交響曲第7番 (ベートーヴェン)

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交響曲第7番イ長調作品92ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが作曲した7番目の交響曲。明るく軽快な曲想から広く支持され、現在でも演奏される機会が多い。

目次

[編集] 概要

ベートーヴェンの交響曲中でも最もリズミカルな作品である。第5番第6番におけるさまざまな新たな試みの後に、再び正統的な手法による交響曲に回帰した作品であり、9つの交響曲中最もバランス感覚に優れた作品といえる。

音楽家からの評価はさまざまである。ワーグナーは各楽章におけるリズム動機の活用を指して、この曲を舞踏の聖化と絶賛している。その一方で、ウェーバーは「ベートーヴェンは今や精神病院行きだ」との言葉を残し、ワインガルトナーは「他のいかなる曲よりも精神的疲労を生じさせる」と語っている。

作曲は1811年から1812年にかけて行われ、初演は、1813年12月8日ウィーンにて、ベートーヴェン自身の指揮で行われた。同じ演奏会で初演されたウェリントンの勝利のほうが聴衆の受けはよかったとされるが、それでも初演は成功であり、第2楽章はアンコールを求められた。

[編集] 演奏時間

第1・3・4楽章のすべての繰り返しを含むと約42分である。

ただし、すべての繰り返しが行われる演奏は少なく、その結果40分弱の時間で演奏されることが多い。カラヤンベルリン・フィルなどでは35分を切る時間で演奏されている。

[編集] 編成

編成表
木管 金管
Fl. 2 Hr. 2 Timp. Vn.1
Ob. 2 Trp. 2 Vn.2
Cl. 2 Va.
Fg. 2 Vc.
Cb.

第3番のような拡張されたホルンパートはなく、第5番や第6番のようにピッコロやトロンボーンを動員することもなく、第9番のような合唱はもちろん使用されていない。また書法も第3番や第9番に比べて明瞭であり、古典的、正統的な管弦楽といえる。

8番の初演で一緒に演奏された際は、木管楽器が倍、弦楽器はヴァイオリン各18、ヴィオラ14、チェロ12、コントラバス7、さらに出版譜に無いコントラファゴットも2本加わるという当時としては巨大な編成であった。

[編集] 構成

古典的な交響曲の形式に従うが、緩徐楽章(第2楽章)では通例「遅く」などと指定されるところを「やや速く」と指定されている。また、全曲を通してリズムが支配的であり、快い速度で全曲を駆け抜けていく。

[編集] 第1楽章 Poco sostenuto - Vivace

トゥッティで四分音符が強く奏され、オーボエがソロで奏でる。そして、長大な上昇長音階の輝ける序奏の後、付点音符によるシチリアーノの軽快なリズムの音楽が始まる。第1主題はフルートの楽しげなソロによって提示される。そこから付点音符の動機が全曲を通して反復されるため第2主題との対比は少ない。シチリアーノが主題部展開部再現部すべてを支配しておりワーグナーの評が指示する通りである。コーダでは低弦によるオスティナートが用いられている。

[編集] 第2楽章 Allegretto

初演時に聴衆から特に支持された楽章。シューマンはこの主題を基に変奏曲を遺しているし、ワーグナーはこの楽章をさして「不滅のアレグレット」と呼んでいる。複合三部形式の主部は変奏曲の形式であり、かたくなに同音が反復されつづける静的な旋律でありながらも、和声的には豊かに彩られている。最初の三小節でホルンと木管が奏でる印象的な和音のあとに、弦楽器で第1主題が奏でられる。

ヴィヴァーチェ、プレスト、アレグロが立て続けに演奏されるこの曲の中では、「アレグレット(少し速く)」は、比較的遅い速度設定である。ベートーヴェンは、ゆっくり、しかし普通のアンダンテやアダージョよりは速くしてほしい、という意図で、このように設定したようである。

[編集] 第3楽章 Scherzo. Presto

スケルツォとトリオ。ただしトリオは二回現れ、ABABAの形式になっている。コーダでは第9番のそれと同様にトリオが短く回想される。

[編集] 第4楽章 Allegro con brio

  • イ長調、ソナタ形式、2/4拍子(提示部反復指定あり)

熱狂的なフィナーレ。第2楽章同様、同一リズムが執拗に反復され、アウフタクトである2拍目にアクセントが置かれている。第1主題は後年の資料研究からアイルランドの民謡「ノラ・クレイナ」の旋律からとられたとされている。第1楽章同様、コーダでは低弦によるオスティナートが演奏される。

[編集] 関連項目

[編集] 前後の作品

  • 作品番号
    • Op91戦争交響曲「ウェリントンの勝利」 - Op92交響曲第7番 - Op93交響曲第8番
  • 交響曲

[編集] 余談

[編集] 新しい楽譜

自筆スコアは現存しており、ポーランドクラクフ・ヤギェウォ図書館に収蔵されている。これは戦前ドイツに有ったものが第2次大戦の際に戦火を避けて疎開させられ、ドイツの敗戦後ポーランドに接収されたためである。初版は1816年シュタイナー社から交響曲では初めてパート譜とスコアの両方が出され、ベートーヴェンから「悪魔」と呼ばれるほど目敏い写譜力を誇ったアントン・ディアベッリ(悪魔とは"Diabolus Diabelli"というベートーヴェンがよく使った語呂合わせ)が出版用筆写スコアを準備した。

さらにベートーヴェン自身が修正した初版の校正刷りもベルリン国立(州立)図書館にある。それまでの交響曲に比べて7番に関する資料はベートーヴェン自身が修正したものが多く残っており、ベートーヴェンが書きたかった/避けたかった稿態を知る手がかりとなる。

20世紀末に残存する原典資料の点検が行われ、ベーレンライター社がジョナサン・デルマーの編集で、ブライトコプフ社もペーター・ハウシルトの編集で新しい原典版を出版した。また将来ボンのベートーヴェン研究所が編纂する新ベートーヴェン全集版(編集はエルンスト・ヘルトリヒ。当初は5~6番の児島新が校訂する予定だったが、他界により引き継いだ)もヘンレ社から刊行予定である。

  • 資料が多いのでどの資料に従うかによって譜面は変化する。2社が出した原典版もほぼ同じ資料に拠りながら全く同じではない。『第九』では資料があまりにも多いことなどで、細部の決定が非常に困難になっている。

出版されて以来一世紀以上にわたって多くの指揮者/団体が使用して来たブライトコプフ・ウント・ヘルテル社による旧ベートーヴェン全集の版(エディション)では、第2楽章の最後(275~276小節)第1・2ヴァイオリンパートは第2ヴァイオリンは275小節、第1ヴァイオリンは同じ小節の後半にアルコの指示がある。その部分の少し前から続くピチカートからアルコに切り替えて弾かれるのだが、エーリヒ・クライバーカルロス・クライバー親子を始め一部の指揮者がピチカートのまま弾かせているので違いが聞いてはっきり判る。これは自筆スコアを参照した結果汚れなどで見にくい当該部分をアルコ無しと判断したからとみられる。

  • この部分についてハウシルト版は旧全集版と同じだが、ジョナサン・デルマーは275小節の第1ヴァイオリンにあったアルコを初版や筆写スコアと同じ276小節に移している。

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  1. ^ P.ハウシルトのブライトコプフ新版は開始を2/2としている

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年10月25日 (日) 01:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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