京都市

京都市の最新ニュースをまとめて検索!

京都市
きょうとし
日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
団体コード 26100-9
面積 827.90km²
総人口 1,465,816
推計人口、2009年10月1日)
人口密度 1,770人/km²
隣接自治体
南丹市
西
亀岡市

滋賀県大津市高島市

宇治市長岡京市向日市八幡市
乙訓郡大山崎町久世郡久御山町
大阪府高槻市島本町
市の木 シダレヤナギタカオカエデカツラ
市の花 ツバキツツジサトザクラ
自治記念日 10月15日
京都市役所
所在地 〒604-8571 京都府
京都市中京区寺町通御池上る上本能寺前町488番地
ファイル:京都市役所.jpg
電話番号 075-222-3111
外部リンク 京都市役所

京都市位置図(京都府)

:政令指定都市 / :市 / :町・村

京都市行政区画図

特記事項:
京都市旗
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)

京都市(きょうとし)は、京都府南部の。京都府の府庁所在地政令指定都市である。旧山城国と旧丹波国の一部。

目次

[編集] 概要

京都タワーと京都の市街地

国から政令指定都市の指定を受けており、東京特別区を含めて全国第7位の人口を有し(昼間人口では神戸市を抜き第6位となる)、京都府の人口の半分以上を占める。 都市雇用圏の基準では、京都市を中心点として京都府南部・滋賀県南西部に広がる京都都市圏(「京滋」とも言われる)が形成されている。また、1.5%都市圏の基準では、「京阪神大都市圏」の一角を担う。

平安時代平安京が置かれた都市で、室町時代にも足利幕府が置かれた。鎌倉幕府江戸幕府安土桃山時代の政権も、ここをとして厳重に警備した。また、平安京成立後から明治天皇東京行幸するまでの約1080年、ほぼ全ての天皇が居住していた都である(→首都に関する議論は「日本の首都」を参照すること)。

平安時代以降、平安京の都市生活者向けの商工業が発達し、特に国内流通が活発化した江戸時代には、全国に製品を出荷する工業都市となる一方、数々の技術者を各地のの要請に従って派遣した。その伝統は現在も伝統工芸として残るのみならず、京セラ島津製作所など先端技術を持つ企業を初め、任天堂ワコールなど業界トップクラスの本社が集まるなど、現代産業を支えている地域の一つである。

日本の主要な都市の中では奈良市金沢市などとともに、第二次世界大戦の戦災被害を免れた数少ない都市でもある。このため、古い史跡や町並み、文化などが数多く存在することから、日本で有数の観光都市国際観光文化都市であり、国内外から旅行客が多い。

2008年7月28日、門川大作市長は同市の都市経営戦略会議で、2011年度の実質赤字比率が推計で27%に達する見通しを発表、財政再建団体への転落を示唆した[要出典]

[編集] 地理

の季節の鴨川
三条大橋(対岸が滋賀方面)

京都府の南部に位置し、市内を賀茂川(途中で高野川と合流し、鴨川と名前を変える)、桂川宇治川などが流れる。京都盆地(山城盆地)の中に位置しているので、瀬戸内海式気候内陸性気候を併せ持ち、、昼と夜とで温度差が大きい。又、盆地の中でも冬季は北の方ほど寒く市内中心部では降雪がなくても左京区の岩倉や右京区の原谷では積雪や氷点下になっている事がある。

市街地は中北部の中京区と中南部の下京区、特に四条河原町(四条通と河原町通の交差点付近)は繁華街として知られる。

中心市街地は東西・南北に通じる道路によって碁盤の目状に区切られており、市内の通りには名前がつけられている。但し、これは中心部に限られる上に、途中で途切れる・通りが合流する(多くの場合は新しい通り名になる)・カーブが存在するなど、画一的にそうなっているわけではない。また、ごく一部に東西あるいは南北の方向ではない、斜め方向の通りも存在する(たとえば河原町通の四条以南・後院通など)。

中心市街地(主に上京区中京区下京区)では、所在地を町名だけ(町名+番地)で表現することは極めて稀で、町名と併記する形でこの通り名を用いて表す[1]場合が多い。建物が面している通り名を先に言い、近くの交差する通りから、北に行くことを上る(あがる)、南に行くことを下る(さがる)、東に行くことを東入(ひがしいる)、西に行くことを西入(にしいる)と表現する。[2] 例えば、京都市役所の所在地である「京都市中京区寺町通御池上る上本能寺前町488番地」の場合は、寺町通に面し御池通から北に行った場所を表す「寺町通御池上る」を、町名である「上本能寺前町」に冠して示している。 この表現は1889年の市制施行時から市域であった場所において、住民基本台帳、不動産登記など公的な表記として用いられるものである。[3] なお、京都市内でも中心市街地以外や、現在中心市街地と一体となっているが市域拡大によって編入された区域(西ノ京、壬生、聚楽廻など)では、通に名称があっても住民基本台帳における住所、不動産登記上の場所を町名+番地だけで表す。

交差点は交差する2つの通りの名前で呼ばれることが多い。例えば、四条通と烏丸通の交差点は「四条烏丸」、河原町通と丸太町通の交差点は「河原町丸太町」である。どちらの通りを先に呼ぶのかということについて定説はないが、多くの場合、南北の通りを先に、東西の通りを後にする(東西の通りが主要な通りの場合など、例外も多い)。 一方で、通り名をもつ2つの道路の交差点であっても、例えば、四条通と東大路通の交差点は「祇園」、西大路通と丸太町通の交差点は「円町」、今出川通と東大路通の交差点は「百万遍」であるなど、通り名の合成で表さない場合がある。比較的最近に作られた通りに多い。また、1本の通りの一部分だけを違う名前で呼ぶ場合もある(例:大和大路通の縄手通)。

なお、「通り」の「り」を送り仮名としてつけないのが正式な通りの名前である。

[編集] 歴史

開業当時の京都駅
八坂五重塔(1910年)

※ここでは明治維新以後の京都市について述べる。以前の京都市の歴史については、京都を参照。

幕末に政治の中心地となった京都は人口が膨れ上がりかつてない活況を見せたものの、禁門の変で街の多くが焼けたのに加え、明治維新後に皇室公家の大半が東京へ移り住んだため、一転急速な衰退を見せた。そのため、京都府知事(市制施行当初は、京都市長も兼任)などから産業の振興を呼びかける声が上がり、琵琶湖疏水といった疏水の建設と、疏水を用いた日本初の水力発電、更にその電力を用いた日本初の電車路面電車)運転などの先進的な施策が実行された。これらが功を奏し、人口は明治時代中期以降しばらく、毎年1万の増加を見せるようになった。

人口の増加と市街地の拡大に対応し、明治末期から道路拡築および市営電車敷設、第二疏水開削、上水道整備からなる「三大事業」が行われた。それに続く形で市区改正道路(都市計画道路)事業と市電の敷設が進められ、昭和初期には伏見市(現在の伏見区中心部)など周辺の市町村を編入し、ほどなく人口も100万人を超えた。

第二次世界大戦中、六大都市(東京・大阪・京都・横浜・神戸・名古屋)の中では唯一空襲の大きな被害を受けなかったこともあり、日本の都市としては珍しく戦前からの建造物が比較的多く残されている。なお、これは歴史遺産保護のために大規模空爆を受けなかったという説がある一方で、原爆攻撃の候補地となっており、その成果を知るために米軍が最後まで街を温存したという説もある。

[編集] 沿革

明治時代
大正時代
  • 1915年(大正4年) - 大正天皇即位礼が行われる。
  • 1918年(大正7年) - 愛宕郡5村および2村の一部ならびに葛野郡1村を上京区に、葛野郡3村および1村の一部ならびに紀伊郡1町および3村の一部を下京区に編入。京都市、京都電気鉄道を買収。
昭和(第二次世界大戦まで)
第二次世界大戦後

[編集] 人口

京都市と全国の年齢別人口分布 京都市の年齢・男女別人口分布
紫色 ― 京都市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
1980年 1,480,377人
1985年 1,486,402人
1990年 1,468,190人
1995年 1,470,902人
2000年 1,474,471人
2005年 1,474,811人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 行政

山田啓二京都府知事(右)と共に時代祭の行列に参加する門川大作市長(左)。

[編集] 議会

京都市では慣例により市議会を市会と呼称する。これは横浜名古屋大阪神戸の各市でも同様である。

[編集] 市会

議員定数は69人。

  • 議長:繁隆夫(所属会派:自由民主党京都市会議員団、2009年5月19日就任)
  • 副議長:安孫子和子(所属会派:民主・都みらい京都市会議員団、2009年5月19日就任)

[編集] 構成

  • 自由民主党京都市会議員団:22人
  • 日本共産党京都市会議員団:20人
  • 民主・都みらい京都市会議員団:14人
  • 公明党京都市会議員団 :12人
  • 欠員1名
2009年の時代祭に参加した繁隆夫市議会長(右)と安孫子和子副市議長(左)

京都市長選挙立候補のため無所属議員1名が辞職。在任中自由民主党所属議員が死去し、補欠選挙で日本共産党候補が当選。

[編集] 経済

[編集] 伝統産業

[編集] 本社を置く主要企業


[編集] 商業の特徴

以前よりは緩和はされてはいるが大規模店舗の出店も旧市街地においては厳しく制限されている。その影響もあって、コンビニの人口比あたりの出店数が日本一と言われる(スーパーも中小の店舗が市内各所に点在する形となっている)。

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 日本国内

京都市では国内の姉妹都市提携はこれまで行っていない。

ただ、全国の「小京都」と称される街の集まりである全国小京都会議には参加している。

[編集] 日本国外

[編集] 日本国外のパートナーシティ

[編集] 地域

[編集]

京都市は以下の11の区より構成される。


[編集] 地域名

平安京では、が西の長安を首都、東の洛陽を副都としたのを意識し、朱雀大路の西を長安(右京)、東(左京)を洛陽と称した。その後、低湿地であった右京が寂れ、人口も御所などの重要施設も左京に集中するに伴い、洛陽が平安京の代名詞となっていった。

例えば、近世に多く描かれた屏風絵に京都の中心部と郊外を表した「洛中洛外図」というものがある。現在でも京都市内の地域名として以下のようなものがある。行政や観光ガイドでもよく使われるが厳密な区分はない。

尚、「」は現在でも「」を表す語として用いられるが、これは京都にのみ用いられる特称である。

  • 洛中(らくちゅう) - 上京、中京、下京の各区のあたりの呼び方
  • 洛外(らくがい) - 洛中の周縁の地域
    • 洛東(らくとう)、東山(ひがしやま) - 左京区銀閣寺あたりから東山区まで(洛東の場合、山科区をも包む。東山は含まない)。
    • 洛北(らくほく)、北山(きたやま) - 北区上賀茂から北大路通あたりまで
    • 洛西(らくさい)、西山(にしやま) - 右京区南部から西京区、乙訓あたり。嵐山など。
    • 洛南(らくなん) - JR京都線・琵琶湖線(東海道線)以南の地域

上記が大まかであるのに対して、もっと生活に密着した地域単位として、明治時代に導入された小学校区による地域名もよく使われる。京都の元学区を参照されたい。

また、洛中と言った都心部や近年になって開発された地域など一部を除いて、市内の地名の多くは京都市への合併前の旧町村名や大字小字をそのまま町名にしている(例:旧松ヶ崎村字海尻→左京区松ヶ崎海尻町)。

[編集] 健康

  • 平均年齢:41.3歳(2001年)

[編集] インフラ整備の状況

  • 下水道普及率:99.1%(平成17年度末)

[編集] 教育

京都市は学生の街としても知られ、市内に38校の大学短期大学を抱える。このような中にあって、大学相互の結びつきを深め、また、経済界との連携を強めるための財団法人大学コンソーシアム京都(通称、コンソーシアム)があるのも特徴的である。2003年以降、毎年10月上旬に京都学生祭典を開催している。

なお、関西地方の小学校では標準服を導入している地域が多いが、京都市の小学校は大部分が私服で登校が可能である。

(※ 小学校中学校高等学校特別支援学校等は、各区のページを参照)

[編集] 国公立大学

[編集] 私立大学


[編集] 公立短期大学

[編集] 私立短期大学

[編集] その他

この他、アメリカの大学も積極的に京都で活動を行っている。Kyoto Consortium for Japanese Studies は、アメリカの14大学からなる組織であり、毎年50名程度の学生を日本に送っている[4]。また、スタンフォード大学は、京都市内に日本センターを設置している[5]

[編集] 交通

[編集] 市内中心部まで

関西地区各地からは出発地によってJR私鉄各線を使い分けるが、京都駅周辺はJR・近鉄、四条河原町周辺は阪急・京阪のターミナルと、主に二箇所に分散している。また京都市内を発着地とする中長距離バス路線は、多くが京都駅をターミナルとしている。

東海道新幹線山陽新幹線沿線からは、大阪市内や神戸市内と比べて関西地区の各空港との距離が離れている事(一番近い伊丹空港でも1時間はかかる)や、京都駅にのぞみをはじめ全ての列車が停車することから、新幹線航空機に対して圧倒的に優位に立っている。また、京都府内のみならず、大阪府北東部や滋賀県南部および奈良県北部への新幹線の玄関口としての機能も持つ。

[編集] バス

[編集] 市内路線バス

市内の移動は路線バスがメインとなる。観光シーズンになると積み残しが続出する状況も珍しくなく、慢性化している渋滞が更に悪化して所要時間が全く読めなくなる事から、鉄道各社線との乗り継ぎ利用でそれらのリスクを最小限に抑える利用方法を取る乗客もいる。

京都市交通局(市バス)・京阪京都交通・京都バス・京阪バス・阪急バス・西日本JRバスとの間では、従来より回数券の共通化を行っており、地下鉄割引券込みの物も販売されていた。京都市バス・京都バス(それぞれ一部路線除く)および地下鉄全線が乗り放題の「京都観光一日・二日乗車券」が発売されている(他にも市バス均一区間専用の一日乗車券、市外発の市内各線フリーきっぷ込みの割引きっぷ類などもあり)。

運行地域は、市バスが旧市街地中心で、京阪京都交通は西京区並びに亀岡方面からの乗り入れ、京都バスが右京区嵯峨地区と左京区岩倉・鞍馬・大原地区、京阪バスが山科区伏見区東部および比叡山方面、阪急バスが西京区(洛西ニュータウン)、西日本JRバスが旧京北町からの乗り入れとなっているが、一部競合区間が存在する。

乗降方式は後乗り前降りで、旧市街地周辺は均一運賃制(220円)。均一区間外は整理券方式の区間運賃制となっている。

※はスルッとKANSAI対応カード(乗り放題カード類含む)が使用可能な事業者

#は京都市域バス共通回数券が使用可能な事業者

[編集] 高速バス

京都駅と名古屋駅を結ぶ名神ハイウェイバスや、首都圏などと京都を含む京阪神地区を結ぶ多くの高速路線バス、ツアー形式の貸切バスツアーバス)が運行されている。

上記したとおり、京都市内を発着地とする高速バス路線の多くは京都駅をターミナルとしている。詳しくは京都駅の高速バス欄を参照。

また大阪市内を発着地として名神高速道路を通るバス路線のうち、京都駅に発着しない路線では、伏見区の深草バスストップ京都深草)を京都の玄関口と位置づけているものがある。詳しくは当該項目を参照のこと。

[編集] 鉄道路線

中央駅は京都駅。名称の違う同一駅・隣接駅が多いので注意が必要。JR西日本各線および近鉄線ではJスルーカード、嵯峨野観光鉄道を除く私鉄・地下鉄各線ではスルッとKANSAIカード対応。

京阪および阪急の路線は京都駅を通っていないが、両者とも市内のターミナル機能は複数の駅に分散しており(京阪は出町柳駅・三条駅・祇園四条駅、阪急は河原町駅・烏丸駅)、中心駅と呼べる存在の駅はない。

また、ICカード乗車券はJR西日本ではICOCASuicaPiTaPaおよびTOICA電子マネー機能はICOCAとSuicaのみ)、近鉄・京阪・阪急ではICOCA・PiTaPaが利用可能(順次各社拡大予定)。

京都市営地下鉄京都市交通局
宇治市にある六地蔵駅を除き全線市内
東海旅客鉄道
西日本旅客鉄道
近畿日本鉄道
京阪電気鉄道
阪急電鉄
洛西口駅は西京区と向日市の境
京福電気鉄道(嵐電)
全線市内
叡山電鉄
全線市内
嵯峨野観光鉄道

[編集] 道路

自家用車利用は高速道路・一般道路利用共に市内とその周辺を含めて渋滞が慢性化しており、特に観光シーズンとなると更に悪化する。市内の駐車場も不足状態であり、注意が必要。駐輪スペースを確保出来れば、自転車原付含む自動二輪の方が柔軟な移動ができる。ベロタクシーの日本発祥の地でもある。特に近年、地球温暖化防止の観点からも見直されたことが重なってレンタサイクルが急増しており、宿泊客に対して無料で自転車を貸し出す等のサービスを行うホテル、旅館も増えている。

高速自動車国道
一般国道


都市高速道路
主要府道

<越境路線のみ記載>

通り

京都市内の通り

[編集] 報道機関・出版社

新聞社・放送局

出版社

[編集] 観光

京都市では、現在中期的な観光客数として、年間5,000万人が目標となっている。2007年現在4,945万人程度となっており[6]、また毎年増加傾向であることから、ちかぢか5,000万人に達するといわれている。

[編集] 古都京都の文化財

京都市は長らく日本の政治・文化の中心であり、第二次世界大戦の戦災から免れたことから、国宝の約20%、重要文化財の約14%が京都市内に存在する。1994年平成6年)に、近隣の宇治市内と大津市内に所在するものを含め、17件の文化財が世界遺産に登録された(古都京都の文化財)。

[編集] 代表的な観光名所

その他


[編集] 博物館施設


[編集] 祭事・催事

[編集] 街並み

京都市は、明治維新以降は発展と保全をバランスよく保っていた。しかし、戦後になると経済優先の政策により徐々に景観が破壊され、街並みが壊されることに対する景観論争も起こっている。

1964年に建造された京都タワーは、京都の第1次景観論争を引き起こした。また1970年代の経済成長期には、戦前からの風致地区美観地区などの制度にもかかわらず、1950年に制定された建築基準法により伝統工法が違法となり、バブル期には多くの建替えにより京町家による街並みが徐々に壊されていった。これは第2次景観論争といわれている。

山並みも京都の都市景観の重要な要素である。山間地での開発は概ね抑制されているが、1990年代には市内の高層建築によって山への眺望景観が阻害されることになった。

市街地では、都市景観を乱す恐れのある派手な広告看板を条例で禁止している。そのため、有名なチェーン店店鋪の看板も、鮮やかなコーポレートカラーの使用を控え、日本の他の地域とは異なる地味な配色を採用する事例も多い[7]マクドナルドすき家の看板は他地域では紅系統のものだが、京都市では赤褐色に変えている。一部の市内のローソンも明るい青ではなく、濃い藍色に色を変更している。また、JOMOENEOSなども、本来の企業カラーを全面的に使用せず、ロゴマーク部分を白地、または落ち着きのある色を使うものにしているのもある。金融機関でも、メガバンクのみずほ銀行三菱東京UFJ銀行も、看板は白地にそれぞれのコーポレートカラーの文字色で統一している。

[編集] スポーツチーム

[編集] 京都市出身の有名人

[編集] 政財界・法曹界


[編集] 学界


[編集] 作家・芸術家・漫画家


[編集] 俳優・芸能界・アナウンサー


[編集] スポーツ


[編集] 京都市を舞台とした作品

[編集] 文学小説


[編集] 映画


[編集] テレビドラマ


[編集] 音楽

[編集] 歌謡曲

[編集] 唱歌

1900年(明治33年)5月発表のこの曲では、全66番のうち京都には1/8弱にあたる8番(山科を含めれば9番)を割り当てており、鎌倉の4番、近江八景の6番よりも長い。作詞者である建樹が相当の興味を抱いていたからとされ、名所は多く歌われている。
    • 45.大石良雄が山科の その隠家はあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山大石良雄伏見稲荷
    • 46.東寺の塔を左にて とまれば七條ステーション 京都京都と呼びたつる 駅夫の声も勇ましや京都駅
    • 47.ここは桓武のみかどより 千有余年の都の地 今も雲井の空たかく あおぐ清涼紫宸殿京都御所
    • 48.東に立てる東山 西に聳ゆる嵐山 かれとこれとの麓ゆく 水は加茂川桂川 (山川の地理)
    • 49.祇園清水知恩院 吉田黒谷真如堂 ながれも清き水上に 君がよまもる加茂の宮 (京都東部の名所)
    • 50.夏は納涼(すずみ)の四條橋 冬は雪見の銀閣寺 桜は春の嵯峨御室 紅葉は秋の高雄山 (四季の名所)
    • 51.琵琶湖を引きて通したる 疏水の工事は南禅寺 岩切り抜きて舟をやる 知識の進歩もみられたり琵琶湖疏水
    • 52.神社仏閣山水の ほかに京都の物産は 西陣織の綾錦 友禅染の花もみじ (京都の名産品)
    • 53.扇おしろい京都紅 また加茂川の鷺しらず 土産を提げていざ立たん あとに名残は残れども (西への出発)

[編集] 漫画・ライトノベル・アニメ

[編集] その他

  • Category:京都府の建築物
  • Category:京都府の観光地
  • 市外局番は、大部分の地域は「075」(京都MA)。ただし、右京区嵯峨樒原、嵯峨越畑、旧京北町域では「0771」(亀岡MA)。
  • 一般的に京都と東京を略す際には、京都および近畿圏以外の地域では、東京は「」、京都は「」と区別される。東京を含めて、外の地方から京都に入ることは、現在でも「京都に上る」という意味で「上洛する」と言われる。但し、京都において単に「京」や「都(みやこ)」と言った場合には、まず間違いなく京都の事を指す。
  • 京都市役所のホームページの外郭色はだが、これは「山紫水明」に因んだ色である。
  • 空港はないが、IATA都市コードUKYを持つ。

[編集] 脚注

  1. ^ 郵便番号7桁化以前は、郵便物の受取人住所に町名を書かず通り名だけで表すことも多かった。
  2. ^ 「上る」「下る」については、古くは送り仮名をカタカナで「上ル」「下ル」と表記したが、現在、住民基本台帳における住所、不動産登記上の場所については、送り仮名はひらがなで表記されている。ただ、市民の日常生活においては根強くカタカナ表記も使われ続けている。なお、いずれの場合も「上がる」「下がる」「上ガル」「下ガル」とは表記されない。
  3. ^ 1889年の市制施行時から市域であった場所でも、例外として「祇園町北側」や「本町○○丁目」など、通り名による表記を付さず表記する町もある。
  4. ^ http://www.ce.columbia.edu/overseas/about.cfm?PID=32&Content=Activity
  5. ^ http://www.stanford-jc.or.jp/index.html
  6. ^ http://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000043724.html
  7. ^ 49のソコヂカラ・「シンプルイズベスト」の項

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

公式

観光

その他

最終更新 2009年11月7日 (土) 09:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【京都市】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!