京浜急行バス
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![]() 京浜急行バス 空港リムジンバス H6340 |
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 略称 | 京急バス、京浜急行バス |
| 本社所在地 | 日本 〒108-8625 東京都港区高輪2丁目20番20号 |
| 設立 | 2003年4月10日 |
| 業種 | 陸運業 |
| 事業内容 | 乗合バス事業,貸切バス事業,特定バス事業他 |
| 代表者 | 代表取締役社長 谷澤幹男 |
| 資本金 | 50億円(2007年3月31日現在) |
| 従業員数 | 1,004名(2007年3月31日現在) |
| 主要株主 | 京浜急行電鉄 |
| 外部リンク | http://www.keikyu-bus.co.jp/ |
京浜急行バス(けいひんきゅうこうバス、英称:Keihin Kyuko Bus Co., Ltd. )株式会社は、京浜急行電鉄のバス事業部門の承継を目的とした完全子会社として2003年4月に設立され、同年10月1日に営業を開始したバス事業者である。路線バスの営業範囲は、東京都南東部から神奈川県東部の三浦半島にまでわたり、品川・横浜などと全国各地を結ぶ高速バスや、アクアライン経由路線、羽田空港のアクセスを担うリムジン路線も数多く運行している。
子会社に羽田京急バス、横浜京急バス、湘南京急バス、東洋観光を持つほか、京急観光バスを保有していた(既に解散)。京急の路線バスは、最終的に羽田京急バス、横浜京急バス、湘南京急バスに移管され、京浜急行バスはこれらの管理統括会社(持株会社)となる予定である。なお路線バスの運行を担当するこれら3社についてはこの項目であわせて取り扱う。
京急は路線バスの低床化に早い時期から積極的に取り組んできた。1986年にいち早くノンステップバスを導入したほか、1988年にはワンステップバスを企画、日野自動車をはじめとするメーカー各社との共同開発により、導入が進められた。これらの車両は「京急型ワンステップバス」と呼ばれ[1]、各営業所に配置されたほか、グループ会社の川崎鶴見臨港バスでも使用され、のちのワンステップバス市販化に大きな影響を及ぼした。
なお、大阪府寝屋川市にも「京急バス」を名乗るバス会社[2]があったが、資本・人材も含めて一切の関係はない。
目次 |
[編集] 沿革
京浜急行バスは2003年に設立された会社であるが、ここでは前身の京浜急行電鉄、京浜電気鉄道のバス事業を含めて記述することとする。
[編集] 京浜電気鉄道のバス事業
京浜急行の前身である京浜電気鉄道がバスの営業を始めたのは、1927年のことである。最初の路線は八丁畷駅 - 川崎住宅地(現在の京町・平安町付近の自社開発住宅地)間であった。もともと京浜電鉄は1922年以来、自社の鉄道に沿った形での京浜間連絡をバスによっても行うべく、数度にわたり路線免許の申請を行っていたが、すでに高輪 - 六郷間の旧国道(旧東海道)上には東京乗合自動車が運行しており、認可はなかなか下りなかった。そこで、まずは競合のない川崎市内において運行し、バスの営業実績を作ることを優先させたのである。
その後、1929年に京浜間連絡の足がけとなる高輪 - 六郷間・新国道経由路線の認可をようやく得ることができ、同年10月より営業を開始した。また、この年には鉄道の大師線に並行する古家達三経営の川崎駅 - 大師間を継承し、穴守線に沿った蒲田 - 稲荷橋間にも路線を設けている。さらに、1930年に東京乗合経営の旧国道上の路線も譲り受け、この地域における営業基盤を確立した。その後、国道線の横浜方面への拡張を進め、1932年4月に生麦まで開業するも、その先は横浜市電と競合することから免許を得ることが出来なかった。このため、委託契約により横浜市の免許区間に乗り入れを行うという苦肉の策をとり、ようやく京浜間の連絡を果たすことができたのが同年10月のことであった。
以後、川崎・蒲田周辺を中心に路線拡充を図り、1941年に湘南電気鉄道と湘南半島自動車を合併、路線網を横浜から鎌倉・三浦半島方面へと広げる。以下、この2社のバス事業について触れる。
[編集] 湘南電気鉄道のバス事業
京浜電気鉄道が積極的に自社の鉄道沿線に路線網を確立していったのに対し、湘南電気鉄道は要の鉄道経営が不安定だったため、1931年に浦賀駅 - ペルリ提督記念公園間でバスの経営を始めてはいたものの、ごく小規模なものでしかなかった。そればかりか、沿線にバス事業者が乱立し、鉄道の乗客を奪われかねない状況であった。
その中で一大脅威となっていたのが、横須賀自動車である。横須賀自動車は、横須賀市内におけるバス事業者の無益な競争を抑えるため、1925年に2社の合併によって成立した会社で、路線は横須賀駅を起点に枇杷山下、堀ノ内方面などに伸びていた。その後、周辺事業者の買収や路線延長を進め、昭和初期までに法塔・上宮田・三崎・富岡・葉山などにエリアを拡張、さらに傍系会社であった田浦 - 逗子間の湘南乗合自動車、横須賀駅 - 浦賀町芝生間の半島自動車を1932年に合併するなど、湘南電鉄沿線においてバス路線の統合を進めていた。
同社に対しては、1933年に京浜電気鉄道の社長であった望月軍四郎が株式を取得し、役員の改選を行って経営権を掌握した。その後、路線を法塔から衣笠まで延ばして衣笠公園への夜桜見物客を誘致し、1935年には横浜駅 - 桜木町 - 磯子 - 杉田間に路線を持つ横浜乗合自動車を合併、1936年に社名を湘南乗合自動車に改めるなどして発展を続けた。この間、経営が軌道に乗り始めた湘南電鉄が望月所有の株式を譲りうけ、さらに1937年に同社を合併、自動車部を設置して事業を継承した。
[編集] 湘南半島自動車
湘南半島自動車は、現在の京浜急行バスのうち、鎌倉から三浦半島(主に相模湾側)にかけての路線の基礎を築いた事業者である。もともと京浜電鉄は、1929年に三浦半島でバス事業を開始するにあたり三浦半島一周自動車を買収し、半島一周自動車運輸商会の名のもとで逗子駅 - 三崎町海南、三崎町 - 横須賀間の営業を開始していた。その後、同商会は半島自動車(前記の横須賀自動車の傍系会社とは異なる)として株式会社化され、1932年に三崎に本拠を置く臨海自動車と鎌倉周辺で営業していた鎌倉乗合自動車と合併することとなる。これにあたり、3社それぞれが解散し、各事業を継承すべく新たに設立されたのが湘南半島自動車である。
同社はその後、1940年に三崎 - 横須賀、三崎 - 浦賀間で営業していた三浦自動車を合併、翌41年には日本自動車道を合併して両者の路線を継承した。日本自動車道は1930年の設立で、大船 - 江ノ島口間の自動車専用道路、鎌倉山の分譲住宅地とともに大船駅 - 江ノ島口間、鎌倉山 - 大仏前間、および鎌倉駅周辺におけるバスの経営を行っていた会社である。なお、湘南半島自動車と日本自動車道の合併は、鎌倉周辺における交通統制を図るため、これに江ノ電、東海道乗合自動車(現・神奈川中央交通)を加えた4社の合併を前提に議論されたが、実現に至らず2社にとどまったものである。
[編集] 年譜
- 1927年8月 京浜電気鉄道、川崎住宅地線(八丁畷駅 - 京町)を開業(現在は川崎鶴見臨港バスがその路線を含め川崎駅まで運行)。
- 1929年10月 京浜電気鉄道、高輪 - 六郷土手間(新国道、現在の国道15号線経由)を開通。
- 1929年12月 京浜電気鉄道、鶴屋自動車商会(古家達三経営)の川崎駅 - 大師間を買収。
- 1930年4月 京浜電気鉄道、三浦半島一周自動車(鈴木八五郎経営、1925年7月設立。逗子駅 - 三崎海南間、林 - 横須賀逸見、三崎海南 - 横須賀逸見間他)を買収。半島一周自動車運輸商会と改称。
- 1930年10月 京浜電気鉄道、京浜乗合自動車より高輪 - 六郷間(旧国道経由)を買収。
- 1931年1月 京浜電気鉄道、臨海自動車(1921年梁瀬長太郎(ヤナセ創始者)が創業。三崎 - 横須賀逸見間、三崎 - 浦賀田中間)を傘下におさめる。
- 1932年4月 京浜電気鉄道、六郷 - 生麦間を開通。
- 1932年10月 京浜電気鉄道は横浜市と委託契約を結び、生麦 - 横浜駅間を横浜市営バスとして乗り入れ。
- 1933年 望月軍四郎(京浜電気鉄道社長)、横須賀自動車(1925年7月設立。横須賀 - 三崎間、横須賀 - 六浦荘間、杉田 - 逗子間他)を買収。
- 1933年1月 京浜電気鉄道、蒲田乗合自動車(1929年設立。六郷土手 - 蒲田駅間。現在は東急バス路線)を傘下におさめる。
- 1935年5月 横須賀自動車、横浜乗合自動車(1928年9月設立。富士屋自働車経営。横浜駅 - 杉田間)を合併。
- 1935年6月 横須賀自動車、湘南乗合自動車に改称。
- 1935年8月 京浜電気鉄道、鎌倉乗合自動車(1930年5月設立。鎌倉駅 - 大船駅間、鎌倉駅 - 逗子間)を傘下におさめる。
- 1935年9月 京浜電気鉄道、梅森自動車(1928年11月設立。森ヶ崎 - 蒲田駅間)を傘下におさめる。
- 1936年2月 湘南電気鉄道、湘南乗合自動車を合併。
- 1936年9月 半島一周運輸商会、半島自動車(1936年6月設立)に事業譲渡。
- 1938年1月 半島自動車、臨海自動車、鎌倉乗合自動車が合併。湘南半島自動車が成立。
- 1938年7月 京浜電気鉄道、日本自動車道(1928年7月設立。大船駅 - 江ノ島口間、鎌倉駅 - 大仏間他)を傘下におさめる。
- 1939年9月 梅森自動車と蒲田乗合自動車が合併し、梅森蒲田自動車が成立。
- 1939年11月 湘南電気鉄道、三浦自動車(1921年6月設立。三崎 - 横須賀逸見間、三崎 - 浦賀間)を傘下におさめる。
- 1940年11月 湘南半島自動車、三浦自動車を合併。
- 1941年5月 湘南半島自動車、日本自動車道を合併。
- 1941年11月 京浜電気鉄道、湘南電気鉄道および湘南半島自動車を合併。
- 1942年5月 京浜電気鉄道、小田急電鉄と共に東京横浜電鉄に合併し、東京急行電鉄(大東急)が成立。
- 1942年12月 梅森蒲田自動車、東京急行電鉄に事業を譲渡して解散。
- 1947年7月 横浜市と臨時運転契約を締結し、休止中の横浜駅 - 杉田間を横浜市営バスが代行。
- 1948年6月 京浜急行電鉄が設立され、東京急行電鉄より下記バス路線を承継。
- 旧京浜電気鉄道のバス路線(旧湘南電気鉄道、湘南半島自動車のバス路線を含む)
- 旧梅森蒲田自動車のバス路線の内、旧梅森自動車の路線
- 旧東京横浜電鉄のバス路線の内、旧大森乗合自動車の路線(大森駅 - 蒲田花園間)
- 1950年2月 葉山観光自動車(1949年5月、葉山 - 逗子間を開業)を傘下におさめる。
- 1955年7月 東洋観光(1953年2月設立。横須賀タクシー経営の観光バス会社)を傘下におさめる。
- 1959年8月 日本観光興業(1958年2月設立。観光バス会社)を傘下におさめる。
- 1970年9月 三浦交通(1954年11月、葉山観光自動車を改称)のバス事業を承継。
- 1986年12月 弘南バスと共同で夜間高速バス「ノクターン号」の運行を開始。
- 1998年4月 川崎鶴見臨港バスと共に観光バス事業を日本観光興業に譲渡。同社は京急観光バスに改称。
- 1999年4月 京急バスを設立し、都内バス路線の一部を同社に譲渡。
- 2000年12月 横浜京急バスを設立し、横浜市内バス路線の一部を同社に譲渡。
- 2000年12月 横須賀京急バスを設立し、横須賀市内バス路線の一部を同社に譲渡。
- 2003年4月 京急グループ路線バス事業の統括会社として、京浜急行バスが設立。
- 羽田京急バス(京急バスを改称)、横浜京急バス、横須賀京急バス、京急観光バス、東洋観光を子会社とする。
- 2003年10月 京浜急行電鉄の残余バス路線を継承。
- 2006年6月 鎌倉営業所設立を機に、横須賀京急バスを湘南京急バスに社名・商号を変更。
- 2007年3月18日 一部営業所でPASMOのサービスを開始。
- 2008年3月15日 京急観光バスを清算。
- 2009年3月31日 京急バスカードの販売を終了(それ以降は引き続き通用可能だが、無手数料による払戻を実施する)。[1]
[編集] 子会社
- 羽田京急バス株式会社(社長、伊東 博)
- 横浜京急バス株式会社(社長、平位 武)
- 本社所在地:東京都港区高輪2-20-20
- 湘南京急バス株式会社(社長、長谷川清行)
- 本社所在地:東京都港区高輪2-20-20
- 東洋観光株式会社
- 京急観光バス株式会社(2008年に清算)
[編集] 営業所及び営業路線
営業所は、京浜急行バス直営のものが都内に3箇所、神奈川県に5箇所の計8箇所ある他、子会社に羽田京急バス、横浜京急バス、湘南京急バスがあり、それぞれ営業所を設置している。京浜島営業所と羽田営業所は主に空港リムジンや高速路線を担当し、その他の営業所は主に一般路線を担当する。所属車両の判別等のため、営業所ごとに英字の略記号が設けられている。ここでは、京浜急行バスの前身各社および子会社である羽田京急バス、横浜京急バス、湘南京急バスについてもあわせて触れることにする。
[編集] 営業所の変遷
戦前、1941年(昭和16年)頃の営業所は、京浜電気鉄道の品川、雑色、川崎、湘南電気鉄道の横浜、田浦、平坂、衣笠、堀之内、浦賀、湘南半島自動車の逗子、三崎、鎌倉、大船の計13箇所であった。東京急行電鉄成立後もしばらくは営業所の配置は変わらなかったが、1942年(昭和17年)までに品川営業所が高輪営業所に変更されている。1943年(昭和18年)には、横浜営業所を杉田営業所に、雑色営業所を蒲田区糀谷町へ移転し大鳥居営業所に、それぞれ名称を変更し、大船営業所を鎌倉営業所に統合した。また川崎営業所は小杉営業所および神奈川営業所を吸収した。1944年(昭和19年)に入ると、高輪営業所が廃止され大鳥居営業所に引き継がれたほか、浦賀営業所が久里浜に移転し久里浜営業所と名称を変更した。前年に移転改称した大鳥居営業所は、建物を疎開することとなったため、蒲田区東六郷に移転し名称を雑色営業所へ戻した。なお詳しい時期はわからないが、この頃、田浦営業所および平坂営業所が堀之内営業所に統合されている。終戦後、雑色営業所は高輪営業所へ変更され、東急からの分離独立を迎える。なお、川崎営業所については、もともとの所管路線であった川崎住宅線が戦時中に休止され戦後も再開されなかったため、京浜のエリアをはずれ、現在は東急バス川崎営業所となっている。
1948年(昭和23年)の分離独立時、高輪営業所は品川営業所に名称を変更し、杉田営業所は堀之内営業所へと統合された。また同年、三浦営業所が新設され、衣笠、久里浜、三崎の各営業所がその支所となった。しかしこの体制は長くは続かず、昭和29年に三浦営業所は廃止され、衣笠と三崎は営業所へ、久里浜は三崎営業所久里浜支所へと変更されている。また業務の効率化を図るため、1952年(昭和27年)に、雑色操車場および杉田操車場を開設した。一方都内の営業所については名称変更や統廃合が頻繁に行われた。まず1954年(昭和29年)に品川営業所が東京営業所と名称を変更し、大鳥居支所を置いた。その後1959年(昭和34年)には東京営業所を蒲田営業所と名称を変更し、大鳥居支所を羽田営業所に昇格させている。1964年(昭和39年)に六郷営業所を新設し、蒲田営業所は雑色車庫となった。しかし昭和46年の大森営業所新設後は徐々に所管路線を減らし、1973年(昭和48年)に六郷営業所と雑色車庫は大森、羽田両営業所へと統合された。神奈川県内については、1959年(昭和34年)に杉田が営業所として復活し、久里浜も1963年(昭和38年)に営業所に昇格している。杉田営業所はその後1971年(昭和46年)に横浜営業所に名称を変更するも、1978年(昭和53年)の追浜営業所新設の際、車庫に降格した。また1987年(昭和62年)には能見台車庫が開設され、追浜営業所の所管となった。車庫に降格した杉田も1990年(平成2年)に再び営業所に昇格し、横浜営業所となり、能見台車庫も横浜営業所の所管となった。都内では1994年(平成6年)に羽田営業所京浜島車庫が開設され、1998年(平成10年)より独立して営業所となった。
この頃から、京浜急行電鉄によるバス事業の分社化が行われはじめ、新たに設立された子会社に営業所および路線が移管されていった。まず羽田営業所が1999年(平成11年)より京急バス東京営業所に路線の移管を開始し、次いで横浜と堀内が、子会社の横浜京急バス杉田営業所、横須賀京急バス堀内営業所にそれぞれ運行の委託を開始した。2003年(平成15年)には横浜営業所の廃止(横浜京急バスへの完全移管)に伴い、管轄下にあった能見台車庫が営業所として独立したが、その能見台営業所も2005年(平成17年)に横浜京急バスに移管された。その後も子会社への業務移管の進捗に伴って、営業所の新設・廃止が頻繁に行われている。
2007年(平成19年)3月18日に、首都圏のJR在来線・私鉄・バスで使用できるICカード乗車券PASMOのサービスを順次開始し、2008年12月現在、京浜急行バスグループ一般路線の全営業所に導入された。JR東日本が発行するSuicaも利用できる(カード右下の電子マネー機能がついていることを示すSuicaマークが明記されていないカードはバスでは使用できない)。
[編集] 現行営業所
[編集] 長距離高速路線
京急の高速バスは、1986年に運行を開始した「ノクターン」に始まり、全国各地へ路線を運行していたが、京浜急行バス発足後、子会社の羽田京急バス・京急観光バスへ路線の譲渡(予約業務は京浜急行バスが引き続き担当)を進めた結果、京浜急行バスが運行する高速バス路線は発足当初と比べて大幅に減少している。また、近年では撤退も相次いでおり、路線が増加傾向にある空港リムジンとは対照的で縮小傾向にある。なお、京急観光バスの営業終了・会社清算にともない廃止・撤退路線が出ているほか、一部路線が京浜急行バスに復帰している。
なお、運行開始当初は路線ごとに車体カラーが異なっていたが、現在はキャメル号で採用された風をイメージした高速カラーに統一されている。
- 現在運行されている路線(羽田京急バス・京急観光バス移管路線を除く)<>内は共同運行会社。
- ノクターン号 <弘南バス>
- キャメル号 <日本交通、日ノ丸自動車>(一旦京急観光バスに移管されたが同社の会社清算により再度京浜急行バス担当となる)
- パイレーツ号 <瀬戸内運輸> (一旦京急観光バスに移管されたが同社の会社清算により再度京浜急行バス担当となる)
- 品川BT - 浜松町BT - 新居浜 - 今治
- 廃止・撤退路線(羽田京急バス・京急観光バス移管路線を除く)
- いが号
- アンカー号 <阪神電鉄バス(現・阪神バス)>
- 川崎駅 - 横浜駅 - 神戸三宮
- アルバ号 <防長交通>
- 萩エクスプレス(防長交通単独運行化)
- マリーン号 <近江鉄道>(羽田京急バスに移管後、2008年廃止)
- 横浜 - 仙台線 <JRバス東北>(京急観光バス移管後2008年撤退)
- ラメール号 <JR東海バス>(京急観光バス移管後2008年廃止)
- シャトー号 <阪急バス>
- 品川BT - 阪急梅田駅 (羽田京急バス移管後2008年撤退、現在は予約・発券業務のみを継続)
羽田京急バス運行の高速バス路線の詳細は羽田京急バス東京営業所#高速バスを参照
[編集] 近距離・中距離高速路線
近県へ向けての高速路線は以下のものがある。東扇島線は日祝日運休、横浜 - 幕張線はメッセでイベントが行われるときのみの運行である。横浜 - 水戸線は2006年1月28日に開業した路線であり、共同運行会社ではベイライナー水戸・横浜号の愛称を有したが、京急側では案内上使用していない(2007年6月15日をもって廃止)。斜字路線は、PASMO・Suicaが利用できる。
- 横浜駅東口 - TDL <京成バス>
- 川崎駅 - 蒲田駅 - TDL <京成バス>
- 横浜駅東口(YCAT) - お台場 - 臨海副都心地区
- 横浜駅東口(YCAT) - 東扇島地区 <川崎鶴見臨港バス>
- 横浜駅東口(YCAT) - 幕張メッセ中央 <京成バス>
- 横浜駅東口(YCAT) - 横須賀西部地域
- 廃止路線
[編集] アクアライン路線
1997年12月に開通した東京湾アクアラインを使用し、横浜・川崎・羽田空港 - 木更津線の開業を皮切りに路線を展開している。なお、以下のほかに羽田空港発着・経由の路線があるが、これについては空港リムジン路線千葉県方面を参照のこと。
- (ホテル・パシフィック東京 -) 品川駅東口 - 袖ヶ浦BT - 木更津駅 <小湊鉄道、日東交通>
- 品川駅東口 - 袖ヶ浦BT - 袖ケ浦駅 - 長浦駅 <小湊鉄道、日東交通>
- 横浜駅 - 袖ヶ浦BT - 木更津駅 <小湊鉄道、日東交通>
- 横浜駅 - 五井駅 <小湊鉄道>
- 川崎駅 -(海ほたる)- 袖ヶ浦BT - 木更津駅 <臨港バス、小湊鉄道、日東交通、東京ベイサービス>
かつて運行していた路線
- 川崎駅 - 袖ヶ浦駅
[編集] 空港リムジン路線
京浜急行バスの顔と言っても良いのが、空港リムジン路線である。鉄道線の営業エリアでもある羽田空港を拠点に路線を展開している。また、成田空港 - 横浜にも路線がある。(斜字路線は、PASMO・Suicaが利用できる)
[編集] 東京都内発着
都内発着路線は以下の通りである。自社の乗合バスエリアを発着するお台場・大井町線のみ単独運行である。
- 羽田空港 - 東京駅 <羽田京急バス、東京空港交通>
- 羽田空港 -(セルリアンタワー東急ホテル - 渋谷駅西口)- 渋谷マークシティ <東京空港交通、東急トランセ>
- 羽田空港 - お台場 - 臨海副都心地区
- 羽田空港 - (品川シーサイド駅)- 大井町駅
- 羽田空港 - 北千住駅 <東武バスセントラル>
- 羽田空港 - 吉祥寺駅 <東京空港交通、小田急バス、関東バス>
- 羽田空港 - 立川駅北口 - パレスホテル立川(- 拝島営業所)<立川バス>
- 羽田空港 - 二子玉川駅 <東急トランセ>
[編集] 神奈川・静岡県方面
神奈川・静岡方面への路線は以下の通りである。横浜線は現在の空港リムジンが発達する遥か昔の1968年12月に開設された古参路線であり、現在でも他の路線に比べて明らかに本数が多い。また、大船・藤沢線は1995年開設で、近年開設ラッシュの空港リムジン路線の中では古参の部類に入る。
- 羽田空港 - 横浜駅東口(YCAT) <羽田京急バス>
- 羽田空港 - 横浜駅西口 - 横浜ベイシェラトン ホテル&タワーズ <羽田京急バス>
- 羽田空港 - 新横浜駅 - 新横浜プリンスホテル <臨港バス>
- 羽田空港 - 山下公園前 - パシフィコ横浜 - 赤レンガ倉庫
- 羽田空港 - たまプラーザ駅 <臨港バス、東急バス>
- 羽田空港 - 日吉駅 <東京空港交通、東急バス>平成21年11月30日で廃止予定
- 羽田空港 - センター北駅 - センター南駅 <東急バス>
- 羽田空港 - 新百合ヶ丘駅 <東急バス、小田急バス>
- 羽田空港 - 港南台駅(- 戸塚駅) <横浜京急バス、横浜神奈交バス>
- 羽田空港 - 大船駅 - 藤沢駅 <江ノ電バス>
- 羽田空港 - 町田バスセンター - 相模大野駅北口 - 相模大野立体駐車場 <神奈川中央交通>
- 羽田空港 - 本厚木駅(- 田村車庫)<神奈川中央交通>
- 羽田空港 - 二俣川駅 <相鉄バス>
- 羽田空港 -(横浜駅東口)- 御殿場駅 - 箱根仙石案内所 - 箱根桃源台 <小田急箱根高速バス>
- 羽田空港 -(横浜駅東口)- 沼津インター - 新富士駅 - 鷹岡車庫 - 富士宮駅 <富士急静岡バス>
[編集] 千葉県方面
千葉県方面へは以下の路線が運行されている。茂原線には上総牛久駅で大多喜、勝浦駅、安房小湊駅方面のバスと接続する便があり、千葉線には海浜幕張地区を通過、および一部停留所のみ停車扱いとなる急行便がある。館山線は、朝の館山始発の1便は羽田空港終着である。房総半島方面のバスはアクアライン経由。
- 羽田空港 - TDR <東京空港交通、京成バス、東京ベイシティ交通>(空港バスチケットサービス対象)
- 羽田空港 - 西船橋駅(- 船橋駅) <京成バス>
- 羽田空港 - 海浜幕張地区 - JR千葉駅 - 千葉中央駅 <東京空港交通、京成バス>
- 羽田空港 - 国立がんセンター - 柏の葉公園中央 - 柏駅西口 <東武バスイースト>
- 羽田空港 - 木更津金田BT・袖ヶ浦BT・木更津駅東口 <東京空港交通、小湊鉄道、日東交通>
- 羽田空港 - 木更津羽鳥野BS - 君津BT - 君津駅南口・君津製鉄所 <日東交通>
- 羽田空港 - 市原駐車場 - 五井駅(- 東金駅)<小湊鉄道>
- (横浜駅東口 -)羽田空港 - 上総牛久駅 - 茂原駅 <小湊鉄道>
- 羽田空港 - 蘇我駅 <小湊鉄道>
- 横浜駅東口 -(羽田空港)- 君津バスターミナル - ハイウェイオアシス富楽里 - とみうら枇杷倶楽部 - 館山駅 <日東交通>
[編集] 埼玉県方面
埼玉方面への路線は以下の3路線のみである。
- 羽田空港 - さいたま新都心駅 - 大宮駅西口 - 西武バス大宮営業所<東京空港交通、西武観光バス、国際興業バス>
- 羽田空港 - 八潮駅北口 -草加駅東口- 新越谷駅西口 <東武バスセントラル>
- 羽田空港 - 朝霞台駅 - 志木駅 - 新座車庫 <東武バスウエスト>
[編集] 茨城県方面
茨城県へは、つくば、鹿島、水戸への3路線が運行されている。
- 羽田空港 - 並木大橋 - 竹園二丁目 - つくばセンター <関東鉄道>
- 羽田空港 - 水郷潮来 - 鹿島セントラルホテル - 住友金属 - 鹿島神宮・鹿島神宮駅 <関東鉄道>
- 羽田空港 - 水戸大洗インター - 水戸駅前 - 勝田駅前 - 東海駅東口 - 日立駅前 <羽田京急バス、東京空港交通、日立電鉄交通サービス、茨城交通>
[編集] 山梨県方面
山梨県方面は、現在以下の1路線のみである。トイレつきの車両で運行される。
[編集] 成田空港発着路線
成田空港発着路線は、横浜と新横浜を起点とする以下の2路線が運行されている。このうち、横浜成田線の一部はみなとみらい21地区の発着となる。首都高速湾岸線混雑時には東京湾アクアラインを経由する場合がある。また、トイレつきの車両で運行される。
- 成田空港 - 横浜シティ・エア・ターミナル(- みなとみらい21地区)<東京空港交通、京成バス>
- 成田空港 - 新横浜地区<東京空港交通、臨港バス>
[編集] かつて運行していた空港バス路線
- 横浜プリンスホテル - 磯子駅 - 羽田空港
- 川崎大師 - 羽田空港
- 大森駅 - 羽田空港(現在は羽田京急バス一般路線)
- 光が丘駅 - 成増駅 - 高島平駅 - 羽田空港 <西武バス、国際興業>
- 国際線ターミナル - 東京ビッグサイト
- 国際線ターミナル - 東京テレポート駅
- 国際線ターミナル - 大井町駅
[編集] 深夜急行バス
京浜急行バスでは、新橋駅を起点に以下の深夜急行路線を運行している。これらは一般路線の深夜バスとは異なり、空港リムジン用車両の古参車が使用される。かつてはロマンスシート装備車が使用された。
- 新橋駅→品川駅→大船駅→鎌倉駅→逗子駅(湘南京急バス堀内営業所担当)
- 新橋駅→品川駅→上大岡駅→金沢文庫駅(横浜京急バス杉田営業所担当)
[編集] 車両
長距離高速バス・リムジンバスなどの観光系は三菱ふそう製が6 - 7割ほどを占めているのに対し、路線バスではいすゞ自動車の大型バスの大量投入と、車種選択において両者で大きく異なっている。
観光系の場合、長距離高速バスからの撤退が相次いでいるが、リムジンバス路線の新設やアクアライン高速バスの活況が続いていることから増車が続いている。高速バスでは三菱ふそうで統一されているが、絶対的な台数が減ってきている。その一方で、リムジン車は増車が続いているおり、その中で比率が高かった三菱ふそう製以外からの購入が増え、いすゞ・日野・日産ディーゼル車も在籍している。ただし、いすゞ・日野のバス製造事業が統合された後は、後述の方針にしたがっていすゞからの購入はせずに日野から購入しているほか、日産ディーゼルの車両は数台の在籍に過ぎず、三菱ふそう・日産ディーゼルのバス製造事業が相互OEM供給に移行した後は、後述の方針にしたがって日産ディーゼルからの購入はせずに三菱ふそうから購入しており、最近では三菱ふそう・日野2車種の購入となる。なお、アクアライン高速バス・中距離高速路線・深夜急行バスでも空港リムジン車が使用される。
リムジンバスの車両はハイデッカーが中心で一部には標準床車の車両が在籍するが、これは主に車高制限のある路線向けのものである。一方の高速バスにはスーパーハイデッカーの車両が中心となっている。
路線車のうち小型車を除いたものはかつては4メーカーから購入し、営業所ごとに振り分けが決まっていた。
- 日産ディーゼル -日産自動車追浜工場周辺(追浜・能見台)
- 日野 - 追浜以南の横須賀市・三浦市(堀内・衣笠の一部・久里浜・三崎)
- 三菱ふそう - 東京都の営業所の一部(大森・羽田京急東京)
- いすゞ - 上記以外(大森・羽田京急東京・横浜・鎌倉・逗子・衣笠の一部)
となっていた。なお、鎌倉ではいすゞが富士重工で架装されていた。
2000年頃から、それまで大型車が走っていて、輸送人員減少が進む営業所に中型車が入り始め、サイズダウンが進み始める。これらは現在でも行われているが、近年ではやや大型化し、9m大型バスや10.5mロング車が主流となる。また排出ガス規制強化により、大型車が再び投入される営業所も出てきている。
このような状態の中でメーカー選択が改められ、大型車はいすゞ、サイズダウン車は日野(ノンステップバス)もしくは日産ディーゼル(ワンステップバス)となり、現在に至る。大型車に関してはWB4.8mを基本としており、WB5.3mの車両は首都高速走行路線や羽田空港ターミナル間無料連絡バス用途などの特殊な路線環境向けにしか投入されていない。一方、中型系統では生産台数の少ない車両からも選択が行われることがあり、日産ディーゼル・スペースランナーRPなども在籍する。
冒頭にあるように、早くから改造仕様のワンステップ車を標準の車両にするなど、低床化に積極的であったが現在は補助金の有無による投入を行っており、
- ノンステップ車 - 東京都、横浜市の営業所(大森・羽田東京・横浜杉田・能見台)
- ワンステップ車 - 上記以外の営業所(追浜・堀内・鎌倉・逗子・衣笠・久里浜・三崎)
のような配置状況になっている。ただし、横須賀市や鎌倉市からの助成金が出ており、ノンステップ車とワンステップ車が平行して導入される営業所もある。
このほか、日野・リエッセ・日野・ポンチョのような小型車も一部路線で導入されている。鎌倉営業所の車両は京急PONY号との愛称がつけられている。
なお、最近は車種統合やOEM供給が活発化しているが、京浜急行バスでは改善要望を伝えやすくするため、基本的にシャーシ・エンジンの製造元の会社から購入する方針である(例:ジェイ・バス宇都宮事業所製ならいすゞ自動車からのみ)[3]。
[編集] 特徴的な車両・仕様
現在はメーカーの標準仕様に近い車両を投入することが多くなったが、かつては珍しい仕様・車両が多々見られた。
特筆されるのは低床化関連の車両である。特に、日野と共同開発したワンステップ車は「京急型ワンステップバス」とも称されていた(日野・ブルーリボン#リフト付超低床バス・京急型ワンステップバスを参照)。こちらはいすゞ車でも導入されており、その後のワンステップバスの構造は、ほぼ京急型ワンステップバスの構造がベースとなっている。それ以前には、三菱自動車工業(当時)が試作した、ノンステップバスが羽田営業所に投入されたこともあった(すでに廃車)。
一方、珍しい仕様としてスーパーワイドドア車が挙げられる。これは、中扉をワイドにして両開きにしたもので、日本で唯一の本格採用例である。この後、4枚折戸が普及したことから、京急の車両も4枚折戸へと移行していった。
ファンタスティックバスは鎌倉営業所に所属の「りんどう号」で、日野自動車のシャーシを東京特殊車体で架装していた(すでに廃車され、地方の事業者に売却されている)。また、1999年までは路線・貸切兼用車(俗称「ワンロマ」)が投入されており、空港リムジンカラーとなっていたが、現在は空港リムジンバスの古参車がこの役割を果たすようになってきたため、投入されていない。
このように、かつては様々な特徴的な車両が在籍したが、近年ではメーカーの標準仕様を中心としているため、特筆すべきものは限られる。前述の日産ディーゼル・スペースランナーRPはこのうちのひとつであり、その当時の排出ガス規制の車両(PK-RP360GAN)は全国で25台ほどしか生産されていない。
低公害車はそれほど多くはないが、ハイブリッドバスやCNGバスが導入されている。
[編集] 羽田空港連絡バスにおけるハイブリッドバスの運行
2008年2月16日から2月29日まで、羽田京急バスが日本空港ビルデングより受託運行している羽田空港ターミナル間無料連絡バスにおいて、国土交通省の「次世代低公害車開発推進プロジェクト」にあたる非接触充電システムを使用した、日野・ブルーリボンシティIPTハイブリッドバスが運行された[4]。洞爺湖サミットを控え、国土交通省が次世代低公害車のリサーチおよび関係各国へのアピールをするための政策の一環である[5]。こちらの車両は車番がNH3799であり、98がいないなかで特殊な車番が用いられたが、メーカーリースであったためのもので既に返却された。
また、これと時を同じくして無料連絡バスにはハイブリッド車2台が投入され、2008年1月31日より運行を開始している。投入されたのは、こちらも国土交通省が推進する「次世代低公害車開発推進プロジェクト」に位置づけられている三菱ふそう・エアロスターエコハイブリッドと日野ブルーリボンシティハイブリッドである。2008年7月に入り、エアロスターエコハイブリッドを2台追加で導入。なお導入に際し、国土交通省や東京都の補助金を受けている。
[編集] 車番のつけ方
京浜急行バスグループ(東洋観光・臨港バスグループを除く)の車番のつけ方は以下のようになる。A1562を例にとって解説すると、A(追浜営業所)・15(末尾が5年のいすゞ自動車製)・62はこの年度62台目の車両となる。
まず最初のアルファベットは#現行営業所にあるような、営業所記号をあらわす。すでに解散した京急観光バスはKKとなるほか、NHやNBなどのNは子会社の羽田京急バス・横浜京急バス所属車両を指す。また、SM3693・SNA2741のようなSがつく車両は貸切車であることを示す。
次の2文字は年式とメーカーを表す。最初の1文字は
- 1・2 - いすゞ自動車
- 3・4 - 日野自動車
- 5・6 - 三菱ふそうトラック・バス
- 7・8 - 日産ディーゼル工業
となっており、偶数か奇数かは10年ごとに入れ替わる。入れ替わるのは末尾が5の年で最近では2005年に変わっている。また2文字目は投入年の末尾一桁とされるため、20年間は車種が重複しない。5なら1995年、2005年、2015年・・などとなる。
次の2桁はその年の何台目に投入されたかを示すが、順番に投入されるとは限らない。その年に何台投入されたかを把握することは可能である。また順番は原則として半年ごとに高速バス → リムジンバス → 路線バスの順となり、路線バスでは大森→横浜→能見台→Aからの営業所(一部例外)→子会社3社 となることが多いが、これらは一定しない場合もある。
[編集] 廃車車両の譲渡
京浜急行バスグループで役目を終えた車両は全国各地の事業者に譲渡され、引き続き使用されている。
同社は神奈川中央交通や小田急バスなどと同様に古くから全国の地方事業者に廃車車両を供給していて、譲渡先は北は北海道から南は沖縄県まで広範囲に存在する。2000年以降に神奈川県を含めた首都圏が排出ガス規制強化地域に指定以降はさらに増加していて、特にワンステップバスの人気が高く譲り受けた事業者からは好評を得ている。
近年では沖縄県の那覇バスと琉球バス交通、北海道の函館バス・北海道中央バス・ジェイ・アール北海道バスへの譲渡が特に多い。また、これまで京急中古とは無縁だった事業者(北陸鉄道グループ・松江市交通局・広島交通・長崎県交通局など)への譲渡も増加している。
[編集] 注記
- ^ 京浜急行電鉄が提唱した呼称であり、公式サイトにも記載されている(トップページ > 企業情報 > 環境活動 > 用語解説 > わ行 の項参照)。
- ^ 旧社名は「セレモニー観光」。2009年4月に社名を変更したが、京浜急行電鉄は商標権の侵害として抗議。また、京浜急行バスも自社サイトで無関係の旨告知し、注意を喚起した。その結果、再度の社名変更を行うことで合意に至った。新社名は「京都急行バス」となった(2009年7~8月頃に変更)。
- ^ ぽると出版 年鑑バスラマ2007 → 2008 P19より
- ^ 国土交通省プレスリリースより
- ^ 日刊自動車新聞2007年11月19日付け
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月13日 (金) 05:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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