京急本線

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京急本線
1000形(2代)(金沢文庫-金沢八景、2007年7月5日)
路線総延長 56.7 km
軌間 1435 mm
電圧 1500 V (直流)
最高速度 120 km/h
tBHF
1.2 泉岳寺駅
tABZrf
都営浅草線
exKBHFa TUNNELe
高輪駅 1933年廃止
exSTR BHF BHF BHF
0.0 品川駅
exSTRlf eABZlg STR STR
ABZ3rg STRq KRZo STRrf STR
JR東山手線横須賀線
KRZu STRq KRZo STRq STRrf
JR東海東海道新幹線
LUECKE STR
JR東:東海道線京浜東北線
LUECKE BHF
0.7 北品川駅
eBHF
大横町駅 -1908
eBHF
黒門駅 -1904
eBHF
北馬場駅 新馬場駅に統合
BHF
1.4 新馬場駅
eBHF
南馬場駅 新馬場駅に統合
BHF
2.2 青物横丁駅
eBHF
海晏寺駅
tSTRq KRZt tSTRq
東臨りんかい線
BHF
2.7 鮫洲駅
eBHF
浜川駅 -1944
eBHF
土佐山駅 -1912
BHF
3.5 立会川駅
eBHF
鈴ヶ森駅 -1944
BHF
4.8 大森海岸駅
LUECKE STR
大森支線
HST exKBHFl eABZgr+r
大森停車場前駅 /左:大森駅
LUECKE eBHF
海岸駅 -1904
eBHF
大森八幡駅 -1944
eBHF
大森海水浴場前駅 -1929
BHF
5.7 平和島駅
BHF
6.5 大森町駅
BHF
7.2 梅屋敷駅
BHF
8.0 京急蒲田駅
ABZlf STRlg
空港線
STR TUNNELa
STR tKHSTe
羽田空港駅
STR FLUG
羽田空港
eABZlf exSTRq exSTRlg
STR exBHF
下町駅 -1923
eBHF exBHF
出村駅 -1949
BHF exBHF
9.4 雑色駅
STR exBHF
八幡塚駅 -1906
BHF exBHF
10.6 六郷土手駅/中町駅
eGRENZE+WBRÜCKE WASSERq
eGRENZE+WBRÜCKE + exSTR
eGRENZE+WBRÜCKE + exSTR
eGRENZE+WBRÜCKE
多摩川東京都神奈川県
STR STRrg xKRZ
大師線
STR STR exABZrg
大師線旧線
ÜWol
STR + ÜWc3
STR + ÜWc3
STR
exBHF
六郷橋駅
ÜWc1 ÜWgo+r exBHF
新宿駅
eABZrg exSTRrf
LUECKE HUB63
BHF + HUB25
BHF + HUB25
BHF
HUB64
11.8 京急川崎駅
HST + HUB84
HST + HUB84
HST
HUB61 STR
uexKBHFa + HUB83
uexKBHFa + HUB83
uexKBHFa
左:川崎駅
STR exSTRrg eABZrf uexSTRlf
川崎市電
STR exKDSTe STR
川崎貨物駅
STRrg ABZdrf exSTRq eKRZu exSTRlg
東海道貨物支線
ABZ3rf KRZu STRq TBHFu ABZdll
13.1 八丁畷駅
ABZrg STRq KRZu STRrf
JR東:南武線東海道貨物線
STR BHF
13.8 鶴見市場駅
ABZlg STR
JR東:横須賀線
KHSTa + HUB84
KHSTa + HUB84
KHSTa
HST + HUB82
HST + HUB82
HST
BHF
15.3 京急鶴見駅 鶴見駅
STR STR STR
海岸電気軌道
STR STR
eBHF + HUB84
eBHF + HUB84
eBHF
uexKBHFl + HUB82
uexKBHFl + HUB82
uexKBHFl
総持寺駅 -1944
STRlf KRZu STRq KRZu HSTq
JR東:鶴見線 国道駅
STR BHF
16.1 花月園前駅
STR BHF
16.9 生麦駅
ABZlf STRq KRZu
東海道貨物線(高島線
STR eBHF
キリン駅 -1949
HST BHF
18.3 京急新子安駅 /左:新子安駅
STR BHF
19.3 子安駅
ABZlg STRrg ABZrf
JR東:横浜線
STR KDSTe BHF
20.0 神奈川新町駅
STR STR
新町検車区
HST BHF
20.5 仲木戸駅 /左:東神奈川駅
ÜWol ÜWc3 eBHF
21.1 反町駅 -1930
ÜWc1 ÜWo+r BHF
21.5 神奈川駅
tSTRlg STR STR
東急東横線
leer
tBHF + HUB63
tBHF + HUB63
tBHF
BHF + HUB25
BHF + HUB25
BHF
BHF + HUB82
BHF + HUB82
BHF
22.2 横浜駅
leer
tSTRlf + HUB26
tSTRlf + HUB26
tSTRlf
KRZt KRZt
みなとみらい線
leer
leer + HUB26
leer + HUB26
ABZlf KRZu
JR東:根岸線
leer
tBHFq + HUB26
tBHFq + HUB26
tBHFq
KRZt KRZt
横浜市営ブルーライン
leer
KBHFa + HUB83
KBHFa + HUB83
KBHFa
STR STR
相鉄本線
STRrf ÜWor STR
←JR東:東海道線・横須賀線
eBHF
平沼駅 -1944
BHF
23.4 戸部駅
TUNNEL1
BHF
24.8 日ノ出町駅
BHF
25.6 黄金町駅
BHF
26.5 南太田駅
TUNNEL2
BHF
27.7 井土ヶ谷駅
TUNNEL2
BHF
29.1 弘明寺駅
TUNNEL2
tSTRrg KRZt tSTRrf
横浜市営:ブルーライン
tBHF + HUB84
tBHF + HUB84
tBHF
BHF + HUB82
BHF + HUB82
BHF
30.8 上大岡駅
tSTRrf TUNNEL2
BHF
33.0 屏風浦駅
BHF
34.3 杉田駅
KRZu STRrf
JR東:根岸線
TUNNEL1
BHF
36.7 京急富岡駅
BHF
37.4 能見台駅
BHF
39.5 金沢文庫駅
KDSTa ABZlf STRlg
東急車輛製造横浜製作所
STRlf ABZlg KDSTe
金沢検車区
STR
シーサイドライン
BHF + HUB84
BHF + HUB84
BHF
uKBHFl + HUB82
uKBHFl + HUB82
uKBHFl
40.9 金沢八景駅
STRrg ABZrf
逗子線
KHSTe STR
新逗子駅
BHF
42.8 追浜駅
BHF
44.5 京急田浦駅
TUNNEL2
KRZo STRlg
JR東:横須賀線
TUNNEL1 LUECKE
BHF
47.1 安針塚駅
TUNNEL1 LUECKE
BHF HST
48.1 逸見駅 横須賀駅
TUNNEL2 TUNNELa
KRZt tSTRrf
JR東:横須賀線
TUNNEL2
BHF
49.2 汐入駅
TUNNEL2
BHF
49.9 横須賀中央駅
TUNNEL2
BHF
51.1 県立大学駅
BHF
52.3 堀ノ内駅
STRrg ABZrf
久里浜線
KHSTe STR
三崎口駅
BHF
53.1 京急大津駅
BHF
54.2 馬堀海岸駅
TUNNEL2
KBHFe
55.5 浦賀駅

本線(ほんせん)は、東京都港区泉岳寺駅神奈川県横須賀市浦賀駅を結ぶ京浜急行電鉄の鉄道路線である。

なお起点は品川駅であり、後年延伸された泉岳寺駅 - 品川駅間1.183kmもキロポストは品川駅からの距離に基づき設置されている。

目次

[編集] 概要

品川から東京湾沿いに南下し、横浜市南東部・横須賀市東部へと延びている。東京と横浜を結ぶ都市間路線および三浦半島地域へ向かう放射状の都市郊外路線としての性格を併せ持つ路線である。都営浅草線と相互直通運転を行っており、千葉県方面へ直通する列車も多い。近年は空港線とともに空港連絡鉄道としても機能している。

[編集] 路線データ

  • 路線距離:56.7km
  • 軌間:1435mm
  • 駅数:50駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:全線(うち子安駅 - 神奈川新町駅は3線、金沢文庫駅 - 金沢八景駅は複々線
  • 電化区間:全線(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 保安装置:C-ATS
  • 最高速度:120km/h(品川 - 横浜)、110km/h(左記以外の区間)

[編集] 運行形態

原則的に20分サイクルのパターンダイヤが組まれ、速達列車と普通列車とが各所で緩急接続を行う。速達列車は停車駅を限定することで表定速度を高め、普通列車の頻繁運転と緻密な緩急接続により通過駅での利便性を確保している。また、車両の増解結を頻繁に行なうことも特徴的である。

本線からは大師線を除く京急各線へ直通列車が運転されている。ダイヤ上の基幹列車とされる快特はすべて堀ノ内駅から久里浜線に直通し、堀ノ内駅 - 浦賀駅は枝線の印象が強い。ただし、朝ラッシュ時には浦賀発着の特急列車(一部は金沢文庫駅以北快特)も運転される。空港線へは品川・浦賀両方面から直通列車が設定されている。

都営地下鉄浅草線や京成電鉄各線などと相互乗り入れを行っており、以下に挙げる路線の各駅へ直通列車が存在する。基本的には空港線へ乗り入れる列車が多いが、一部は久里浜線や逗子線と直通する。直通列車の最長距離の列車は三崎口発京成成田行きの特急が平日上り一本のみだが存在する。現在京急蒲田以南への直通はほぼ自社の車両に限られ、ラッシュ時に東京都交通局の車両が数本乗り入れる程度だが、かつては京成電鉄や北総開発鉄道・住宅都市整備公団(現北総鉄道)の車両も乗り入れていた。

現行ダイヤにおける拠点駅の1時間当たり運行本数は、横浜駅では日中18本、平日朝のピーク時で26本である。また品川駅では、京急蒲田方面が日中18本、平日朝24本、泉岳寺方面は朝 - 日中がおおむね12本、夜間9本となっている。

[編集] 最高速度

歴史にもあるとおり、京浜間では開業時より東海道本線、後には東急東横線などの競合線が常に存在し、また三浦半島方面へは横須賀線と競合、さらに近年では羽田空港アクセスで東京モノレールとも競合するため、伝統的に高速運転が行われてきた。

戦後では認可速度80km/hから始まり、1953年に90km/h、1958年秋には100km/h、1967年からは特急で105km/h 運転が認可された。1995年以降は品川 - 横浜間で120km/h(増圧ブレーキ非装備の車両と他社車両は110km/h)、横浜以南で110km/h となり、関東の私鉄路線としてはつくばエクスプレスに次いで高速の部類に入る。軌間が標準軌という点は高速運転に有利だが、軌道や信号設備の改良など120km/h運転を行う準備に数年を要した。首都圏の鉄道事業者は、直接他社線と競合する路線が少ないこと、限られた線路容量や線形の中でほぼ終日に亘り高密度ダイヤで運転されること、また高速化よりもまず安全性や定時性重視という傾向もあることなどから、2009年の時点で、一般列車の120km/h以上の運転を実施しているのは、当社、上記つくばエクスプレスおよびJR東日本と少数である[1]

なお、品川 - 横浜間の120km/h区間では、信号機にYG現示を明滅させる抑速信号(制限速度105km/h、C-ATSの照査速度は100km/h)を採用している。これは最高速度を105km/hから120km/hとするにあたり、信号機の移設・増設、閉塞数の変更を行わずにブレーキ距離を確保するためである(京急本線の閉塞区間の平均間隔は大手私鉄では阪神本線の平均240mに次いで短い290mである)。抑速現示による速度制限を受けている状態では従前の進行現示と同等の距離で停止でき、最高速度の向上が可能となった。抑速現示は2008年現在京急独自の方式だが、北総鉄道北総線京成成田新高速鉄道線でも採用が予定されている。

なお京急では列車種別毎にも最高速度が決められていて、快特120km/h、特急110km/h、急行100km/h、普通95km/hとなっている。ただし使用車両の最高速度が低い場合はそれに従うことになる。

[編集] 列車番号

列車番号は3桁ないし4桁の数字の末尾にアルファベットを加えて表される。アルファベットは列車種別により異なるが、案内上の種別より区分が詳細なため、趣味者の間などで分類に利用される場合がある(「B快特」「C特急」などと呼ぶ)。付番方式については列車番号の付番方法#京浜急行電鉄を参照。

[編集] 列車種別

[編集] 現行の列車種別

1999年7月以降は以下の6種別で構成され、日中は快特・急行・普通の3種が運行されている。停車駅についての詳細は停車駅表を参照。また、優等列車は種別ごとに種別色(停車駅表参照)を定めており、英語での案内にはその色を用いる場合もある。

[編集] 京急ウィング号

詳細は「京急ウィング号」を参照

平日夜間の下りのみ運転される、ホームライナーに相当する列車である。着席通勤を目的とした列車であるため、乗降客の多い横浜駅を敢えて通過にしているのが特徴である(このあたりは京成電鉄のモーニングライナー・イブニングライナーが京成船橋駅を通過することと同じような事情である。JR東日本東海道本線湘南ライナーおよび通勤快速も横浜駅大船駅までの短距離利用客も混じっての慢性的混雑を緩和させるため、川崎駅横浜駅を通過する)。

品川駅から乗車する場合には着席整理券(200円)が必要だが、上大岡駅から先は乗車券のみで乗車できる。快特より停車駅は少ないが、高密度ダイヤのため所要時間は前後を走る快特とほぼ同等となっている。なお、事故・災害などで遅延が発生している場合は、臨時快特(京急蒲田・京急川崎・横浜停車。場合によっては、青物横丁・平和島に臨時停車する場合もある)となる場合がある。なお、停車駅や着席整理料金など一般の快特とは趣を異にするが、正式の種別自体は同様に「快特」となっている。

停車駅
品川 - 上大岡 - 金沢文庫 - 横須賀中央 - 堀ノ内 -(久里浜線内各駅)

[編集] 快特

快特は、乗車券のみで乗れる列車では最も停車駅が少ない。かつては「快速特急」という名称だったが、1999年夏のダイヤ改正に伴い、通称・略称として用いられていた「快特」が正式名称となった。種別色から、Green Limited Express, Green Train と称される場合もある。日中の京急川崎以南では唯一の速達列車となる。「快速特急」の項目も参照。なお旅客案内上は特に用いられないが、列車番号の末尾につくアルファベットから、泉岳寺より都営線以遠に直通する快特は「SH快特」、自社線内のみで運行を完結する快特は「A快特」と通称される。

日中の久里浜線直通の快特は、自社線内のみを2扉オールクロスシート2100形主体で運行する列車(A快特)と、3扉車を用いて都営浅草線・京成押上線に直通する列車(SH快特)がそれぞれ20分間隔で交互に、両者を合わせて概ね10分間隔で運転される。A快特は泉岳寺で都営浅草線列車に接続する。青砥方面行SH快特は、京成押上線を急行運転する列車と、普通列車となる列車が交互に運転され(青砥発は全列車泉岳寺まで各駅停車)、共に青砥で特急成田空港行き(京成上野発着)に接続する。金沢文庫以南ではすべて8両編成だが、多くの列車は品川・京急川崎 - 金沢文庫で大手私鉄最長の12両編成となる。自社線内運転の快特は京急川崎 - 金沢文庫で空港線直通特急(#特急参照)を、平日夕方以降と土休日は都営線直通列車も品川(平日は一部京急川崎) - 金沢文庫で浦賀・新逗子発着の普通を併結する。ただし、夏季に沿線で花火大会などの大規模な催し物が開催される場合には、輸送力増強のために後4両を金沢文庫止まりとして、金沢文庫駅で車両を交換する措置が取られることがある。また、日中のA快特は3扉車による代走運用もある。この場合、駅放送で「本日に限り、各車両3つドアで到着を致します。」とアナウンスされることもある。

運用は、横浜 - 品川間の120km/h運転や増解結を行なう関係で京急車が主体となる。京急川崎 - 横浜間の駅間平均速度は96km/hであり(駅間距離10.4kmを6分30秒)、これは大手私鉄に限れば比較的速い数値となる。京急蒲田 - 品川・泉岳寺間では、上記のA快特とSH快特に加えて、日中は空港線直通の快特・エアポート快特(後述)が交互に、それぞれ40分間隔(あわせて20分間隔)で運行している。羽田空港 - 都心方面の快特は早朝・深夜以外はあまり京急車を使わず、京成車、都営車での運用が多い。また早朝や夜間には羽田空港駅と横浜・横須賀方面を結ぶ列車も設定されている。

ラッシュ時には少数ながら都営車も使われる。朝ラッシュ時は線内運転で完結する列車のみ運転されるが、この場合金沢文庫までは特急として運転される(B快特)。平日夕ラッシュから夜にかけては品川駅発着の列車も乗車率が高くなるためすべて3扉車で運転、2扉車は京急ウィング号に使用される。また、夏季に沿線で花火大会などの大規模な催し物が開催される場合には、輸送力増強のためにA快特は3扉車で運転するほか、催し物の実施会場の最寄り駅に臨時停車する措置が取られることがある。なお、120km/h運転は非常ブレーキの増圧工事を行った京急車と一部の都営車に限られるため、残りの都営車と京成車では110km/hでの運転となる。

利用者の一部では「快特」であるにもかかわらず、京急線では運行されない「快速」や日中は運行されない「特急」で会話が通じることがある。

[編集] エアポート快特

詳細は「エアポート快特」を参照

羽田空港駅から京成線内へ直通する列車である。日中は40分間隔で運行し、京急線内では通常の快特とあわせて20分間隔での運転となる。京成佐倉行きの列車が主だが、一部は成田空港駅、芝山千代田駅まで乗り入れる。京急線内での停車駅は快特と同様だが、都営浅草線内でも一部の駅を通過し、押上駅で種別変更され京成線内は快速となる。平日夕ラッシュ時以降には、京急線内は急行、京成線内は快特(一部通勤特急)扱いとなる列車も存在する。すべて8両編成で、京成車での運用が中心だが都営5300形、京急600形も使用される。下り列車は京急線内では快特と差がなく、単に「快特」と案内されることが多い。

[編集] 特急

特急は、1999年夏のダイヤ改正以降、空港線に乗り入れる列車を除き、早朝深夜・朝夕ラッシュ時のみ運転されている。

平日朝の上り特急は金沢文庫駅以北で快特となる列車があり(以前の通勤快特と同様の列車)、B快特と呼ばれている。最混雑時(横浜駅発7:30 - 8:30)に運行される6本(品川行き)については、金沢文庫から品川までの区間で、12両編成の一番前の1両が女性専用車となる。種別色から Red Limited Express, Red Train とも称される。

平日ラッシュ時の特急は主に都営浅草線直通列車として運転され、朝は12両編成となる。12両での運転区間は上りは快特と同じ区間(金沢文庫→品川)だが、下りは神奈川新町駅のホーム有効長が8両分のため、京急川崎までとなる。この場合、後寄りの車両4両は京急川崎から回送扱いとして神奈川新町で切り離すか、京急川崎で切り離して普通列車として運転される。夕方ラッシュ時や深夜にも運転されるが、都営車での運用も存在するために、増解結を行わず、8両編成で運転する。また羽田空港駅・京急川崎駅までの特急(C特急)もある。こちらも神奈川新町までは12両編成での運転になる。

12両運転は、土休日の朝も行われ、上り電車において、C特急は、金沢文庫で前4両を増結し、H特急は、金沢文庫で後4両羽田空港行きを増結する。C特急は品川で折り返した後、京急川崎まで12両で運転する。下りでA快特となる場合は、金沢文庫まで12両で運転する。なお、週末のC特急の12両運転は、休日の場合を除く土曜日のみである。H特急の増結については上り電車に関しては、上記と同様である。下り電車では、羽田空港発の電車は、京急川崎で上記の方法でSH快特を待避し連結、金沢文庫止まりとして運転する。

現行のダイヤでは後続の快特に追い抜かれることはほとんどない。ただし、平日の朝ラッシュ時、ごく一部のC特急が、神奈川新町駅で後続のB快特に抜かれることや、京急久里浜駅で終着の快特の接続待ちするケースはある。かつては快特が久里浜線内でも通過運転を行っていたために快特に追い抜かれる特急も存在していた。なお京急川崎では後述のように、駅間で快特に追い抜かれる光景が見られる。

日中の特急は現在、京急川崎以南で快特と併結し、羽田空港と横浜方面を結ぶ列車のみである。なお、この列車は下りの場合京急蒲田を併結する快特に先行して発車し、京急川崎の引上線に一時停車、快特を先にホームに進入させた後その後部に連結される。金沢文庫以南では快特と分割され、4両編成の普通列車として浦賀駅または新逗子駅まで運行される。逆の上りは金沢八景 - 金沢文庫間で外側線を走行中に快特を先行させ、金沢文庫 - 京急川崎間でその後部に併結となる。

また平日朝には横浜方面と羽田空港を結ぶ6両・4両編成の特急も存在する。

京急伝統の手法として、各駅停車の種別を「特急」や「快特」とする場合がある。これは京急では列車番号を種別ごとに定めていることから、同じ編成を用いる列車については種別をそろえるためである。2006年12月現在、このような列車は堀ノ内以南(久里浜線を含む)と金沢文庫 - 新逗子で見られる。

なお、平日の下り最終電車の特急には深夜特急(印旛日本医大発・金沢文庫行)という愛称が付けられ、一部の駅の行先表示器でも案内されているが、停車駅などは通常の特急と同様である。但し途中駅での普通列車との接続はない。

[編集] 急行

急行は大部分が都営浅草線と直通運転する。全て京急蒲田駅から空港線に直通し、空港線内では実質的に普通列車として機能している。朝夕は10分間隔、日中は20分間隔で運転され、日中は空港線直通快特と併せて品川 - 羽田空港方面の列車を毎時6本の運転としている。特急との違いは立会川駅の停車のみである。ほぼすべての列車が8両編成で運転されるが、6両編成列車も一部ある。

使用車両は都営車、北総車が主体(ラッシュ時には京成車の運用もある)で、日中の京急車による運転は希である。基本的に後続列車に追い抜かれることはないが、ラッシュ時、夜間を中心に平和島駅で快特(または京急ウイング号)や特急に追い抜かれる列車も存在する。

なお箱根駅伝で選手が京急蒲田付近の空港線踏切(第一京浜)を通過する予定の時間帯には、空港線の運転規制により下りのみ京急蒲田→京急川崎間で臨時運転されることがある(途中停車駅はなし)。

かつては京急蒲田以南においても急行の設定があったが、普通列車に置き換わる形で1999年7月に廃止された。廃止直前までの運用例として、日中は主に6両編成で京急川崎から逗子線の新逗子間までの運転で、800形が使用されていた。また、朝ラッシュ時間帯は8両編成で新逗子から品川を経由して都営浅草線、京成線、北総・公団線(現・北総線)方面への運用もあり、旧北総・公団線7000形、7300形、都営5000形といった車両を中心に運行されていた。このほか、京急線に所属する全ての車両が使われるなどバラエティーにあふれていた。

廃止時の停車駅
京急蒲田 - 京急川崎 - <鶴見市場> - 京急鶴見 - <※花月園前> - 生麦 - 子安 - 神奈川新町 - 横浜 - 日ノ出町 - 黄金町 - <井土ヶ谷> - <弘明寺> - 上大岡 - 京急富岡 - <能見台> - 金沢文庫以南各駅
  • <>内は朝夕ラッシュ時などの臨時停車駅(鶴見市場と能見台は朝ラッシュ時上りのみ臨時停車) ※花月園前駅は花月園競輪開催時に停車していた。

また、浦賀・久里浜方面に設定されていた時期もある。当初は金沢文庫以南で現在の特急とほぼ同じく金沢八景、追浜、横須賀中央、堀ノ内、馬堀海岸、浦賀に停車したが、1957年3月からは金沢文庫以南各駅停車となった。1970年6月に全ての急行が逗子線直通となり消滅した。

[編集] 普通

普通は全線を運行し、各駅に停車する。かつては全線に渡り概ね10分間隔で運行していたが、急行の運転区間短縮に伴い、日中は品川駅 - 京急川崎駅、金沢八景駅 - 浦賀駅で概ね10分間隔、京急川崎駅 - 金沢文庫駅では3-7分間隔(毎時12本)で運転されている。なお、金沢文庫駅 - 京急川崎駅間のみ運用の列車は、ダイヤが乱れている際は、運休となる場合がある。複々線区間の金沢八景駅 - 金沢文庫駅は、本線と逗子線直通の普通電車が交互に、0-10分間隔で運転されている(0分というのは、上りは金沢八景駅で、下りは金沢文庫駅で2本同時に発車することがあるため)。優等列車は多くが8両または12両編成であるのに対し、ほとんどの列車が4・6両編成である。ただし、朝ラッシュ時には優等列車の折り返し運用などで例外的に8両編成の列車も存在する。慣例的な呼称として「普通車」が使用される場合もある(これは関西ではよく見られるが、関東では京急が唯一)。

朝と夜間には横浜方面と羽田空港を結ぶ列車も運行される。中には京急川崎以南を普通列車として、京急川崎 - 羽田空港間を特急として運行する列車も存在する。駅の時刻表などではこの列車は上りは京急川崎まで「普通京急川崎行」、京急川崎から「特急羽田空港行」、下りは京急川崎まで「特急京急川崎行」、京急川崎以南は「普通新逗子行」または「普通金沢文庫行」と案内される。

毎年大晦日から翌年の元日にかけては、横浜 - 品川・泉岳寺・都心方面間で終夜運転を行っているが、その際は普通列車のみの運転となる。

[編集] 過去の列車種別

[編集] 通勤快特

1981年6月22日のダイヤ改正より登場。平日朝の上りのみ運転され、横浜駅以南では特急停車駅、以北では登場当時の快速特急停車駅に停車する種別として登場した。1999年7月に名称廃止となり、現在は同じ形態の列車が金沢文庫で快特に種別変更する特急という形で運転されている。設定時より通勤快特が正式種別名であり、通勤快速特急とは称さない。

廃止時の停車駅
品川 - 京急蒲田 - 京急川崎 - 横浜 - 上大岡 - 金沢文庫 - 金沢八景 - 追浜 - 汐入 - 横須賀中央 - 堀ノ内以南各駅

[編集] エアポート特急

京成本線の京成高砂駅・青砥駅と羽田空港駅を結ぶ列車。京急線内では特急、都営浅草線内ではエアポート快特と同じ駅に停車していた。詳細はエアポート快特の項目を参照。

[編集] ハイキング特急

1950年4月1日に登場した京急初の特急列車。ハイキング回数乗車券を持つ乗客だけが乗れる定員制列車だった。当初は品川-浦賀間を94分で結び、途中9駅に停車した。この時の表定速度は35.5km/hだった。当初の愛称には「三笠」、「剣崎」、「房総」、「三崎」、「灯台」、「鷹取」が存在した。

1952年春のダイヤ改正で学校裏(現・平和島)、子安、上大岡の3駅での待避線の使用が開始されると「三崎」と新設された「城ヶ島」が品川-浦賀間をノンストップ運転で65分で結んだ。この時の表定速度は51km/hだった。また、品川-浦賀間では「灯台」と新設された「大島」、「鋸山」、「第一房総」、「第二房総」が京浜川崎と横浜に停車して69分で結んだ。そのほか、逗子線方面では逗子海岸行きの「油壺」と神武寺行きの「鷹取」があった。1953年秋からはノンストップ運転の列車は「第二房総」と「城ヶ島」の2本に増え、3分短縮の62分運転となった。

1954年春から「第二房総」は房総半島への日帰りハイキングが楽しめることから人気が集中したため6両編成に増強し、秋には4分短縮の58分運転となった。「第二房総」は1956年秋には表定速度68km/hで走行し、品川-浦賀間48分運転となった。ハイキング特急はこの頃が最盛期となり、浦賀行きの「第三房総」、京浜久里浜行きの「白秋」も設定され、最大で9本が運行されるときもあった。しかしマイカーによる道路混雑が始まると連絡バスが上りハイキング特急の発車時刻までに到着しない事態が発生し、1965年秋をもってハイキング特急は廃止された。

[編集] 週末特急

1956年3月より、大島・金谷航路接続を目的として品川-浦賀間に設定された特急列車。途中停車駅は京浜川崎、横浜、金沢文庫、横須賀中央の4駅だった。品川駅12時40分発の列車には「ラ・メール号(フランス語で海の意)」、13時40分発の列車には「パルラータ(イタリア語で甘き語らいの意)」の名称が与えられた。ハイキング特急とは異なり定員制ではなかった。しかし、沿線人口の増加と通勤需要の増大により、1968年6月8日に快速特急(現・快特)へと発展的に解消した。

[編集] 通勤急行

1957年3月17日に登場し、平日朝に運転された。金沢文庫以南各駅停車となった急行の一部を従来のまま残し名称変更したもので、1958年9月7日には特急増発に代えて消滅した。

[編集] 準急

1950年4月1日のダイヤ改正より急行運転再開と共に登場した種別。1954年7月7日のダイヤ改正で消滅。

廃止時の停車駅
品川 - 青物横丁 - 立会川 - 学校裏 - 京浜蒲田 - 京浜川崎 - 八丁畷 - 鶴見市場 - 京浜鶴見 - 生麦 - 子安 - 横浜 - 横浜以南各駅

[編集] 歴史

東京都南部・川崎市付近に開業した軌道線を順次延伸し、明治時代末には東京と横浜を結ぶ都市間路線を形成した。昭和に入ると湘南電気鉄道が横浜と横須賀を結ぶ郊外路線を開業させ、これを取り込むことで路線の概形が完成した。戦後は設備の改良によって輸送力増強や所要時間短縮を図り、直通先の多様化などを経て現在に至っている。

  • 1901年(明治34年)2月1日 京浜電気鉄道により、川崎駅(後の六郷橋駅) - 大森停車場前開業。1,435 mm 軌間を使用し、直流600 V で運行
  • 1902年(明治35年)9月1日 六郷橋駅 - 川崎駅開業
  • 1904年(明治37年)3月1日 軌道を1,372 mm に改軌
  • 1904年(明治37年)5月8日 品川駅(現北品川駅) - 八幡駅(現大森海岸駅)開業。大森停車場前 - 八幡間が支線
  • 1905年(明治38年)頃 八幡駅を海岸駅に改称
  • 1905年(明治38年)12月24日 川崎駅 - (旧)神奈川駅開業
  • 1906年(明治39年)10月1日 雑色駅 - 川崎駅間の新線開業、雑色駅 - 六郷橋駅間の旧線廃止。旧線上の八幡塚駅、中町駅廃止、新線上に六郷堤駅(現六郷土手駅)開業。六郷橋駅 - 川崎駅を大師線に移管し大師線分岐駅を川崎駅に変更
  • 1910年(明治43年)3月27日 新子安駅(現京急新子安駅)開業
  • 1914年(大正3年)4月12日 花月園前駅開業
  • 1915年(大正4年)8月21日 新町駅(現神奈川新町駅)開業
  • 1916年(大正5年)12月25日 八丁畷駅開業
  • 1924年(大正13年)3月11日 八ッ山橋駅 - 高輪駅開業。高輪駅は現品川駅の第一京浜向かい。これまでの品川駅を北品川駅に改称
  • 1925年(大正14年)11月 蒲田駅、川崎駅、鶴見駅をそれぞれ京浜蒲田駅、京浜川崎駅、京浜鶴見駅に改称
  • 1927年(昭和2年) 山谷駅を大森山谷駅に改称
  • 1927年(昭和2年)4月 市場駅を鶴見市場駅に、新町駅を神奈川新町駅に改称
  • 1929年(昭和4年)6月22日 神奈川駅 - 横浜駅開業。横浜駅は仮駅で、月見橋付近に設ける。(旧)神奈川駅廃止
  • 1930年(昭和5年)2月5日 横浜駅移転開業に伴い、横浜駅乗り入れ
  • 1930年(昭和5年)3月29日 青木橋駅(現神奈川駅)開業
  • 1930年(昭和5年)4月1日 湘南電気鉄道により、黄金町駅 - 浦賀駅開業。軌間1,435 mm、直流1,500 V で運行
  • 1930年(昭和5年)4月6日 青木橋駅を京浜神奈川駅に改称
  • 1930年(昭和5年)7月10日 湘南富岡駅(現京急富岡駅)開業
  • 1931年(昭和6年)1月1日 高輪駅 - 京浜蒲田駅で急行列車運転開始
  • 1931年(昭和6年)7月10日 杉田駅開業
  • 1931年(昭和6年)12月26日 横浜駅 - 黄金町駅開業、現在の本線が全線開通。京浜電気鉄道と湘南電気鉄道との間で軌間が異なるため、湘南電気鉄道の軌間である1,435 mm で敷設
  • 1932年(昭和7年)7月25日 生麦 - 新子安間にキリンビール前駅開業
  • 1933年(昭和8年)4月1日 横浜駅以北を改軌 (1372 mm → 1435 mm ) し、品川 - 浦賀間直通運転開始。省鉄品川駅乗り入れ、高輪駅廃止
  • 1933年(昭和8年)7月1日 海岸駅を大森海岸駅に改称
  • 1934年(昭和9年)10月1日 軍需部前駅(現安針塚駅)開業
  • 1935年(昭和10年)7月10日 東京湾汽船(現:東海汽船)との連絡運輸開始。これに伴い、伊豆大島航路連絡列車「大島号」運行開始
  • 1936年(昭和11年)12月25日 黄金町駅-上大岡駅間を600Vに降圧し、急行運転区間を品川駅 - 上大岡駅間に拡大
  • 1937年(昭和12年)3月8日 支線化した大森停車場前 - 大森海岸を廃止
  • 1940年(昭和15年)10月1日 軍需部前駅を安針塚駅に、横須賀軍港駅を横須賀汐留駅に改称
  • 1941年(昭和16年)11月1日 湘南電気鉄道、京浜電気鉄道と合併。黄金町駅 - 浦賀駅間が京浜電鉄線となる
  • 1942年(昭和17年)5月1日 京浜電気鉄道、東京急行電鉄に合併。「大東急」の一員となった
  • 1943年(昭和18年)6月30日 横浜 - 戸部間の平沼駅休止
  • 1943年(昭和18年)11月1日 新子安駅を京浜新子安駅に改称
  • 1944年(昭和19年)5月1日 品川駅 - 黄金町駅および横浜駅 - 浦賀駅に運転系統を分離
    • 旧京浜電気鉄道と旧湘南電気鉄道との間で電圧が異なるため、電車運用の効率化を行う為の措置
  • 1944年(昭和19年)5月10日 谷津坂駅(現能見台駅)開業
  • 1944年(昭和19年)10月20日 キリンビール前駅をキリン駅に改称
  • 1944年(昭和19年)11月10日 浜川駅、鈴ヶ森駅、大森八幡駅、総持寺駅、平沼駅を廃止
  • 1945年(昭和20年)12月22日 横浜駅 - 上大岡駅1,500Vに昇圧
  • 1947年(昭和22年)1月20日 湘南富岡駅廃止
  • 1947年(昭和22年)3月1日 湘南富岡駅移転の上で再開業
  • 1947年(昭和22年)12月25日 横浜駅以北を1,500Vに昇圧、全線1,500Vに統一
  • 1948年(昭和23年)6月1日 東京急行電鉄から旧京浜電気鉄道・湘南電気鉄道の経営していた路線を分離し、京浜急行電鉄が発足
  • 1948年(昭和23年)7月15日 品川駅 - 浦賀駅直通運転を復活
  • 1949年(昭和24年)4月24日 「ハイキング急行」運行開始
  • 1949年(昭和24年)6月30日 生麦・京浜新子安間のキリン駅、学校裏・梅屋敷間の大森山谷駅廃止
  • 1950年(昭和25年)4月1日 急行列車運行再開、「ハイキング特急」、準急列車運行開始
  • 1952年(昭和27年)7月6日 品川駅 - 逗子線逗子海岸駅(現新逗子駅)で「海水浴特急」運行開始
  • 1952年(昭和27年)12月15日 大森町駅開業
  • 1954年(昭和29年)3月22日 特急列車運行開始。当初は平日ラッシュ時のみ
  • 1954年(昭和29年)3月27日 「週末特急」運行開始
  • 1954年(昭和29年)7月7日 特急列車の増発
  • 1956年(昭和31年)3月27日 「週末特急」に「ラメール」・「パルラータ」の愛称が与えられる。
  • 1956年(昭和31年)4月20日 京浜神奈川駅を神奈川駅に改称
  • 1957年(昭和32年)3月17日 特急の終日運行化
  • 1958年(昭和33年)5月26日 特急の朝ラッシュ時10分間隔運行開始
  • 1961年(昭和36年)9月1日 学校裏駅を平和島駅に、横須賀汐留駅を汐入駅に、横須賀堀内駅を堀ノ内駅に改称
  • 1963年(昭和38年)11月1日 湘南富岡駅、湘南田浦駅、横須賀公郷駅、湘南大津駅をそれぞれ京浜富岡駅、京浜田浦駅、京浜安浦駅、京浜大津駅に改称
  • 1966年(昭和41年)7月7日 特急列車終日10分間隔での運行を開始
  • 1967年(昭和42年)3月19日 特急の最高速度を105km/hに引き上げ
  • 1968年(昭和43年)6月15日 従前運行されていた「週末特急」・「海水浴特急」を定期化する形で快速特急運転開始
  • 1968年(昭和43年)6月21日 品川駅 - 泉岳寺駅が開業し、都営地下鉄1号線(現浅草線)と相互乗り入れ開始。主に特急・急行が乗り入れ
  • 1969年(昭和44年)12月9日 本線全線に1号型ATS設置完了
  • 1969年(昭和44年)12月31日 三浦海岸駅 - 京成成田駅で初詣用夜行直通特急「招運号」を2往復運転。以降1978年(昭和53年)頃まで春季・夏季などに京成線との直通特急を散発的に運転する
  • 1974年(昭和49年)5月26日 12両編成運転開始に備え、横浜駅の下りホームを撤去し島式1面2線に改修
  • 1974年(昭和49年)12月2日 朝ラッシュ時に金沢文庫駅 - 横浜駅で特急の12両編成運転開始
  • 1976年(昭和51年)10月15日 北品川駅 - 青物横丁駅高架化、北馬場駅・南馬場駅を統合し新馬場駅開業
  • 1978年(昭和53年)3月6日 子安駅 - 神奈川新町駅三線化
  • 1978年(昭和53年)3月10日 金沢文庫駅 - 金沢八景駅三線化
  • 1978年(昭和53年)8月21日 夕方ラッシュ時に快速特急運行開始
  • 1978年(昭和53年)12月19日 鶴見市場駅 - 花月園前駅間高架化(上り線は3月1日に先行高架化)
  • 1981年(昭和56年)6月22日 平日朝ラッシュ時の上り輸送改善策として、金沢文庫駅以南は特急停車駅、金沢文庫駅以北で現在の快特停車駅に停車し、金沢文庫駅 - 品川駅12両編成の通勤快特を運転
  • 1982年(昭和57年)12月1日 谷津坂駅を能見台駅に改称
  • 1986年(昭和61年)4月1日 夕時間帯以降、快速特急の12両運転開始
  • 1987年(昭和62年)6月1日 京浜蒲田、京浜川崎、京浜鶴見、京浜新子安、京浜富岡、京浜田浦、京浜安浦、京浜大津の各駅をそれぞれ京急蒲田、京急川崎、京急鶴見、京急新子安、京急富岡、京急田浦、京急安浦、京急大津に改称
  • 1990年(平成2年)12月2日 青物横丁駅 - 大森町駅高架化
  • 1992年(平成4年)4月16日 京急ウィング号運転開始
  • 1995年(平成7年)4月1日 快速特急の最高速度を品川駅 - 横浜駅120km/h、横浜駅以南110km/hに引上げ。特急は全線110km/hで運行
  • 1997年(平成9年)4月7日 京急田浦 - 安針塚駅間で土砂崩れにより電車脱線、19名重軽傷
  • 1997年(平成9年)10月4日 都営浅草線直通特急の12両運転区間が品川まで延長される。 空港線へ直通する特急が登場し、都営浅草線直通列車を大幅に増発
  • 1998年(平成10年)11月18日 空港線羽田空港駅開業に伴い、エアポート快速特急・エアポート特急運行開始、京急蒲田が快特停車駅に昇格
  • 1999年(平成11年)7月 金沢文庫駅 - 金沢八景駅複々線化
  • 1999年(平成11年)7月31日 白紙ダイヤ改正を行い、それまでの快速特急について略称として定着していた快特を正式名称とした
    • 平日朝に運行されていた通勤快特及び京急蒲田駅以南で運行していた急行を廃止。但し、通勤快特は金沢文庫駅で快特に種別を変更する特急列車として運行
    • 都営浅草線直通の横浜方面発着の特急を日中は全列車、ラッシュ時も一部列車を快特に格上げ
    • 金沢文庫駅で快特と増解結を行い、品川駅 - 新逗子駅・浦賀駅を結ぶ列車を設定。当初は休日のみであったが、後に平日にも拡大
    • 空港線内の区間列車は大半が本線・都営浅草線直通列車に変更
  • 2002年(平成14年)10月12日 京急川崎駅・金沢文庫駅で増解結を行う羽田空港駅 - 新逗子駅・浦賀駅の快特も設定される(空港線内は特急として運転)。また、日中の品川駅発着快特を泉岳寺駅発着に延長、浅草線に連絡する
  • 2004年(平成16年)2月1日 京急安浦駅を県立大学駅に改称
  • 2006年(平成18年)7月22日 横浜駅に下り専用ホームを再設置・供用開始
  • 2007年(平成19年)1月27日 品川駅の引上線で回送列車(6両編成)が脱線。一時品川 - 京急川崎で不通
  • 2007年(平成19年)3月18日 ICカード乗車券「PASMO」導入
  • 2009年(平成21年)2月14日 保安装置をC-ATSに更新
  • 2014年(平成26年)(予定) 平和島駅 - 六郷土手駅高架化

[編集] 駅一覧

並行するJR各線よりこまめに駅を設けており、平均駅間距離は1.2km弱と短い。また緩急接続を頻繁に行なうため、おおむね3 - 6駅ごとという頻度で待避可能駅を配置している。すべて有人駅であり、自動改札機自動券売機を備える。また2006年には全駅にAEDが設置された。

各駅のホーム有効長は停車種別により大きく異なり、品川 - 金沢文庫の特急停車駅は12両(神奈川新町下りホームのみ8両)、その他の特急・急行停車駅(以前の運転区間を含む)は8両、普通列車のみ停車する駅は6両(梅屋敷は4両)編成に対応する。ホーム番線は最も下り線側から1番線、2番線とされている。

頭に社名・金沢が付く駅や神奈川新町などは、冒頭部分を省略して川崎・新町・文庫などと略記されることもある。以前は列車の方向幕でも省略形が多く見られた。

  • エアポート快特の停車駅は快特と同様。
  • 普通は全区間で運転、全駅に停車。列車の折返しは泉岳寺・品川・京急蒲田・京急川崎・神奈川新町・横浜・上大岡・金沢文庫・金沢八景・逸見・堀ノ内・浦賀の各駅で可能。
  • 急行の京急蒲田 - 京急川崎(△)は箱根駅伝(復路)開催時のみ臨時運転。
  • 8月15日大田区平和都市宣言記念花火の祭典が行われた場合は臨時に六郷土手駅始発の空港線直通普通列車が運転されるほか、折返しウィング号となる回送列車を特急列車として臨時停車させる。また毎年8月上旬、三笠公園周辺での「よこすか開国祭花火大会」開催時には汐入駅に、8月末、海の公園での「金沢まつり花火大会」開催時には金沢八景駅に数本の快特が臨時停車(△)する。
凡例
停車駅 … ●・◎:停車(◎:定期列車の始発・終着のある駅)、|:通過
列車待避 … ◇・◆:上下とも待避可能(◆は配線上可能だが、実際には行なわれていない)、△:上りのみ待避可能、▽:下りのみ待避可能
*:この駅間の乗り換えでの連絡運輸はなし。
駅名 駅間営業キロ 通算営業キロ 急行 特急 快特 接続路線・備考 列車待避 所在地
泉岳寺駅 -  -1.2 都営地下鉄浅草線浅草線 (A-07)(押上方面直通運転)   東京都 港区
品川駅 1.2  0.0 東海旅客鉄道東海道新幹線
東日本旅客鉄道東海道線横須賀線山手線京浜東北線
 
北品川駅 0.7  0.7     品川区
新馬場駅 0.7  1.4    
青物横丁駅 0.8  2.2    
鮫洲駅 0.5  2.7  
立会川駅 0.8  3.5    
大森海岸駅 1.3  4.8    
平和島駅 0.9  5.7   大田区
大森町駅 0.8  6.5    
梅屋敷駅 0.7  7.2    
京急蒲田駅 0.8  8.0 京浜急行電鉄空港線(品川方・浦賀方とも直通あり)
雑色駅 1.4  9.4    
六郷土手駅 1.2 10.6    
京急川崎駅 1.2 11.8 京浜急行電鉄:大師線
東日本旅客鉄道:東海道線・京浜東北線・南武線川崎駅
神奈川県 川崎市
川崎区
八丁畷駅 1.3 13.1   東日本旅客鉄道:南武線(南武支線)  
鶴見市場駅 0.7 13.8       横浜市
鶴見区
京急鶴見駅 1.5 15.3   東日本旅客鉄道:京浜東北線・鶴見線鶴見駅
花月園前駅 0.8 16.1      
生麦駅 0.8 16.9    
京急新子安駅 1.4 18.3   東日本旅客鉄道:京浜東北線(新子安駅)*   横浜市
神奈川区
子安駅 1.0 19.3    
神奈川新町駅 0.7 20.0   車庫所在駅
仲木戸駅 0.5 20.5   東日本旅客鉄道:京浜東北線・横浜線東神奈川駅  
神奈川駅 1.0 21.5      
横浜駅 0.7 22.2   東日本旅客鉄道:東海道線・横須賀線・湘南新宿ライン・京浜東北線・根岸線・横浜線
東京急行電鉄東横線
相模鉄道本線
横浜市営地下鉄ブルーライン(3号線)(B20)
横浜高速鉄道みなとみらい線
  横浜市
西区
戸部駅 1.2 23.4      
日ノ出町駅 1.4 24.8       横浜市
中区
黄金町駅 0.8 25.6       横浜市
南区
南太田駅 0.9 26.5    
井土ヶ谷駅 1.2 27.7      
弘明寺駅 1.4 29.1      
上大岡駅 1.7 30.8   横浜市営地下鉄:ブルーライン(1号線)(B11) 横浜市
港南区
屏風浦駅 2.2 33.0       横浜市
磯子区
杉田駅 1.3 34.3   東日本旅客鉄道:根岸線(新杉田駅
横浜新都市交通金沢シーサイドライン(新杉田駅)
 
京急富岡駅 2.4 36.7     横浜市
金沢区
能見台駅 0.7 37.4      
金沢文庫駅 2.1 39.5   車庫所在駅
金沢八景駅 1.4 40.9   京浜急行電鉄:逗子線(品川方と直通あり)
横浜新都市交通:金沢シーサイドライン
追浜駅 1.9 42.8       横須賀市
京急田浦駅 1.7 44.5      
安針塚駅 2.6 47.1      
逸見駅 1.0 48.1    
汐入駅 1.1 49.2      
横須賀中央駅 0.7 49.9      
県立大学駅 1.2 51.1      
堀ノ内駅 1.2 52.3   京浜急行電鉄:久里浜線(品川方と直通あり)
京急大津駅 0.8 53.1        
馬堀海岸駅 1.1 54.2        
浦賀駅 1.3 55.5        

[編集] 廃駅

当線は軌道から高速鉄道化への過程や戦時休止などにより多くの廃駅が存在する。

北馬場駅・南馬場駅
現在の北品川・青物横丁間にあり、路線の高架化に際して統合され新馬場駅となった。
鈴ヶ森駅
1904年開業。立会川と海岸(大森海岸)の間に存在し、国道15号架道橋の海岸側に設置されていた。高所にあったが、柵などの設備もそれほど整っていなかったことと、戦時中のスパイ防御などの理由で1944年に廃止された。1990年の架道橋の架け替えまで、ホーム跡が長く形跡をとどめていた。
出村駅
1901年開業。京急蒲田駅と雑色駅との間に存在した。かつては列車の待避が可能な急行停車駅であったが、戦時休止となり、1949年廃止。跡地は京急蒲田駅付近連続立体交差事業の用地となっている。
総持寺駅
1911年開業。京急鶴見駅と花月園前駅との間にある総持寺踏切の南側に存在した。総持寺参拝のために設置された駅で、後に海岸電気軌道への乗換駅となった。1943年に戦時休止となり、1944年廃止。
キリンビール前駅
1932年開業。生麦駅と京急新子安駅の間に存在し、その名の通りキリンビールの工場近くに開設されていた。戦時休止され、1949年に廃止。
平沼駅
1931年開業。横浜駅と戸部駅の間に存在し、1943年に戦時休止、1944年に廃止された。なお、かつて東海道本線に存在した平沼駅とは関係無い。

[編集] 沿線概況

京急の路線。本線は赤(ランドサット衛星写真画像)

[編集] 泉岳寺 - 横浜

この区間はおおむね国道15号(第一京浜)と並行し、北北東から南南西へと線路が延びる。沿線は市街地や住宅地になっているが、並行する東海道線より東京湾側を通り、工業地にも近い。

海岸線近くの平地を進むが、高架区間と地上区間が入り混じるため、その行き来のため急勾配となる箇所も複数存在する。路面電車を源流とする区間であるが、立会川駅以南では大きな速度制限を受ける曲線はなく、線形は比較的良い。京急線としては高架区間の比率が高いが、一部では地上を走行している。

都営浅草線に接続する泉岳寺駅と高架駅である品川駅の間には下り線33‰、上り線38‰の急勾配が存在し、品川の南では 25km/h 制限を受ける半径100mの急曲線で左に折れて JR各線を乗り越える。北品川駅付近で地上に戻ったのち高架区間となり、以降は100km/h以上での運転が可能な区間で鮫洲駅付近のS字カーブを減速して通過後、快特は120km/hまで速度を上げる。平和島駅から六郷土手駅まで再び地上を走行、この間にある京急蒲田駅では空港線が分岐する。付近では第一京浜、環八通りといった幹線道路との踏切開かずの踏切として問題となっており、連続立体交差化工事が進められている。

六郷土手を過ぎると多摩川を渡って川崎市へ入り、京急川崎駅では高架上の本線から大師線への連絡線が分かれる。横浜市に入ると鶴見線や東海道貨物支線などと交差し、高架区間と地上区間を行き来しながら東海道本線と並行して進む。途中子安駅 - 神奈川新町駅は上り線が2線ある3線区間となっており、神奈川新町には新町検車区が隣接する。

[編集] 横浜 - 金沢八景

横浜以南では線路を南に向け、おおむね国道16号と並行する。横浜駅以北とは一転して丘陵地帯を縫うように進み、山岳トンネルも現れるようになる。沿線は拠点駅周辺を除くと住宅地となっている区間が多い。日ノ出町以南はかつて湘南電気鉄道により地方鉄道線として敷設された区間だが、断続的に曲線区間が現れ、線形は良くない。

横浜駅の南側では急曲線で根岸線をくぐり、野毛山をトンネルで抜けると日ノ出町へ。ここから井土ヶ谷駅付近までは鉄道省が建設を計画していた京浜線(後の京浜東北線)延長区間の用地が転用されており、西南西へと進む。その区間を抜けると南へ進路を変え、杉田付近で再び根岸線をくぐる。運行上の拠点である金沢文庫駅と金沢八景駅の間は複々線化されており、東に金沢検車区、西側には東急車輛製造横浜製作所が立地する。

[編集] 金沢八景 - 浦賀

三浦半島へと入り、沿線は海岸近くまで山が迫る地形となる。そのためトンネルが連続し、谷となる箇所に駅が設けられている。曲線区間や勾配のある区間が多く、やはり線形は良くない。山がちな地形のため沿線の平地は密集した住宅地・商業地となっており、傾斜が急な箇所にも住宅地が造成されている。

金沢八景では追浜方で逗子線が平面交差し右手へ分岐する。横須賀市に入ると横須賀線が接近し、京急田浦駅 - 安針塚駅、逸見駅 - 汐入駅の両区間で京急本線が乗り越す。短いトンネルを抜けると横須賀市の中心市街地に位置する横須賀中央駅を通過する。県立大学駅 - 馬堀海岸駅はかつて海岸線付近に敷設された区間だが、埋め立てが進んだ現在では海岸まで数百m程離れている。

堀ノ内駅からは久里浜線が分岐するが快特や特急のほとんどは久里浜方面へ行くため京急大津駅から終点浦賀駅までは実質支線のような扱いである。馬堀海岸から観音崎の付け根をトンネルで抜けると開国の町としても知られる終点の浦賀となる。戦前はさらにトンネルを掘削して久里浜方面へ延伸する構想もあったが、軍事的な理由で早急な鉄道敷設が求められ、工期を短縮するため堀ノ内から支線(久里浜線)が建設された。


[編集] 脚注

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  1. ^ 通勤形・近郊形車両による一般列車に関して、関西圏ではJR西日本で130km/h、中京圏ではJR東海、名鉄で120km/h運転が実施されている。大手私鉄の有料特急では近鉄で130km/h、東武で120km/h運転が実施されている。

[編集] 関連項目

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最終更新 2009年11月14日 (土) 08:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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