仙台駅
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| 仙台駅 | |
|---|---|
西口(2009年6月)
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| せんだい - Sendai | |
| 所在地 | 仙台市青葉区・宮城野区 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本・駅詳細) 仙台市交通局(駅詳細) |
仙台駅(せんだいえき)は、宮城県仙台市青葉区中央一丁目と宮城野区榴岡一丁目に跨る、東日本旅客鉄道(JR東日本)・仙台市地下鉄の駅である。
目次 |
[編集] 概要
東北地方の中心都市・仙台市の代表駅である。東北新幹線は当駅を通る全列車が停車する。宮城県内から首都圏への高速アクセス手段は新幹線が担っており、ビジネス客や観光客など新幹線だけでも1日約4万人以上の利用がある。在来線は開業時からの路線である東北本線に、山形までを結ぶ仙山線、石巻までを結ぶ仙石線が接続。さらに福島県浜通りを経て上野に至る常磐線、仙台空港駅を結ぶ仙台空港アクセス線、少数ではあるが阿武隈急行線直通列車も乗り入れている。市内を南北に結ぶ仙台市地下鉄の南北線も有し、東北地方最大のターミナル駅となっている。
仙石線を除くJR在来線の軌道敷は、北は宮城野橋(X橋)付近から南は北目町ガード(六道の辻)付近まで及び、仙石線仙台駅は仙台駅東口駅前広場の地下から宮城野通地下に及ぶ。地下鉄(南北線)仙台駅は、愛宕上杉通地下の北は中央通りから南は仙台駅西口バスプールまで及ぶ(仙石線あおば通駅と青葉通地下で直結)。2015年(平成27年)度開業予定で、南町通地下に地下鉄(東西線)仙台駅が建設中である。
[編集] 利用可能な鉄道路線
[編集] 駅構造
[編集] JR東日本
| JR 仙台駅 | |
|---|---|
2階中央改札口
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| せんだい - Sendai | |
| 所在地 | 仙台市青葉区中央一丁目1-1 (仙石線・宮城野区榴岡一丁目1-1) |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 電報略号 | セン |
| 駅構造 | 高架駅(新幹線) 地上駅・地下駅(在来線) |
| ホーム | 2面4線(新幹線) 4面8線(在来線・地上) 1面2線(在来線・地下) |
| 乗車人員 -統計年度- |
78,839人/日(降車客含まず) -2008年- |
| 開業年月日 | 1887年(明治20年)12月15日 |
| 乗入路線 7 路線 | |
| 所属路線 | ■東北新幹線 ■秋田新幹線 |
| キロ程 | 351.8km(東京起点) |
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◄白石蔵王 (45.0km)
(43.2km) 古川►
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| 所属路線 | ■東北本線 (■常磐線・■仙台空港アクセス線) |
| キロ程 | 351.8km(東京起点) |
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◄長町 (4.5km)
(4.0km) 東仙台►
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| 所属路線 | ■仙山線 |
| キロ程 | 0.0km(仙台起点) |
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(3.2km) 東照宮►
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| 所属路線 | ■仙石線 |
| キロ程 | 0.5km(あおば通起点) |
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◄あおば通 (0.5km)
(0.8km) 榴ヶ岡►
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| 備考 | みどりの窓口 有 仙台市内駅(中心駅) |
駅への出入口は西口と東口の2つで、駅を東西に貫通する通路は、2階(西口南町通り側)と東口(宮城野通り側)バスプールを結ぶ東西自由通路と、Loftを経由してJRの駅と仙台市地下鉄の駅を結ぶ西口地下自由通路、仙石線東口とあおば通駅を結ぶ東西地下自由通路、2008年8月10日に新たに供用開始した仙台駅北部名掛丁自由通路の4つである。
在来線改札口は西口側に「在来線中央改札口」(中央口から改称)、S-PAL(エスパル)地下に「地下南口」、仙石線地下改札口に「JR仙石線仙台駅改札口」(仙台駅東口改札から改称)の3か所で、俗に言う東口(宮城野通り口)に改札口はない。
みどりの窓口は、2階中央口(在来線乗車券・回数券・定期券、Suica、特急「スーパーひたち」特急券、快速「南三陸」指定券、小さな旅ホリデー・パスなど在来線利用の特企券のみ)・3階中央みどりの窓口(Suicaの取り扱いはしない)・2階新幹線乗り換え口(当日分のみ)の3か所で、JR仙石線仙台駅改札口(仙台駅東口改札)と地下南口改札にはない。中央口北側に「びゅうプラザ仙台」、東西自由通路上に「びゅうプラザ仙台東口」(国内旅行のみ取扱)がある。
1階に北海道旅客鉄道(JR北海道)が運営する「JR北海道プラザ仙台支店」があり、みどりの窓口と同様の業務を行う。株主優待などJR東日本の窓口のみで扱う切符類が発券できない(「沿線の旅行会社」扱いとなる)反面、JR北海道のみで購入可能な切符類を一部を除いて取り扱う。
あおば通駅および仙台市地下鉄の仙台駅とは2つの地下自由通路で接続しており、あおば通からJR仙台駅(仙石線を含む)への徒歩連絡も可能である(但し、連絡運輸は行っていない)。
JRの特定都区市内制度における「仙台市内」の駅であり、運賃計算の中心駅となる。
[編集] のりば
- 1番線 - 1面1線の相対式ホーム。下り寝台特急(北斗星、カシオペア)はこのホームに停車する。ホーム中央部にキオスクあり。
- 2~4番線 - 1面3線の島式・切欠きホーム。切欠き式となっている3番線は、青森方には進行不可能である。ホーム北寄り(青森方)にキオスクが、ホーム中央南寄り(東京方)に喜久水庵(お茶・和菓子店)がある。主に快速南三陸号はこのホームに停車する。
- 5・6番線 - 1面2線の島式ホーム。特急スーパーひたち、上り寝台特急は主にこのホームに停車する。ホーム中央部と南寄りにキオスクがあり、さらに南側に蔵王そば茶屋(立ち食いそば店、こばやしの駅弁も販売)がある。
- 7・8番線 - 1面2線の島式ホーム。仙山線専用のホームとなっているが、仙山線に入線しない団体列車や臨時列車も大半がこのホームに停車する。中央部にあじさい(立ち食いそば店)、南寄りにキオスクあり。
- 9・10番線 - 地下2階にある仙石線専用の1面2線の島式ホーム。
- 11~14番線 - 4階高架にある2面4線の島式ホーム。ほとんどのはやて・こまち号は盛岡駅で分割併合を行うが、はやて・こまち24号のみ、当駅で併合を行う。
| 1・2 | ■東北本線 | (下り) | 利府・小牛田・一ノ関方面 |
|---|---|---|---|
| 3 | ■東北本線 | (上り) | 白石・福島・郡山方面 |
| ■仙台空港アクセス線 | 名取・仙台空港方面 | ||
| 4 | ■東北本線 | (下り) | 利府・小牛田・一ノ関方面 |
| (上り) | 白石・福島・郡山方面 | ||
| ■常磐線 | 亘理・相馬・原ノ町・いわき方面 | ||
| ■仙台空港アクセス線 | 名取・仙台空港方面 | ||
| 5・6 | ■東北本線 | (上り) | 白石・福島・郡山・黒磯方面 |
| ■常磐線(特急スーパーひたち) | 原ノ町・いわき・水戸・土浦・上野方面 | ||
| 7・8 | ■仙山線 | 愛子・作並・山形方面 | |
| 9 | ■仙石線 | (上り) | あおば通行 |
| 10 | ■仙石線 | (下り) | 多賀城・本塩釜・松島海岸・石巻方面 |
| 11・12 | ■■東北・秋田新幹線 | (下り) | 盛岡・八戸・秋田方面 |
| ■東北新幹線 | (上り) | 郡山・大宮・東京方面 | |
| 13・14 | ■東北新幹線 | (上り) | 郡山・大宮・東京方面 |
[編集] 旅客案内
[編集] 番線標
地平ホームの駅名標や番線標には路線名は入っているが、ラインカラーは仙台空港アクセス線の青をのぞき、すべて緑に統一されている。7・8番線は仙山線専用ホームに固定されているものの、ラインカラーは路線カラーである黄緑ではない。地下ホームは仙石線独自のホームなので、地下化された2000年より駅名標や番線標に路線名や方面表記、ラインカラーが表示されている。乗車位置案内は地平ホーム・地下ホーム共足元にペイントされている。
[編集] 案内放送設備
- 地上ホーム(1~8番線)
- ATOS(東京圏輸送管理システム)が導入されている路線と同じタイプの自動放送がなされており(あくまでATOS型が導入されたため、完全にATOS化されたわけではない)、列車の行先や編成両数、発車時刻などの詳細な情報が案内されている。これは仙台空港アクセス線の開業で当駅発着の列車が大幅に増えることを考慮し、2005年4月の電子連動化工事に併せて導入されたものである。自動放送の他にも駅員によって適宜放送が行われている。また、さとう宗幸作曲の「青葉城恋唄」をモチーフにしたとされる発車メロディが使われている(作曲者は仙台市出身の榊原光裕)。演奏時間は約30秒。回送列車が発車する際には、発車メロディーは使われず、ベルと音声による案内のみがなされる。
- 仙石線地下ホーム(9・10番線)
- 列車の接近の際、音声案内の他に注意喚起の電子音が鳴り、列車が発車する際にはベルが鳴る。以前は仙台駅が仙石線の始発駅だったため、地平ホームと同様の発車メロディが用いられていたが、仙石線延伸に伴い発車メロディをあおば通駅に譲った。
- 新幹線ホーム(11~14番線)
- 榊原光裕が作曲した発車メロディ(在来線ホームのものとは異なる)が使われている。演奏時間は約30秒。新幹線ホームの乗車位置案内については、11~14番線にLED式の乗車位置案内表示器が設置されている。
- 2008年12月に新幹線改札口と新幹線コンコースの発車標がフルカラーLED式に置き換えられた(ホームの発車標は従来のまま)。
[編集] 仙台市地下鉄
| 仙台市地下鉄 仙台駅 | |
|---|---|
| せんだい - Sendai | |
| 所在地 | 仙台市青葉区中央一丁目10-10先 |
| 所属事業者 | 仙台市交通局(仙台市地下鉄) |
| 駅構造 | 地下駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
35,094人/日(降車客含まず) -2008年- |
| 開業年月日 | 1987年(昭和62年)7月15日 |
| 乗入路線 | |
| 所属路線 | ■南北線 |
| キロ程 | 8.5km(泉中央起点) |
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◄広瀬通 (0.6km)
(0.9km) 五橋►
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| 乗換 | あおば通駅(JR仙石線) |
| 備考 | 東西線 - 2015年度開業予定 |
JRあおば通駅と同仙台駅の中間部分に存在する形となっており、双方の駅とは地下通路で連結されている。出入口は、北1~9、中央1・2、南1~6の全17箇所。改札口は北側と南側の地下1階部分に1箇所ずつあり、東西線開通に合わせて、地下2階駅中央部にも新たに設置される予定である。
JR線から地下鉄への連絡には、以下のような経路がある。
- 西口2階からペデストリアンデッキを通り、南3出口(もしくは南4出口)に入り、南側改札口へ
- 西口1階(タクシープール)から北9出口に入り、西口地下自由通路を通って北側改札口へ
- 地下南改札から地下鉄連絡通路を通って、Loft店内へ入り、エスカレータで地下2階へ下って中央1出口から北・南側改札口へ
[編集] のりば
| 1 | ■南北線 | 富沢方面(□) |
|---|---|---|
| 2 | ■南北線 | 泉中央方面(□) |
注:上記のカッコ内の2色はホーム・行き先をわかりやすく表すためのものであり、駅名表示板に基づくものである。
[編集] 南北線
愛宕上杉通り道路下に位置する。コンコースが地下1階、踊り場が地下2階(南側改札口のみ)、ホームは地下3階にある、島式1面2線の構造である。JR仙石線の延伸に伴い、JR線との乗り換えはあおば通駅が至近となった。地下鉄仙台駅とJRあおば通駅の間には乗り換え専用の改札口がある。
2007年12月より、インターネットを活用した電子ペーパー広告の運用実験を行っている。ホーム3箇所に設置されており、これは世界初の線路脇に設置された電子ペーパーによるデジタルサイネージである[1]。この実験は、2008年8月までの予定であったが、同年9月現在も稼動している。
[編集] 東西線
2015年度の開業を目指して建設中。南町通り道路下に、南北線と交差する形で設置される。ホームは地下4階、コンコースは地下1階(南北線と共用)と地下2階(新たに増設)の2ヵ所。南北線からの乗り換えは、南北線地下3階ホームから、地下2階コンコースへ上り、東西線地下4階ホームへ下る、という経路となる。
[編集] 駅弁
仙台駅は駅弁の種類が日本で最も多い駅である。「伯養軒」と「こばやし」の2つの業者が1つの駅で競い合っていたこと、仙台~東京間・仙台~東北各都市間のビジネス客による需要や、東北新幹線車内の需要、観光客による需要が多いこと、仙台は山海の食材が豊富に揃う、といった点から駅弁の種類が増加していった。
現在は先の2社の他に「日本レストランエンタプライズ」(NRE)が加わり、3社の駅弁が1つの駅で競合する状況である。これにより各社の弁当開発競争が進む事となり、仙台の駅弁の質は高まっている。
こばやし
- 炭火焼き牛たん弁当(売り上げNo.1、各賞を受賞。)
- 政宗辨當
- 仙臺まるごと辨當
- 四季菜
- 鮭いくら丼
- 各驛停車
- 幕の内弁当
- 宮城ろまん街道
- みやぎ黄金海道
- 七夕ものがたり
- 花すし
- 帆立まるごと弁当
- ソースかつ重
- 栗めし
- おはよう
- 仙臺おにぎり
- ハローキティの仙台こけし弁当
- 仙台小分け弁当
- うにほたて釜めし
- うなぎ笹おこわ
- みちのく鶏てり焼き弁当
- 一念ホッキめし
- うな重
- みやぎ牛肉ひとめぼれ
ウェルネス伯養軒仙台支店
- 阿武隈川鮭はらこめし
- 前沢牛めし
- 三陸うにめし
- 帆立釜めし
- とりめし
- 牛たんづつみ
- 仙台味づくし
- 仙台好飯
上記の他に、NREがJR東日本管内の有名駅弁を集めて販売している売店「駅弁屋 旨囲門」が中央改札外にあり、東北地方の主な駅弁も当駅で購入できる。
[編集] 利用状況
| 年度 | 乗車人員推移(一日平均)[1] | |
|---|---|---|
| JR | 地下鉄 | |
| 1935 | 4,538 | - |
| 1999 | 95,708 | - |
| 2000 | 78,195 | 37,958 |
| 2001 | 76,649 | 37,744 |
| 2002 | 76,309 | 36,272 |
| 2003 | 76,001 | 35,444 |
| 2004 | 75,886 | 35,997 |
| 2005 | 76,723 | 36,573 |
| 2006 | 76,162 | 36,079 |
| 2007 | 78,914 | 35,348 |
| 2008 | 78,839 | 35,094 |
[編集] JR東日本
- 2008年度の1日平均乗車人員は、78,839人(前年度比-75人)であり、JR東日本全体で52位、首都圏以外の駅の中では最多。
[編集] 仙台市地下鉄
- 2008年度の1日平均乗車人員は、35,094人(前年度比-254人)である。
- 仙台市地下鉄の駅の中では第1位である。
[編集] 駅周辺
「仙台市都心部」も参照
仙台駅周辺地区は、国土交通省の『都市景観100選』に選ばれている。
[編集] 西口(中央口)
西口側は、伊達政宗が仙台城下町を開府して以来の仙台の中心地である。1887年(明治20年)12月15日に東北本線の仙台駅開業の際、駅舎が現在の西口に設置されて成立した。西口にはその後、1925年(大正14年)6月5日に宮城電気鉄道・仙台駅(1952年廃止)、1926年(大正15年)11月25日に仙台市電・仙台駅前駅(1976年廃止)、1987年(昭和62年)7月15日に仙台市地下鉄・仙台駅、2000年(平成12年)3月11日にJRあおば通駅が設置され、仙台の玄関口として機能している。
JRの駅ビルS-PALとホテルメトロポリタン仙台が駅南側に、S-PAL IIが駅北側に連結している。2階コンコースと直結するペデストリアンデッキは、新幹線開業前の1977年12月に完成したもので、その面積・総延長距離は日本一である。デッキ上には多くの樹木が植えられており、多くの人で賑わう。ペデストリアンデッキは、アエル、さくら野百貨店、Loft、LABI、EBeanS、仙台パルコといった、駅前に立地する大型店に連結している。さらに今後、アエルから広瀬通りの宮城交通高速バス総合案内所まで延長されることが決まった。ペデストリアンデッキの階段にはロードヒーティングが設置されているので、雪が降っても積もらずに融ける。
西口の1階部分には、20-30台が停められる平面駐車場があり、最初の20分間は無料である(以後30分ごと200円)。
駅の西側が仙台市の中心街、並びに繁華街である。メインストリートである青葉通りは、大手銀行や証券会社が連なり、金融街を形成している。
西口北側は、繁華街である一番町に通じるショッピングストリート中央通りが東西に伸び、多くの買い物客で賑わう。
西口南側の南町通りと柳町通りの間(EBeanSの裏)には「仙台朝市」があり、生鮮食料品を始めとする店舗が立ち並ぶ。なお、朝市と名乗ってはいるが、日中・午後も営業している。
[編集] 郵便局
[編集] 東口(宮城野通り口)
「宮城野通り」も参照
東口側には、仙台城下町の開府前に仙台平野の中心地があったが、現在の町並みとの関連は薄い。1882年(明治15年)2月25日、県内初の軌道である宮城木道(木道社)が東六番丁13番地に東六番丁停車場を設置し貨物輸送を始めるが、1887年(明治20年)12月15日に東北本線の仙台駅が東六番丁に設置されて廃線となった。その後、1929年(昭和4年)6月1日に宮城電気鉄道・東七番丁駅が設置され、仙台東口駅、(仙石線)仙台駅と改称しながらも東口の動線を集めていた。1978年(昭和53年)3月18日に仙台駅構内に東西自由通路が開通して西口と繋がり、土地区画整理事業により宮城野通りが開通し、2000年(平成12年)3月11日に(仙石線)仙台駅が地下化されると、東口の動線は現在の宮城野通り口に集まるようになった。
このような変化により、中小規模の店舗が多かった東口周辺にヨドバシカメラ仙台店(マルチメディア仙台)などの大型店が進出した。2003年に撤退した旧ラオックス跡にはBiVi仙台駅東口がオープンした。ライブホールZeppも進出している。他方で駅前広場の再開発も進められ、2004年7月に東口ペデストリアンデッキが新たに供用を開始し、同時に高速バス乗り場も整備された。現在、JRバス東北・日本中央バス・宮城交通などが高速バス乗り場を使用している。また代々木ゼミナール、駿台予備学校、東進衛星予備校(プラザ予備校グループ)、河合塾仙台校・駅前校舎(文理学院、旧・河合塾文理)、と四大予備校の地方校舎(但し後二者は仙台資本であり厳密な意味での地方校舎ではない)があり、市内の高校生・高卒生からは「東口大学」「予備校銀座」「親不孝通り」などと呼ばれることがある。なお、河合塾と東進衛星予備校の高卒生向け校舎は本町・家具の街地区に集約されているが、このような蔑称で呼ばれることは無い。
東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地、クリネックススタジアム宮城への最寄り駅は仙石線の宮城野原駅であるが、仙台駅東口ペデストリアンデッキから球場正面入口まで宮城野通りを一直線に1.6km程度(徒歩20分)なので、徒歩でも行くことができる。また試合開催時に限り、東口バスプール - 宮城球場間のシャトルバス(仙台市交通局・宮城交通の共同運行、運賃100円)が運行されるほか、JRバス東北の高速バスの一部が延長運転し宮城球場前まで乗り入れる。
[編集] バスのりば
「仙台駅バスのりば」を参照
[編集] 歴史
[編集] 明治期から終戦時まで
仙台駅は、1887年12月15日に日本鉄道の駅として開業した[2]。
当初の敷設計画では、東京を除く他の都市と同様に市街地端へ線路を設け(現在の宮城野貨物支線に近いルート)、現在の宮城野駅が置かれている付近に停車場を設けようとした。しかし、旧市街地の衰退を恐れた地元の商人が反対運動を起こし、費用負担を申し出て日本鉄道に変更を求めた。これが仙台区のほとんどの組(現在の町内会にあたる)を巻き込んだ運動になった[3]。しかるに士族を中心にした東京在住の仙台出身者は、都市の将来発展のためには原案が望ましいと論じた[4]。結局、宮城県知事松平正直も変更を支持して、地元の費用負担なく東六番丁の現在位置に決定した[5]。
当時の路線は上野駅から塩竈駅(旧駅、後の塩釜駅とは別)までで、上野~仙台間を12時間20分で結んでいた[6]。初代の駅舎は木造平屋建ての小さな建物で、幅35m、奥行き8m、面積236m²であった[7]。駅舎は線路の西にあり、駅前広場には馬車を回すロータリーがあった[8]。
1894年に建て替えられた駅舎は木造ペンキ塗、中央部は2階建て両翼は平屋、面積8407m²で、当時の駅舎としては大きく立派なものであった[9]。この駅舎は増・改築を重ねつつ1945年の戦災まで利用された。
この間、1906年に日本鉄道は国有化され、国鉄東北本線となった。1925年に仙台地区では初の直流電化路線である宮城電気鉄道(後の仙石線)が西塩釜駅まで開業し、1929年には仙山東線(後の仙山線)が愛子駅まで敷かれ、仙台駅は鉄道交通の要地になった。所要時間は1926年に上野~仙台間が8時間弱となり、乗降客数は1928年に1日平均9,649人を数えた[10]。この頃の仙台駅は東北地方で最多の旅客をさばいたが、貨物では青森駅・塩釜駅(旧駅)などに引き離され、6位に留まった[11]。
仙台市電が、1926年(大正15年)11月25日に仙台駅前~荒町において開業し、駅前広場に隣接する駅前通りに仙台駅前停留所が設けられた。
[編集] 戦災復興期から高度経済成長期まで
1945年7月10日の仙台空襲で仙台市街は大きな被害を受けた。仙台駅も死者4人を出して破壊され、他の駅から資材を回すなどしてバラック建ての駅舎を急造した[12]。終戦直後の仙台駅発着の車両は、石炭不足で削減されて超過密状態で、利用客の8割が食料買い出しに向かう人々であった[13]。その一方で、進駐軍は車両やホームを専用で留め置いて効率的運用を妨げ、その将兵の中には駅員に横暴を働く者もあった[14]。
1948年に新駅舎の建設が始まり、翌1949年に竣工した。新たに駅前広場へのメインストリートとして青葉通りが敷かれ、1950年に駅前の舗装が完成したことで、駅および駅前広場の復興は一段落した。駅舎は木造モルタル2階建、面積2023.9m²であった[15]。
1951年、東北子供博覧会が開催時に、博覧会事務局は駅前広場の一部を11か月の期限付きで借りて建物を作った。しかし、博覧会終了後、河北新報社長菅野千代夫を社長とする河北実業株式会社が設立され、土地の賃借権を主張して返還を拒み、建物を店舗用に賃貸した。これが駅前ショウハウスである。地元有力紙の関連企業を相手にした明け渡し交渉は難航し、1972年までそのままとなった[16]。
復興計画の一環として、1946年国鉄は、仙台駅前後の曲線区間を避け短絡する宮城野貨物線を敷き、そこに貨物駅を設置し、仙台駅を旅客専用にする計画を作成した。その後、貨物取り扱いの増加により12年後の、1958年に工事が始まり、1961年に宮城野駅が開業した。これに伴い、仙台駅は貨物の取り扱いを廃止した[17]。
仙台駅は1960年、1日平均で8万8千人に利用されるようになった。
[編集] 新幹線工事期から現在まで
新幹線開業に伴う駅舎新築のため、1972年に西口駅前広場に仮駅舎を設置、仮駅舎の後方の旧駅舎を取り壊し、新築駅舎は1977年に竣工、在来線のみの駅として部分供用を開始した。駅前ショウハウスの店子は仮駅舎設置時に強制執行で立ち退かされた[18]。仙台市電は、1976年(昭和51年)3月31日に廃止となり、間もなく仙台駅前停留所も撤去された。 新駅舎の全面供用は、およそ5年後の新幹線開業時1982年となった。1990年代に入ると駅構内の東側の留置線が整理され、家電量販店やアミューズメント関連施設の用地となった。利用客は1986年、新幹線、在来線合わせ、1日平均17万5千人となった。
新幹線停車駅は、仙台駅、宮城野駅、長町駅が浮上し、それぞれ「新幹線現仙台駅建設促進期成同盟会」、「新幹線東部地区設置期成同盟会」、「新仙台駅誘致仙南期成会」を結成して運動した[19]。宮城野駅、長町駅は、ルート上に曲線区間が少なく減速を最小として通過できること、敷設距離短縮による工事費節減のメリットがあった。しかし、新幹線停車駅へ全列車停車すること、都心アクセス利便性の確保から、新幹線停車駅は仙台駅に決定した。もし、宮城野駅に新幹線駅を設置した場合、仙台駅への軌道系交通機関による乗り換えが仙石線宮城野原駅に限定され、乗り換えに時間を要すること、仙台駅仙石線ホームからの他線への乗り換えが不便であったこと(当時)が、仙台駅を新幹線停車駅に決定した要因の一つと考えられている。また、山陽新幹線以降、大都市の新幹線停車駅は在来線代表駅に併設するのが主流となっていることも要因となっていると思われる。
[編集] 年表
- 1887年(明治20年)12月15日 - 日本鉄道の駅(一般駅)として開業。(写真1887年)
- 1890年(明治23年)- 大泉屋弁当部が弁当の販売を始めた。
- 1894年(明治27年)6月1日 - 2代目の駅舎が完成(写真1894年)。
- 1904年(明治37年)2月8日 - 第2師団の応召兵が仙台に向けて集結開始。
- 1904年(明治37年)2月17日 - 第2師団の出征輸送開始。
- 1905年(明治38年) - 駅構内で食堂、売店の営業が始まる。
- 1906年(明治39年)11月1日 - 日本鉄道が国有化。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定、東北本線所属駅となる。
- 1925年(大正14年)6月5日 - 宮城電気鉄道線(現在の仙石線)が西塩釜駅まで開業。
- 1928年(昭和3年)4月20日 - 名掛丁に地下道を設置。
- 1929年(昭和4年)9月29日 - 仙山東線(現在の仙山線)が愛子駅まで開業。
- 1945年(昭和20年)7月10日 - 仙台空襲で駅舎が損傷(写真1935年当時 1946年の仮駅舎 1947年の駅前)
- 1948年(昭和23年) - 駅舎の大時計を宮城県中央児童館に寄贈。
- 1948年(昭和23年)4月 - 4代目の駅舎の工事開始。
- 1949年(昭和24年)7月16日 - 4代目の駅舎の中間工事が完了。
- 1949年(昭和24年)5月7日 - 正面入口に大時計設置。
- 1949年(昭和24年)5月18日 - 4代目の駅舎が完成。(写真1951年1957年1967年)
- 1961年(昭和29年)6月1日 - 新設の宮城野駅に貨物取扱の一部を譲渡、一般向けの貨物営業終了。
- 1972年(昭和47年)1月 - 5代目の仮駅舎が建てられる。
- 1977年(昭和52年)12月15日 - 6代目(現在の)駅舎が営業を開始。
- 1978年(昭和53年)3月18日 - 東西自由通路が完成。S-PAL開店。
- 1980年(昭和55年)2月13日 - 西口に大時計が取り付けられる。
- 1982年(昭和57年)6月23日 - 東北新幹線開業。(写真 1983年ターミナルホテル(現在のホテル・メトロポリタン仙台)建設前[3])
- 1984年(昭和59年)1月15日 - 貨物の取扱を全廃(旅客駅となる)。キリンビール仙台工場、日本専売公社仙台工場専用線廃止。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 荷物の取扱を廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道が継承。
- 1987年(昭和62年)7月15日 - 仙台市地下鉄南北線開業。
- 2000年(平成12年)3月11日 - 仙石線の地下化に伴い、地下ホーム供用開始。
- 2000年(平成12年)9月22日 - ISO9001認証取得。
- 2002年(平成14年) - 東北の駅百選に選定される。
- 2002年(平成14年)12月8日 - JR駅に自動改札導入。
- 2003年(平成15年)10月26日 - ICカード「Suica」のサービスを開始。
- 2005年(平成17年)3月1日 - 新2番線ホームの供用開始。
- 2005年(平成17年)4月9日 - 同日夜から翌朝にかけて電子連動化工事が行われる。同17日に放送設備も更新。
- 2007年(平成19年)3月18日 - 仙台空港鉄道仙台空港線開業に伴い、仙台空港アクセス線として仙台空港駅まで相互直通運転を開始。
- 2008年(平成20年)2月1日 - 4代目駅舎に設置されていたアナログ式大時計が2階中央口前コンコース壁面(3階部分との吹き抜け部分)に復刻。
- 2008年(平成20年)3月15日 - モバイルSuica特急券のサービスを開始。
- 2008年(平成20年)6月18日 - S-PAL ll営業開始。
- 2008年(平成20年)8月10日 - 仙台駅北部名掛丁自由通路供用開始。
- 2009年(平成21年)3月14日 - 東北新幹線郡山~仙台間のSuica FREX定期券・Suica FREXパル定期券と、新幹線停車駅が2駅以上含まれるSuica定期券のサービスを開始。
[編集] その他
- 「ショッピング、食事、ホテル等の施設も充実し、文化の発信基地としての役割も担う駅」として、東北の駅百選に選定された。
- 原宿のクレープのような歩きながら食べられる安価なグルメ(ここでは「歩き食べ」という)として、仙台駅では「ずんだシェイク」が人気である。中央通りの笹かまぼこ屋の「ひょうたん揚げ」、一番町のお茶屋の「抹茶ソフトクリーム」と並び、仙台の三大食べ歩きとなっている。
- 仙台駅3階の新幹線中央改札口の脇に、「牛たん通り」「寿司通り」と称して、仙台牛タン焼きの店とすし屋が軒を連ねている。[4]
- 1925年6月5日、宮城電気鉄道(現在の仙石線)開業当初の宮電仙台駅は日本で最初に建設された地下駅(単線、地下区間約280m)であった(宮城電気鉄道や仙石線の項を参照の事)。
- 現在、南北線に次ぐ仙台2本目の地下鉄である東西線が事業化中で、2015年度(平成27年度)の開業を目指している。同線は仙台駅を中心に仙台市を東西に走る約13.9kmの路線である。車両には鉄輪式リニアモーターカーが採用される予定である(詳細は仙台市地下鉄東西線の項目を参照の事)。なお、仙台市は開業時の一日平均乗車人員を34,200人と見込んでいる。
- 駅西口と中央改札口との間にある「ステンドグラス前」と横にあった伊達政宗像(2代目)の前「伊達前」は、仙台市都心部の待ち合わせ場所として有名。なお、この伊達政宗像は2008年10月から12月の仙台・宮城デスティネーションキャンペーンに向けた駅改修のため、同年3月1日をもって大崎市に譲渡され、同月16日より同市にある陸羽東線有備館駅に移設された。そのため、「伊達前」は「旧(元)伊達前」と呼ばれるようになった。
- また、同じく2008年のデスティネーションキャンペーンに向け、同年2月1日より、4代目の駅舎に設置されていたものを復刻したアナログ式の大時計が2階中央改札口前のコンコース壁面に設置されている。
- 「ステンドグラス前広場」は催事場として、各種の物販イベントやギャラリーなどに用いられる。また、ステージを設置して、無料のミニコンサートもしばしば開催される[20]。
- 定禅寺ストリートジャズフェスティバル in SENDAIや仙台ゴスペル・フェスティバルでは、ペデストリアンデッキ上で演奏が行われる。
- 駅舎の屋上は、24時間営業の「仙台駅屋上駐車場」(駐車可能台数333台。時間貸し/月極)となっており、愛宕上杉通と柳町通との交差点から出入庫する。地上との高低差があるため、入庫用と出庫用の二重らせんの自走ループ線によるスロープ棟が併設されている。
- 九州新幹線にも字は違うが「せんだい駅」がある。よって新幹線が乗り入れている「せんだい駅」は全国に2箇所ある。九州新幹線のせんだい駅は川内駅を参照のこと。
[編集] 隣の駅
※新幹線各列車と在来線特急列車は列車記事を参照のこと。
- 東日本旅客鉄道
- ■東北新幹線
- ■秋田新幹線
- ■東北本線
- ■常磐線
-
- 長町駅 - 仙台駅
-
- ■仙台空港アクセス線
- 快速
- 名取駅 - 仙台駅
- 普通
- 長町駅 - 仙台駅
- 快速
- ■仙山線
- ■仙石線
[編集] 脚注
- ^ 1935年の数値は鉄道省・編『改版日本案内記・東北篇』、博文館、1937年、98頁による。
- ^ 『仙台駅百年史』24頁は、12月20日あるいは3月とする説も紹介し、当時の新聞記事から12月15日が確実とする。
- ^ 1999年刊『仙台市史』資料編5(近代現代1 交通建設)84-94頁に複数の請願書をおさめる
- ^ 『仙台駅百年史』22頁。
- ^ 2008年刊『仙台市史』通史編6(近代1)192頁。
- ^ 『仙台駅百年史』22頁。
- ^ 『仙台駅百年史』27頁。
- ^ 佐藤静吉・画「仙台鉄道停車場の図」、『仙台駅百年史』79頁に掲載。
- ^ 『仙台駅百年史』27頁に、階下2543坪とあるのをもとに計算。
- ^ 『仙台駅百年史』36頁により計算。
- ^ 『仙台駅百年史』35頁。
- ^ 『仙台駅百年史』43-44d頁。
- ^ 『仙台駅百年史』47頁。
- ^ 『仙台駅百年史』48頁、57頁、129-130頁。
- ^ 『仙台駅百年史』49頁。
- ^ 『仙台駅百年史』157-159頁。
- ^ 『仙台駅百年史』51頁、57頁。
- ^ 『仙台駅百年史』159頁。
- ^ 『仙台駅百年史』61頁、151頁。
- ^ 赤煉瓦 杜の都コンサート(東日本鉄道文化財団)
[編集] 参考文献
- JR東日本仙台駅編『仙台駅百年史』、JR東日本仙台駅、1987年。
- 仙台市史編さん委員会『仙台市史』通史編6(近代1)、仙台市、2008年。
- 仙台市史編さん委員会『仙台市史』資料編5(近代現代1 交通建設)、仙台市、1999年。
- 仙台鉄道管理局編『仙台鉄道管理局40年史』、仙台鉄道管理局、1960年。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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