井野碩哉

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井野 碩哉(いの ひろや、1891年12月12日 - 1980年5月19日)は、日本政治家官僚農林大臣(第20代)、拓務大臣法務大臣弾劾裁判所裁判長(第30代)、衆議院議員(1期)、参議院議員(3期)などを務めた。

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[編集] 来歴

東京府東京市(後の東京都)日本橋区出身。東京開成中学一高東京帝国大学卒業後、農商務省官僚となる。

農林省蚕糸局長を経て、1937年に企画庁創立に伴い企画庁次長(初代)となる。その後、農水次官に就任。1941年近衛内閣に農林大臣として初入閣。東条内閣でも引き続き農林大臣に就任。東条内閣では拓務大臣も兼務した。1942年衆議院議員選挙に出馬し当選。1945年護国同志会結成に参画。

戦後、1945年9月11日にA級戦犯容疑者として逮捕されるが、その後釈放。横浜・巣鴨の監獄に収容されていた際は、賀屋興宣らと囲碁を楽しんだという。

公職追放の解除後の、1953年参議院議員選挙三重県選挙区)に自由民主党から出馬し初当選。参院議員、岸派のメンバーとして政界に復帰した。1959年第2次岸内閣改造内閣で法務大臣に就任。1965年勲一等瑞宝章を受章。1967年、弾劾裁判所裁判長に就任した。1972年、旭日大綬章受章。

1978年、自叙伝「藻汐草―井野碩哉自叙伝」を著した。1980年5月19日死去。叙正三位。

[編集] 備考

  • 1942年、農相として食糧管理法を成立させた
  • 農民連顧問を務めた井野隆一は息子である。

[編集] 井野碩哉を演じた人

[編集] 主な著書

  • 藻汐草―井野碩哉自叙伝(暁山会、1978年)
    • 2000年に大空社から復刻版が刊行された。
先代:
石黒忠篤
農林大臣
1941 - 1943
次代:
山崎達之輔
先代:
東郷茂徳
拓務大臣
1941 - 1943
次代:
廃止
先代:
愛知揆一
法務大臣
1959 - 1960
次代:
小島徹三

最終更新 2009年12月1日 (火) 12:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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