今津寛
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今津 寛(いまず ひろし、1946年9月30日 - )は、日本の政治家。自由民主党の前衆議院議員(4期)。北海道旭川市出身。 実家は魚屋。兄は写真家の今津秀雄(1939年 - 1990年4月20日)[1]。甥に旭川市旭山動物園を中心に活躍する動物写真家の今津秀邦。
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[編集] 経歴
- 1964年 - 北海道旭川西高等学校卒業
- 1970年 - 中央大学法学部卒業。松浦周太郎衆議院議員のもとで政治を学ぶ。帰郷後は旭川市長選挙に立候補した森山病院理事長森山元一氏の秘書となる。
- 1975年 - 旭川市議会議員に旭川の一心太助をキャッチフレーズに当時28歳で最年少当選、2期務める。
- 1983年 - 北海道議会議員に当時最年少で当選、2期務める。
- 1990年 - 第39回衆議院議員総選挙で旧北海道第2区から総理・総裁海部俊樹の出身派閥新政策研究会新人として立候補して当選
- 1993年 - 第40回衆議院議員総選挙で旧北海道第2区から立候補してトップで当選
- 1994年 - 6月29日内閣総理大臣指名選挙で自民党が推した日本社会党委員長村山富市ではなく旧連立政権側に担がれた海部を支持し離党、高志会及び自由改革連合結成や新進党結党参加
- 1995年 - 道知事選や参院選北海道選挙区で堀達也及び小川勝也の初当選に尽力
- 1996年 - 第41回衆議院議員総選挙で直前に自民党復党し北海道第6区から立候補して落選、前自民党副総裁小渕恵三の説得受け小渕率いる平成研入会
- 2000年 - 第42回衆議院議員総選挙で北海道第6区から立候補して落選
- 2003年 - 第43回衆議院議員総選挙で初の小選挙区勝利で3回目の当選で国政復帰(北海道第6区、同区で旭川西高の先輩で民主党現職佐々木秀典も比例復活)
- 2004年 - 防衛庁副長官に就任
- 2005年 - 第44回衆議院議員総選挙で4回目の当選(中選挙区時代のライバルで中大法学部の先輩清和研金田英行とコスタリカ方式で比例単独候補)
- 2007年 - 橋本聖子の後任として、自民党北海道連会長に就任
- 2008年 - 衆議院安全保障委員会委員長に就任
- 2009年 - 8月30日の第45回衆議院議員総選挙において、自由民主党公認で北海道第6区より出馬するも、民主党佐々木隆博に敗れ、重複立候補した北海道比例区でも復活ならず、落選した。
[編集] 人物・主張
- 中央大学大学在学中は応援団副団長を務める。
- 洽子夫人とは旭川市立北都中学校で出会った。互いに野球部とテニス部のキャプテンを務めていた。
- 暫定税率(ガソリン税)を維持しなければ北海道の道路整備費は2400億円も減少するとして道路特定財源制度を支持。
- 政治家の年金未納問題が注目された際に年金の未納が一ヶ月発覚している。
[編集] 議員連盟
- 海外派遣自衛隊員を支援する国会議員の会 代表世話人
- 平和を願い真の国益を考え靖国参拝を支持する若手国会議員の会(会長)
- アイヌ民族の権利確立を考える議員の会 世話人代表
- キューバ友好議員連盟 幹事長
- 日韓議員連盟常任幹事
- 日中友好議員連盟事務局次長
- 北京オリンピックを支援する議員の会幹事
[編集] 主な役職
- 自由民主党北海道開発委員会委員長
- 自由民主党農林水産関係団体委員会委員長
- 日本の安全保障に関する宇宙利用を考える会 座長代理
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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