市小倉北区船場町1番1号 |
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| 電話番号 | 093-522-3111 | ||||
| 設立 | 1935年7月30日 | ||||
| 業種 | 小売業 | ||||
| 代表者 | 代表取締役兼社長執行役員 中村眞人 | ||||
| 資本金 | 105億3,216万円 | ||||
| 売上高 | 単体765億392万円 連結1,090億614万円 (2009年2月期) |
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| 純資産 | 単体66億2,523万円 連結63億9,003万円 (2009年2月末) |
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| 総資産 | 単体719億271万円 連結805億3,795万円 (2009年2月末) |
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| 従業員数 | 755人(2008年2月末日現在) | ||||
| 決算期 | 2月末 | ||||
| 外部リンク | www.izutsuya.co.jp | ||||
株式会社井筒屋(いづつや、英称:Izutsuya Co., Ltd.)は、福岡県北九州市に本拠を置く日本の百貨店の一つ。日本百貨店協会加盟。九州地場資本の百貨店では唯一東京証券取引所第1部に上場している。
目次 |
[編集] 概要
1935年(昭和10年)7月、九州電気軌道(後の西日本鉄道)と、門司市で呉服店「井筒屋」を経営していた住岡由太郎との共同出資により設立された。社名は井筒屋の屋号を継承して付けられる。1936年(昭和11年)10月小倉本店開店。このような経緯があるため、かつては西日本鉄道グループに属していた。なお、現在も西日本鉄道は9.2%の株式を保有する筆頭株主である。
百貨店形態の直営店としては本店(北九州市小倉北区船場町)の他に北九州市八幡西区黒崎に店舗がある(黒崎店は「黒崎そごう」閉店後にその跡地に移転し、旧店舗は井筒屋アネックス-1としてブックセンターなどに再活用している)。また、久留米市、飯塚市、宇部市、山口市で関連会社により店舗を運営しているほか、福岡県内を中心に進物など限られた商品を扱うサテライトショップを設けている。
1号店として黒崎店に近接して設けたブックセンターは、その後馬借駐車場再開発に合わせた小倉店オープンの際「ブックセンタークエスト」に名称変更。現在は別法人化して独立後、地場書店チェーンの積文館書店(福岡市)に株式の90%を売却しており、井筒屋や西鉄とは無関係な場所への展開も始めている。
2004年2月に小倉そごう跡に開業した小倉伊勢丹にも30%出資し、持分法適用会社となっていたが、商圏競合による売り上げ不振・共倒れ状態防止の観点から、伊勢丹持分の株式を備忘価額の1株1円で全て買い取り[1]、2008年4月1日、「株式会社コレット井筒屋」(新店名「COLET IZUTSUYA」)に商号変更し、閉店期間(当事者は上記経緯から「休業期間」としていた)僅か6日で再開業した。伊勢丹とは、小倉伊勢丹開業を機に情報システムを統合するなど関係を強化していたこともあり、大きな混乱なく移行させることができたとみられている。2009年3月11日には、井筒屋本店との棲み分けを図るためにリニューアルし、新店名「コレット」に改称した。
なお、社章は住友グループの菱井桁マークと酷似しているが、家紋等に用いられる「角立井筒」と呼ばれるものであり(家紋の一覧)、特に住友との関連はない。
[編集] 福岡市における事業
1966年に開業した福岡市のJR博多駅博多口の駅ビル(博多ステーションビル)で関連会社の博多井筒屋が営業していたが、九州新幹線博多延伸に伴うJR九州による博多駅再開発のため2007年3月31日で閉店、博多井筒屋社も解散した。井筒屋は新駅ビルへの出店を望んでいたが、新駅ビルには阪急百貨店と東急ハンズ、シネコンのティ・ジョイが入居することがJR九州から発表された。
博多井筒屋閉店の際に井筒屋から発表・公開された文章の中で「新JR博多駅ビルでの営業は」と書かれており、当時から博多駅ビル以外での場所で再出店を示唆。その後2007年11月2日に博多リバレインイニミニマニモ地下2階部分に井筒屋本体による直営店舗「SALON DE IZUTSUYA U(ユー)」として開店した。「大人の価値観にフィットする上質なセレクトショップ」をコンセプトとしていた。
しかし、売り上げが伸び悩み、会社全体の経営も厳しい状況となったことから、「本拠(北九州)に経営資源を集中する」として、2009年3月30日に同年6月いっぱいで閉店し、福岡市から事実上撤退すると発表した。閉店後は、特産品と九州産焼酎を扱う2店舗が引き続き営業している。
[編集] 経営再建
福岡市への買い物客流出や世界的不況の影響で近年売り上げが落ち込んでおり、2009年3月期決算は大幅な赤字見通しとなった。このため、経営再建を図るため、以下の方策が採られることとなった。
- 北九州市内の直営2店の閉店時間を繰り上げ19時とするとともに、元日以外の店休日を年8日程度に限って復活させる。
- 久留米井筒屋閉店後の2009年3月1日付で会長以下全役員を降格とし、中村眞人が社長に復帰するとともに営業本部長を兼ねる。同時に、役員数を削減する。
- 外部に委託していた一部の業務を自前に戻し、経費を削減する。
またこれに加え、2009年7月6日には、子会社運営の飯塚井筒屋についても、売り上げの回復が見込めないとして同年8月いっぱいで閉店することを発表した。尚、同店跡地に関しては8月17日に井筒屋本体直営で一階と二階部分を「飯塚・井筒屋サロン」として新たに営業することを発表した[2]。
[編集] 交通系電子マネーへの対応
現時点では直営2店に限り、資本つながりのある西日本鉄道の「nimoca」のみに対応する。
[編集] 沿革
- 1935年(昭和10年)7月30日 設立。
- 1936年(昭和11年)10月6日 小倉本店開店。
- 1937年(昭和12年) 九州電気軌道系列の株式会社九軌デパートと合併。その後九州電気軌道系列に入る[3]。
- 1949年(昭和24年) 飯塚店開店。
- 1959年(昭和34年)11月 八幡店(後の黒崎店)開店。
- 1961年(昭和36年)12月 福岡証券取引所に上場。
- 1965年(昭和40年)10月 飯塚店を分社し、新生飯塚井筒屋開店。
- 1966年(昭和41年) 博多駅ビルで子会社店舗開店。
- 1972年(昭和47年)9月 東京証券取引所二部に上場。
- 1973年(昭和48年)7月 東京証券取引所一部に昇格。
- 1987年(昭和62年)10月 浮羽井筒屋開店。
- 1995年(平成7年)8月 若松井筒屋閉店。
- 1997年(平成9年)9月 浮羽井筒屋閉店。
- 1998年(平成10年)8月 小倉本店新館開店。
- 2000年(平成12年)12月 中津店閉店。
- 2001年(平成13年)1月 大牟田井筒屋閉店。
- 2001年(平成13年)10月 黒崎店をJR黒崎駅前(黒崎そごう跡地)に移転。
- 2002年(平成14年)4月 井筒屋アネックス-1(旧八幡店)開店。
- 2003年(平成15年) 伊勢丹と提携関係を樹立。以後子会社整理・小倉伊勢丹開業などにおいて、支援を受ける。
- 2007年(平成19年)3月31日 博多井筒屋閉店、法人解散。
- 2007年(平成19年)11月 サロン・ド・井筒屋U開店。
- 2007年(平成19年)12月25日 小倉伊勢丹の伊勢丹保有株式を全て買い取り、店舗運営を引き継ぐ方針を発表[1]。
- 2008年(平成20年)4月1日 小倉伊勢丹を引き継いだ新百貨店「コレット井筒屋」開業。
- 2008年(平成20年)5月 宇部井筒屋を「山口井筒屋」に改名。
- 2008年(平成20年)10月3日 山口井筒屋、宇部市から山口市に本社移転し、山口市のちまきやから店舗を引き継ぎ再開業[4]。
- 2009年(平成21年)2月28日 久留米井筒屋閉店。
- 2009年(平成21年)3月11日 コレット井筒屋を改装開業し、「コレット」に改名
- 2009年(平成21年)6月30日 サロン・ド・井筒屋U閉店。
- 2009年(平成21年)8月31日 飯塚井筒屋閉店。
- 2009年(平成21年)9月11日 飯塚井筒屋が飯塚・井筒屋サロンとしてリニューアルオープン。
[編集] 店舗
- 小倉本店(北九州市小倉北区船場町1番1号、通称「小倉井筒屋」)
- 井筒屋の旗艦店。以前は本館の西側に紫川別館が存在したが、駐車場棟跡地に建設した新館開業を期に取り壊され、飲食店が入った施設「紫江'S」が開業している。また1980年代には東側出入口の上に電光掲示板が設置されていたが現在は撤去されている。
- 黒崎店(北九州市八幡西区黒崎1丁目1番1号 クロサキメイト西ブロック、通称「黒崎井筒屋」)
- 井筒屋アネックス-1(北九州市八幡西区黒崎、旧八幡店(通称「八幡井筒屋」)→前黒崎店)
- 主なテナント:ブックセンタークエスト黒崎店、家具店i-Maison、無印良品
[編集] サテライトショップ(ギフトショップ、小型売店)
[編集] 関連会社
- コレット(北九州市小倉北区京町)
- 飯塚井筒屋(2009年8月で閉店し、9月11日から飯塚・井筒屋サロンとなる。)
- 小倉本店で販売している「井筒屋饅頭」の社章焼印を、地元出身で内閣総理大臣を務めた麻生太郎の似顔絵に変えた“たろちゃん饅頭”を売っている。
- 山口井筒屋
[編集] 過去の関連会社
- 博多井筒屋
- 井筒屋ウィズカード
- カード子会社。伊勢丹との提携の際、伊勢丹のMDシステム・顧客情報分析システムを有効活用するために譲渡し、伊勢丹アイカード子会社となった。後に伊勢丹経営統合で発足した三越伊勢丹ホールディングスの事業見直し過程で山口フィナンシャルグループに売却された。
- ブックセンタークエスト
[編集] 過去に存在した井筒屋の店舗
- 本城店(直営)
- 北九州市八幡西区光貞台1丁目にあった、屋上に駐車場を備える2階建ての店舗。近くに産業医科大学が開設された3年後、1981年に、同大学北側の大学関係者も多く住む住宅街に開店したが、最寄の国鉄(当時)折尾駅から約3kmという立地の悪さ(同駅から北九州市営バスが店舗正面にある光貞台バス停を結んではいたが、15~20分ほどかかる上に本数も少なかった)もあり、開店から僅か3年余り後、1984年に閉店。跡地は暫く巨大な空き店舗だったが、数年後太陽家具北九州西店が開業し、現在も営業中。なお、現在は旧店舗から東方向に3kmほど離れた場所にあるミスターマックス系の商業施設「メルクス本城」の一角でギフトショップを運営。
- 中津店(直営)
- 若松店(若松井筒屋)
- 博多店(博多井筒屋)
- SALON DE IZUTSUYA U(福岡市博多区下川端 博多リバレインイニミニマニモ地下2階)
- 久留米店(久留米井筒屋)
- 業績不振により2009年2月いっぱいで閉店。但しその後も同社の運営する大牟田、筑後のサテライトショップの営業は継続する。
- 大牟田店(久留米井筒屋大牟田店)
- 浮羽店(浮羽井筒屋)
- 1987年10月開店。うきは商業開発が運営するショッピングセンター「うきはプラザ」の核店舗であった。出店10年目の1997年9月で閉店。2009年現在「うきはプラザ」にはスーパーバリュー、ドラッグセガミ、ダイソーなどが入居している。
[編集] その他の話題
- かつて、テレビ時代劇の『水戸黄門』では、「井筒屋」を名乗る悪徳商店がよく登場していた。善人側の商店名に地元の地名(例えば津軽が舞台の話なら「津軽屋」など)を用い、悪人側の商店名を井筒屋にするといった具合である。もちろん、当社とは全く関係がない。
- JR米原駅における駅弁業者をはじめ、全国各地に点在する同名の業者とも全く関係がない。
- 流通業界への就職を後押しするため、全国で初めて、店舗販売員を養成する専門学校「西日本リテールカレッジ」を設立。卒業生の一部が入社し、既に現場一線で活動している。
- プロ野球チームの南海ホークスが福岡に移転し福岡ダイエーホークスとなった際に、(1989年3月)博多駅の井筒屋の壁面に同チームの若手成長株であった佐々木誠と、その同僚の将来のエース候補で先発ローテーションピッチャーとして頭角を表しつつあった(佐々木と同い年で同期入団)加藤伸一と共に「福岡の、新しい顔です」というコピーの2人が真新しいユニフォームに身をつつんだ大きな全身写真の垂幕が飾られ、博多駅前の通行人にインパクトを与えていた。
[編集] 脚注
- ^ い ろ
- "伊勢丹、小倉撤退へ 井筒屋 完全子会社化し入店". 西日本新聞 (2007-12-25). 2007年12月25日 閲覧。
- "株式会社小倉伊勢丹の株式の取得(子会社化)に関するお知らせPDF". 井筒屋 (2007-12-25). 2008年1月17日 閲覧。
- ^ "飯塚井筒屋 営業終了後の店舗運営についてPDF". 井筒屋 (2009-08-17). 2009年8月17日 閲覧。
- ^ "流通業やレストラン・ホテルへの進出". にしてつニュース -西鉄この100年-. 西日本鉄道 (10 2007). 2008年1月16日 閲覧。
- ^ い ろ "子会社の新規出店および商号変更に関するお知らせPDF". 井筒屋 (2007-11-14). 2008年1月17日 閲覧。
- ^ "博多駅の顔 井筒屋閉店 ファン41年の歴史惜しむ". 西日本新聞 (2007-4-1). 2008年1月7日 閲覧。
- ^ 松屋の倒産 - 松屋の24,362日
[編集] 関連項目
- 博多駅 - 博多井筒屋の店舗が博多口駅ビル内にあった。建替え工事に伴い撤退。
- 伊勢丹 - 以前はシステム統合等の提携関係にあったが、経営の独立性は相互に保たれている。提携関係は完全解消にまでは至らず。
- ニューウェーブ北九州 - 日本フットボールリーグに属するチーム。九州サッカーリーグ時代の2007年までメインスポンサーの一つだった
[編集] 外部リンク
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