仁阿弥道八
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仁阿弥 道八(にんあみ どうはち、天明2年(1782年) - 安政2年(1855年))は江戸時代後期の陶芸家。二代高橋道八なのだが、一般的に「仁阿弥道八」の名前で有名である。隠居名「道翁」。
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[編集] 略伝
初代・高橋道八の次男として生まれ、兄の早世により29歳で家督相続、京・五条坂に開窯。奥田頴川、宝山文蔵らのもとで修行を積み、青木木米らと共に京焼の名手として知られる。仁和寺宮より「仁」、醍醐寺三宝院宮より「阿弥」の号を賜り、出家名「仁阿弥」を称する。45歳の時に紀州藩御庭焼(偕楽園焼)立ち上げに参画、以後、高松藩御庭焼(賛窯)、薩摩藩御庭焼(磯御庭焼)、角倉家御庭焼(一方堂焼)、西本願寺御庭焼(露山焼)などの立ち上げに参画、京焼技法の全国頒布に助力。天保13年(1842年)、伏見に隠居するも、以後も「桃山窯」を開窯、作陶を続けた。
[編集] 作風
同時代の同じ京焼の名手である青木木米とは全く対照的な作風で、多種多彩で癖がない作品を大量に製作した。作品の中には全く対照的な焼き物である楽焼も色絵もある。特に色絵は「尾形乾山、野々村仁清の再来」とまで称された名手であった。また茶碗などの食器や容器ばかりではなく、人物や動物などの陶像や磁器像の製作も行い、名品が多いと言われる。更に李朝磁器や青華磁器の製作も行っている。
それらの作品に共通する特徴を挙げると品の良い「高貴性」が感じられる点である。それ故に日本各地の名家から招かれ、御庭焼の師として仰がれたと考えられる。
[編集] 参考文献
- 『煎茶の世界 しつらいと文化』(雄山閣、ISBN 4-639-01424-4)
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年2月26日 (木) 15:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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