京阪2600系電車

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2600系0番台(2006年12月22日撮影)

京阪2600系電車(けいはん2600けいでんしゃ)は、1978年昭和53年)に登場した京阪電気鉄道通勤形電車

2009年4月20日現在、108両が在籍する。

0番台と30番台があり、0番台は4・5両編成が、交野線宇治線普通を中心に運転されており、5両編成は交野線中之島線直通列車の通勤快急「おりひめ」快速急行「ひこぼし」にも使用される。また、0番台7両編成と30番台は京阪本線鴨東線中之島線の急行以下の列車に使用される。

目次

[編集] 概要

汽車・KS58形
円筒案内(シンドラー)式
2600系・2821
汽車・KS73C形エコノミカル台車
軸箱梁式
2600系・2707
住友・FS327A形
アルストムリンク
2600系・2823
住友・FS337A形
軸ばね+積層ゴム式
2600系・2717
住友・FS399C形
軸ばね+積層ゴム式
2600系・2617

書類上では登場が「1978年」となっているが、元は1959年(昭和34年)に登場し、「スーパーカー」の愛称で親しまれた回生ブレーキ装備の2000系である。同系列では架線電圧の600Vから1500Vへの昇圧に対応できなかったため、同系列の車体や台車を改修するとともに複電圧仕様の回生ブレーキ付き制御装置(東洋電機製ACRF-H4155-775A)への変更、冷房化(東芝製RPU-2205A×4基〈2621F・2622F除く〉)、冷房電源確保のための大容量MG(TDK-3721A・3両編成除く)の搭載、鋼体架線対応の下枠交差型パンタグラフ(PT-4805A-M)への交換、電圧指令式前面行先表示器の取り付け、スカートの取り付け、前照灯シールドビーム化を施されて登場したのが本系列である。

1978年(昭和53年)6月23日に2601F「2601(旧2043)-2701(旧2128)-2801(旧2044)」が竣工した。これを皮切りに1982年(昭和57年)12月1日竣工の2905(旧2064)で103両の全車が更新された。これが0番台である。大津線にかつて在籍していた500形とほぼ同じ手法で改造されたことから、2000系からの更新改造車と思われがちだが、2000系時代からの車籍は受け継がれていないため、正確には「代替新造」扱いとなっている[1]

また、昇圧後に8両編成の運用も決定したことから7両編成が不足することが予想されたため、1981年から新たに7両編成4本が新造された。これが30番台である。よって計131両の大所帯となった。

本系列のうち0番台は2000系時代から普通運用が主体となっている。30番台は当初急行にも使われていたが、本線で2200系6000系による8両編成の運用が開始されてからはこちらも普通運用が主体となった。

最高速度110km/h、起動加速度2.5km/h/sと、2000系時代と比べて性能が大幅に変わっている。加速を抑え、高速向きにしたことにより、性能面では2200系とほぼ同等になっている。主電動機は複巻電動機の「TDK-8135A」[2]で600V時130kW・1500Vでは155KW。制御器は界磁位相制御の「ACRF-H4155-775A」[3]が採用された(ともに東洋電機製造製)。2000系に引き続き分巻界磁制御による回生ブレーキを使用する。

0番台は1ユニット2両・3両で製造された。2600(Mc)+2900(T)、2700(M)+2800(Tc)の2両ユニットと、2600(Mc)+2700(M)+2800(Tc)の3両ユニットとがある。当初は2両+2両の4両編成と3両+3両の6両編成で運用されていた。4両編成の場合は同じ番号の組み合わせ(例:[2611+2911]+[2711+2811])で運用され、6両編成の場合は次の番号との組み合わせ ([2601+2701+2801]+[2602+2702+2802])での運用を行っていたが、ユニットの組み合わせを変えることによって4両から8両までの編成を組むことが可能であり、その特徴を活かした運用がなされた。一時期は3両ユニットに後からTを加えた4両ユニットも存在していた。現在では廃車や運転台が撤去された車両(車両番号はそのまま)もあり、より雑多な編成となっている。

30番台は4両ユニット+3両ユニットの7両編成で製造された。なお、0番台だけで8両編成を組むには2800(Tc)並びに2900(T)には必ず大容量MGが装備されており、編成重量が増加するなどの制約から、5M3T編成としてカバーすることがほとんどであったが、4M4Tで暫定編成を組んだことも実際にあった。

鴨東線開業前に出町柳駅から叡山電鉄線への直通運転が検討されていた時期もあったことから叡電の輸送需要に合わせて最短2両編成での運用も可能な仕様になっているが、現在に至るまで直通運転構想は実現しておらず、その仕様は活かされていない。

利用者減による運用見直しや車体の老朽化から2001年12月28日付けで1900系と同時に廃車が始まり、パンタグラフ、ヒューズ箱から連結器タイフォンに至るまで再整備の上、2002年に登場した後継車10000系に再利用された(2400系2451Fのパンタフラフ取り換えにも4基が利用された)。2006年(平成18年)度までに計23両が廃車され、2009年4月20日現在で108両が在籍している。中之島線開業以降の3000系(2代)の投入に伴い廃車となる予定であるが、全面的な置き換え計画は未定である。

2003年9月ダイヤ改正頃、廃車が進んだこともあり全編成が4・5・7両に組み替えられて6両編成での運用は消滅した。また、このダイヤ改正で朝ラッシュ時に設定された交野線・私市駅と大阪方面・淀屋橋駅を結ぶ直通列車「おりひめ」にはイベント時などを除き本系列5両編成が充当となっていた。種別幕に「K特急」幕を持っていないため、黒地に赤文字の「特急」幕を表示し、「おりひめ」のヘッドマークを掲げていたが、2008年8月頃から方向幕が順次更新され、赤地に白文字の「特急」幕や「K特急」幕を表示する姿も見られた。

なお、「おりひめ」・「ひこぼし」は2008年10月ダイヤ改正でそれぞれ通勤快急・快速急行となり、ともに本系列5両編成が充当されている。

[編集] 分類

[編集] 0番台(2000系車体更新車)

2600系(0番台の助手席側窓一枚固定化車)(2006年7月16日、宮之阪駅にて撮影)

車体や台車のほか、蛍光灯カバーまで2000系からの流用品であり、その経年は2009年の時点で最も古いもので50年を経過しており、部品として見れば京阪の中でも最古参格である。これは1810系が樹立した車歴にも肉薄する。2200系からの編入車が3両、2200系列と連結されている車両(2629-2729-2829)、冷風冷房方式の試作編成(2621F・2622F)などの異端車が存在する他、製造時期の違いや振り替えで台車が13種類、車掌台側の正面窓がサッシとHゴム、および2000系1次車と2次車以降の側面窓配列の相違、運転台を撤去した簡易作業済み車の端面が異なるなど、形態が多種多様化して1両1形式とも呼ばれている。これは2000系が既にかなりの変更を繰り返していたという経緯があり、それがそのまま本系列に受け継がれたためである。その上、エコノミカル系台車の振り替えを始め改良・改造が繰り返されたため、多数のバリエーションが存在することとなった。中には4両編成ですべての車両の台車が異なるものもある。内装は2200系と同様で、化粧板はすべて緑色となっている。また、現役のすべての車両に転落防止幌が設置されている。

原則として4両ないし5両編成で運用されている。前者は通常宇治線で運用されており、本線は回送扱いのみとなっている。後者は交野線直通列車である通勤快急「おりひめ」・快速急行「ひこぼし」や宇治線の普通を中心に運用されている。2007年9月からの交野線ワンマン運転には対応しておらず、それを行う運用には入っていない。また、これまでは暫定編成などでしか見られなかった7両編成が2006年7月頃から正規の編成としても組まれている(公式サイトの編成表にも掲載)。過去には4両編成を2本つなげて8両編成での運用実績もあった。

[編集] 末尾1 - 10番

5連の2601F+2連の2619F(2008年4月14日撮影)

当初は2600(Mc)-2700(M)-2800(Tc)の3両固定編成で竣工し、3両固定編成×2の6両編成で運転を開始した。一時期に末尾05 - 10には2900形(T)が組み込まれて4両化されていた。編成数の見直しで2009年現在他の末尾番号の車両と組み合わされで5両ないし7両編成で運用されている。

  • 2601 - 2610のパンタグラフ横のヒューズ箱の数が2個と、他の2600形より1つ少ない。
  • 2801 - 2810はパンタグラフを装備していない。また、補助電源装置は1基のMGで3両分の冷房電源を賄う予定で、出力140KVAのもの(TDK-3755A)が搭載されていた。
  • 2901 - 2904までは欠番、2905 - 2910は上記の3両編成に後から組み込むために追加された車両で、パンタグラフは搭載されていない。4両での冷房使用時の電源容量不足を補うため、出力70KVAのもの(MGTDK-3721A)が搭載されている(2905は2632Fに組み込まれて8両化された時に重量軽減策として外された)。2905・2906・2910は2001年12月28日に、2907と2908は2006年3月29日に廃車となり、2009年4月20日現在は2909だけが残存しているが、後述の通り休車となっている。

[編集] 末尾11 - 24番

5連の2624F(2008年4月14日、西三荘駅にて撮影)

2600(Mc)-2900(T)+2700(M)-2800(Tc)の4両編成であり、2両+2両に分割可能である。中間の2900(T)・2700(M)には、2000系2100形中間車から更新された車両の他に、2000系先頭車をベースされた運転台簡易撤去車もある(末尾20 - 24の2700・2900形は運転台撤去車)。すべての車両にパンタグラフを装備している[4]。このグループも2622F(4両編成)が2001年12月28日付けで廃車となったを皮切りに、2611F(4両編成)が2002年3月18日、2714-2814が同年4月22日、2616F(4両編成)が同月25日に廃車となっている。

『新型クーラー試作車』の2621Fと2622F(ともに4両編成)は、製造時から新型クーラー試作車として東芝の「RPU-3007(10500kcal)」を3基搭載し、車内には新設計のグリルファンが9基設置され冷房効果の試験がなされた。その結果を元に6000系に「三菱製CU-197(10500kcal)」が採用されたが、能力不足でRPU-3042(11500kcal)→RPU-3048(13000kcal)」と付け替えられた(外されたCU-197は1900系と1000系の一部に再利用され、RPU-3042は1000系と大津線の80形600形700形に再利用された。)。2621Fは新型クーラーの性能確認と併せて光ファイバーによる列車モニタの試験車となった。竣工は2622Fが1981年(昭和56年)12月28日(2001年12月28日廃車)、2621Fは2621と2821が1982年7月9日、2921と2721が同年9月21日である。ちなみに2622号車は2000系トップナンバーの2001号車より車体を流用して登場した。

[編集] 末尾25 - 28番

2600(Mc)-2800(Tc)の2両で0番台と連結され5両編成となったり、2両+2両で4両編成で運用、と組み替えられる(3両+3両+2両の8両編成で運転されたこともある)。このグループもすべての車両にパンタグラフを装備している。

  • 2625-2825:2次車・車掌台側の正面窓は固定窓。台車は2600形はKW-37・2800形はFS-327。
  • 2626-2826・2627-2827:1次車・車掌台側の正面窓は固定窓。台車は2626はFS-399C.2627はFS-337A・2800形はKS-58。
  • 2628-2828:2次車・車掌台側の正面窓はサッシ開閉可能。台車は2600形・2800形、ともにFS-337A。

2626Fと2628Fの4両は、1986年(昭和61年)の京都地下線の工事に試運転車両として松原通り付近に設けられた仮設搬入口から搬入され、地下線での地下設備の確認・試運転・ATSの確認、最後に運転士の訓練運転などに使用された(この当時は運用車両数がギリギリで、抜けた4両の穴埋めに6000系6012F〈4両編成〉が製造された)。

2625Fのうち、2825は寝屋川車庫で走行休止となっている間に新塗装の検討のため、3種類の新塗装が1両に塗られていた(「鉄道ファン」2008年12月号より)。その後、2両とも新塗装になり、2008年10月19日のダイヤ改正で2604Fと組んで7両編成として運用されているが、2604Fは当初塗装を変更しないまま編成を組んだため、京都方5両が旧塗装で、大阪方2両が新塗装という混色が一時期見られた。([1]) だが、後に2604Fも新塗装化され現在30番台を除く2600系で唯一の新塗装編成となっている。

[編集] 末尾29番

2629+2729+2829は2200系の4両と編成を組むため、当初は種別・行先表示などが同系列と同じシーケンス式の仕様のもので、前面扉の窓下の行先表示器がなく、車両番号が前面車掌台側に取り付けられたが異色の存在であった。1988年(昭和63年)9月に2200系の車体更新に併せて、2829には前面扉の外開化、前面扉の窓下に行先表示器の取り付け、2629は運転台を完全撤去して2700形化した(車両番号はそのまま)。制御機器は2600系で、設備は2200系という異端車両になっている。しかし後述の通り2009年9月12日のダイヤ変更でパートナーの2218ほか4連とともに運用から外れた。

1980年代中期には2400系と編成を組んでいた時期もあったが、後に元の2200系との組成(但し当時は2210Fと組んでいた)に戻っている。

[編集] 30番台(新造車)

2600系30番台車(西三荘駅にて撮影)

0番台とほぼ同じ設計で1981年に川崎重工業兵庫工場で製造された。前照灯は当初からシールドビームであり、尾灯や標識灯も初代3000系と同じスタイルとなっている。以前は正面につり幌が装備されていたが、現在は撤去され、貫通口の左右上につり幌を装着するためのフックが残っている。一部床下機器の配置が違う、台車はMc車とM車がKW-37、Tc車とT車がFS-399Cであったが、一部のTc車とT車は廃車になった初代3000系のTc車(3500形)のKS-132A台車10両分を大改造してKW-79として付け替え、FS-399Cは他の本系列(2000系更新車)に振り替えられた。内装は0番台と大差ないが、ドアの内張りに補強バーがないのが特徴である。

基本的に2600(Mc)-2900(T)-2700(M)-2900(T)+2700(M)-2700(M)-2800(Tc)の7両編成で運用されている。また、0番台との併結運転も可能であり、保守検査などの際に混結編成も見られる。2003年までは正規の編成でも両番台が併結されているものが存在した。したがって同時期まで30番台だけで組成されていたのは2632F1本だけであり、残りの3本は0番台と5または6両編成を組成していた。

30番台を新造した当時、既に旧深草車庫への6・7両固定編成運用の入・出庫制限(分割可能編成であれば分割の上で入・出庫が可能)措置が同車庫の淀車庫への移転に伴って廃止されたこともあり、それ以後の京阪の車両は固定編成での新造を原則としている。

[編集] 今後の動向

2001年度より廃車が始まり、廃車になった車両から外されたPT-4805形パンタグラフは10000系一次車や2400系2451Fへ取り付けられ、ヒューズ箱・連結器・タイフォンまで使える部品は10000系一次車に再使用されている。また、2615と2815に使用されていた台車(FS-509・FS-327A)各1基が2007年に東京大学生産技術研究所千葉実験所に研究用として寄贈された[2]

残存車両は2008年度より京阪の新CIロゴの貼付が行われている他、2012年度までに車体塗装の変更が実施される予定。

2009年9月のダイヤ改正により、29番ユニットを含む16両が運用を離脱した。現在は2909と合わせて17両が休車となっており、稼動数は91両である。

[編集] その他

  • 2002年3月18日付けで廃車になった2811号車の車体が切り継ぎされてキッズプラザ大阪に設置、車イス使用体験設備として使用されている。
  • 同じく2002年4月22日付けで廃車になった2627号車の車体を京都府城陽市在住の鉄道ファンが購入。寝屋川工場で先頭部から5mの長さに切り縮められた車体が個人宅の庭先に設置されている[5]。なお、廃車体の購入希望は遠くは鹿児島県からもあった。

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

ウィキメディア・コモンズ
  1. ^ 前年1977年に新造した1000系(3代)700系(2代)の車体を流用しているが、2600系の例と同じく「代替新造」扱いである。
  2. ^ 電流460A、分巻界磁電流65A、架線電圧1,500V時定格回転数1,580rpm
  3. ^ 1,500V昇圧後の抵抗制御段数は永久直列18段である。
  4. ^ 離線防止対応として必ずパンタグラフ2台から集電可能、かつユニット間に高圧引通しを出さないとの設計思想により、4両編成でも2両ユニット×2に分割可能な編成ではT車にもパンタグラフが取り付けられている。
  5. ^ 2004年1月29日京都新聞夕刊1面に掲載・2009年1月6日夕刊8面に再掲載

最終更新 2009年11月28日 (土) 07:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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