人吉市
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九州山地に囲まれた人吉盆地に位置し、球磨川沿いの温泉と川下りで有名。人吉・球磨地方の中心地。人吉藩相良氏の城下町として栄えた。
目次 |
[編集] 地理
熊本県の南部、熊本市から直線距離で真南に約70kmの場所に位置する。北部と南部は九州山地の一角をなす山地である。市域南部は標高1,000m級の山地で宮崎県えびの市と鹿児島県伊佐市に接している。市の中心部は人吉盆地の西端で、球磨川が東から西に貫流する。市内では万江川・山田川・鹿目川・胸川など多数の支流が球磨川へ流れ込んでいる。
中心部は古くからの城下町の町並みが残っており、小京都と呼ばれる。
[編集] 気候
内陸の盆地のため寒暖の差が著しく、夏場は最高気温30℃以上に達する真夏日が70 - 80日間あるのに対し、冬場は最低気温が零下となる冬日が50日程度ある。年降水量は2,500 - 3,000mm。
盆地で大きな川があり支流も多いという地形上、冬季で晴れた日の朝はほぼ100%濃霧が発生する。その頻度は霧発生日数日本一を毎年争う程だが、この霧が高速道路の速度規制などを生むこともある。発生した霧も地形的にほとんど流出しないため、正午近くまで残ることも珍しくない。
年中多雨であり、夏の高湿度はもとより冬でも霧の影響もあり湿度があまり低くならない。
[編集] 隣接する市町村
[編集] 人口
| 人吉市と全国の年齢別人口分布 | 人吉市の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
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■紫色 ― 人吉市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 歴史
鎌倉時代初期の1193年(建久4年)に相良氏が人吉の地頭に任ぜられ、その後は形を変えつつも明治時代の廃藩置県までずっと相良氏による統治が行われていた(詳しくは人吉藩を参照)。
廃藩置県後、人吉県→八代県→白川県を経て熊本県の一都市となった。
- 1600年頃 - 城下町として整備される。
- 1862年 - 寅助火事により人吉城と城下町の大半が焼失。
[編集] 近現代
明治以降も球磨郡役所が置かれるなど球磨地方の中心地としての地位を維持する。
昭和初期には温泉の採掘が盛んになり、日本二十五勝のひとつとなった球磨川とともに宣伝されるようになった。1933年頃には球磨焼酎や球磨川下りとともに「泉都人吉」と称されるようになる。
1942年に市制を施行。1963年から3年連続で続いた水害は市街地の景観を一変させ、1970年代に開通した国道219号のバイパス道路(下林バイパス・人吉バイパス)沿いには新たな商業地域が形成された。
かつて「陸の孤島」といわれた人吉は、1960年代以降人口減が続いた。この対策として観光業・農林業の振興や企業誘致を掲げ、対策前は年70 - 80万人ほどであった観光客数も1990年には100万人を突破した。しかし、九州自動車道の全通などにより拠点性を失い「通過都市」となりつつあることから、「物語都市ひとよし」構想の推進による地域活性化を図っている。
- 1889年4月1日 町村制施行により、現在の市域にあたる以下の町村が発足。
- 球磨郡人吉町・西瀬村・中原村・藍田村・大村
- 1933年4月1日 人吉町が大村を編入。
- 1942年2月11日 人吉町・西瀬村・中原村・藍田村が対等合併し市制施行。人吉市が発足。
- 1972年 - 宮崎県方面へ向かう国道221号の加久藤トンネルが開通。
- 1989年12月7日 - 九州自動車道の八代 - 人吉間が開通。
- 1995年7月27日 - 九州自動車道最後の開通区間となる人吉 - えびの間が開通。
[編集] 行政
- 市長 田中信孝(1期目、2007年- )
- 市議会 定数20
- 議長 大王英二
- 副議長 簑毛正勝
[編集] 産業
2004年度市内総生産 1,291億円。人吉・球磨地方経済の中心地である。その他の主力産業は観光業・農業・酒造。
戦国の世から第二次世界大戦時まで歴史的にも栄え、熊本などの九州中部・北部と宮崎・鹿児島の南九州方面を繋ぐ交通の要衝・休憩ポイントであり、人吉の字のいわれは宿を意味する「舎」といわれるほど。西南戦争時、熊本から撤退する西郷隆盛が陣を築いたことや、鉄道が「肥薩線」と名づけられていることからも裏づけられる。しかし戦後は沿岸部の経済発展により、現在では高速道路の貫通によりその意味合いは低下しており、将来的にも九州新幹線の全面開通により更に低下するものと推測される。
かつては農業と酒造で栄えたが、農業の衰退によって活気が失われ、近年では高齢化と過疎化が著しい。
高速道路の開通及び市内幹線道路の整備により交通の便は格段に向上したが、それまでの商店街的な店舗からジャスコなどの郊外型大型店やコンビニエンスストアが店舗の中心になるようになり、市街中心部(人吉駅 - 九日町)の空洞化が目立っている。また観光業でも観光客に対する宿泊者の比率減少(観光客数自体はあまり変わっていない)、ドライブイン型レストラン・みやげ店の閉鎖という問題が出ているが、これといった解決法は見つかっていない。(関連:ストロー効果)
[編集] 人吉市に本社を置く主要企業
[編集] マスメディア
人吉市を拠点とするマスメディア。
[編集] 教育
[編集] 高等学校
[編集] 中学校
[編集] 小学校
休校中の学校を除く。
- 市立
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- 人吉東小学校
- 人吉西小学校
- 東間小学校
- 大畑小学校
- 西瀬小学校
- 中原小学校
- 田野小学校
[編集] 専修学校
- 九州技術教育専門学校人吉校
[編集] 学校教育以外の施設
- 中小企業大学校人吉校
[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] 道路
[編集] 高速道路
[編集] 一般国道
[編集] 高速バス
人吉産交(バスセンター)は市内・球磨郡内循環バスの中心であると同時に、熊本方面の高速バスの発着点になっている(かつては宮崎・鹿児島方面の中継・乗継点としても機能していたが、2006年よりすべて人吉IC停留所からの乗降となっている。また、長崎 - 宮崎間など一部路線は通過)。
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事・郷土玩具
[編集] 名所・旧跡・観光スポット
- 人吉温泉
- 球磨川(くま川)下り - 人吉発船場-渡着船場(球磨村)間は割合流れが緩やかなコース。冬季はこたつ舟での運行もある。
- ラフティング - 人吉市内や隣の球磨村から出発する。現在数社が運行している。
- 鹿目の滝(日本の滝百選)
- 人吉城跡 - 相良氏の35代の居城。繊月(せんげつ)城、あるいは三日月城とも呼ばれる。整備が進行中で、かつては城壁だけのまさしく「跡」だったのが、城らしさを徐々に持ちつつある。
- 人吉城歴史館 - 人吉城公園に隣接する資料館。地下石室の井戸遺構を見られる。2005年12月開館。
- 青井阿蘇神社 - 相良氏より篤い崇敬を受け、市民からは「青井さん」と呼ばれ親しまれている。現在の社殿は桃山式の豪壮な建築様式を伝え、国宝となっている。
- 肥薩線 - 人吉駅-吉松駅間は途中の矢岳越えからのえびの高原を望む車窓が日本三大車窓の1つとなっている。そのため、人吉-吉松駅間で観光列車「「いさぶろう」・「しんぺい」」号が運行されている。
- 人吉ループ橋 - 市南部、国道221号線の宮崎県との県境近く、加久藤峠にあるループ橋。360度×2重で殆どが橋梁により構成されており、東洋一といわれている。
- 武蔵史料館 - 宮本武蔵に関する資料を展示している
- 永国寺 - 全国的にも珍しい幽霊を描いた掛け軸がある。
- クラフトパーク石野公園 - 人吉の伝統文化・伝統工芸や球磨焼酎に関する資料を展示してある。入園観覧は無料。人吉名産のきじ馬や花手箱の絵付け体験や鍛冶体験など(有料・予約要)も可能。
- 大村横穴古墳群 - 人吉駅すぐ裏にある古墳。崖に人工的に掘られた横穴が点在するが、縄文時代あたりの墓といわれる。
- 大畑(おこば)梅園 - 人吉梅園ともよばれる。8haの敷地に約4,600本の梅が植えられており、毎年2月に「人吉梅まつり」が開催される。
[編集] 祭事・催事
- 人吉球磨はひなまつり:2月1日~3月31日に人吉球磨地方一帯で開催される
- 梅祭り:3月
- 人吉温泉球磨焼酎祭:5月
- 人吉花火大会:8月
- 鹿目の滝祭り:8月
- おくんち祭(青井阿蘇神社例祭):10月
- 産業健康福祉祭り:11月
[編集] 郷土玩具
- きじ馬(きじ車) - 人吉・球磨地方の伝統玩具。ホオノキやヤマギリの木を乾燥させて鰹節状の細長い形に削り、胴に白・赤・黄・緑などの鮮やかな色彩で模様を描き、木を輪切りした車を両脇に付けてくちばしの部分にひもを通す。きじ馬は九州各地にあるが、人吉のものは頭部に黒字で「大」と書かれているのが特徴。
- うんすんカルタ - 江戸時代に全国で流行したが、現在まで遊び方が伝承されたのは人吉市だけである。
[編集] 特産物
- 球磨焼酎 - 人吉・球磨地方は日本の米焼酎の代表的産地
- ウッチャン焼酎 - ウッチャンナンチャンの内村光良が出身者であることから、母方の親族が経営している酒造会社が製造したもの
- つぼん汁 - けんちん汁に似た汁物
[編集] 人吉市出身の有名人
- 日野熊蔵(陸軍軍人)
- 高木惣吉(海軍軍人)
- 深野時之助(陸軍軍人)
- 川越重男(歴史研究家)
- 犬童球渓(作詞家)
- とり・みき(漫画家)
- 冨岡美希(abn長野朝日放送アナウンサー)
- 内村光良(タレント、ウッチャンナンチャン) - 出演したテレビ番組で人吉を語る機会も多い。かつてテレビ番組内で「人吉市民は、東京ドーム(約5万人収容)に全員納まります」と発言したことがある。また「どうぎゃん」に寄稿も行っている。
- 高村公平(ローカルタレント)
- 木下貴信(よしもとクリエイティブ・エージェンシー福岡事務所所属のお笑いコンビ「パタパタママ (お笑いコンビ)」のメンバー)
- 轟悠(宝塚歌劇団)
- 川上哲治(プロ野球選手)
- 末次利光(プロ野球選手)
- 永山忠幸(ワコール陸上部監督)
- 岩崎芳美(競艇選手)
- 吐夢(化粧師)
[編集] 参考文献
- 住吉献太郎 「城下町から盆地の中心都市に - 人吉市」『九州 地図で読む百年』 古今書院、平岡昭利編、1997年、119-124頁、ISBN 4-7722-1665-0
[編集] 外部リンク
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