今いくよ・くるよ

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 今いくよ・くるよ
メンバー 今いくよ
今くるよ
結成年 1971年
事務所 吉本興業
活動時期 1973年 - 現在
師匠 島田洋之介・今喜多代
島田一の介
島田紳助
出会い 高校時代の同級生
現在の活動状況 テレビ
ラジオ
舞台
芸種 漫才
公式サイト 吉本興業 公式ホームページ 今いくよ・くるよのプロフィール
  

今いくよ・くるよ(いま-)は日本女性漫才コンビ。所属事務所吉本興業高校同級生コンビである。弟子にサカイストがいる。

目次

[編集] プロフィール

今いくよ
今くるよ
  • 本名 - 酒井スエ子
  • 生年月日 - 1947年6月17日
  • 出身 - 京都市
  • 血液型 - A型
  • いくよと正反対の肥満体型。肌を露出したような派手な衣装を着て登場。を叩いたり、両の前で交互に前後ろにしたり、「どやさ」と言ったりするのが持ちギャグ。この「どやさ」は中川礼二からよく真似をされている。

[編集] 略歴・特徴

明徳商業高校時代、二人ともソフトボール部に所属していた。いくよがピッチャー、くるよはマネージャー。全国大会で準優勝の経歴を持つ。

外見のイメージから、いくよがツッコミ、くるよがボケのような印象を持たれがちだが、実際の漫才では逆でいくよがボケ、くるよがツッコミである。共にドスのきいたハスキーボイスであり、声質は似ている。

太っているくるよと、痩せているいくよが、互いの体型や容姿・ファッションをけなし合うネタをよく演じる。また他人を褒めることはあっても他人の悪口や他人を持ち出して笑いに使うということはほとんどない。そのためファン層は老若男女を問わない広さを誇る。二人が出会って40年以上経過するがコンビ仲がとても良いことで有名。

共に独身であり、そのためか男性を中心に後輩芸人の面倒見もよく、彼女達を慕う芸人は非常に多い。

師匠は島田洋之介・今喜多代(現:今日規汰代)夫妻(弟弟子にB&B島田一の介島田紳助らがいる)。1971年にコンビを結成し、長めの下積み修行を経て1973年に初舞台を踏んだが、初舞台以降もスポットライトが当たることがなく、ようやくフジテレビ系「花王名人劇場」に出演するチャンスを得たものの、吉本興業から「これでウケなかったら最後」と通告された。二人とも最後の舞台として全力で演じ、見事大爆笑をとり、二人の漫才はカットされずに全国放送された(このときの他の出演者にはやすし・きよしなどの大御所が並んでいた)。翌日よりテレビラジオその他からの出演依頼が殺到。苦難の末、ようやく本格女流漫才師として日の目を見ることとなった。

漫才では、いくよ「くるよちゃん、そんなとこ(肩)から出して」くるよ「これはやっちゅうねん」。いくよ「私たち高校の頃にソフト部やってまして、私ピッチャーでエース。くるよちゃん、キャッチャーロース(肉の部位)」。などの持ちネタがある。 他にもいくよの厚化粧をネタに、くるよが顔にファンデーションをはたくような仕草や、漫才途中から必ずくるよの派手で大きな衣装がズレてくるので、すそを何度も持ち上げての漫才をする。

2006年10月6日、「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングで、1984年8月30日(紹介者:田島令子)以来、丸22年ぶりの出演を果たした(紹介したのは友近)。

ダウンタウン松本人志は、いくよとくるよがどちらか混同するため、「こっちにガーーッて向かってくる方が”くるよ”」と覚えている。(松本出演のラジオ「放送室」より)。ただし、いくよとくるよの名前の由来自体がそもそもそういう意味で付けた可能性が高く、松本独自の覚え方ということでもない。 後輩の面倒見がよく過去には中川家、レギュラージェットコースター(解散)、ミサイルマン等を食事に誘ったりラジオに定期的に出演させたりした。

2009年9月22日なんばグランド花月での公演中にくるよが引きつけを起こし倒れ、大阪市内の病院へ緊急搬送された。その後検査入院となり、くるよの病状は現在回復に向かっているものの、退院の時期については未定である。

[編集] 出演

[編集] レギュラー番組

太字は現在放送中の番組

[編集] ゲスト出演

[編集] CM

[編集] ゲーム

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月6日 (金) 17:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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