仲澤忠厚
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| 福岡ソフトバンクホークス #0 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 福井県福井市 |
| 生年月日 | 1982年9月1日(27歳) |
| 身長 体重 |
180cm 77kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 二塁手、三塁手、 遊撃手、一塁手 |
| プロ入り | 2000年 ドラフト7位 |
| 初出場 | 2003年4月29日 |
| 年俸 | 1,000万円(推定) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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仲澤 忠厚(なかざわ ただあつ、1982年9月1日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(内野手)である。
目次 |
[編集] 来歴・人物
敦賀気比高では、内海哲也や李景一らとともに高2秋(1999年)の福井県大会、北信越大会にて他を寄せ付けない圧倒的な強さでともに優勝し、翌年のセンバツへの出場を確実とした。また、明治神宮大会高校の部においてはエース内海が本調子ではなかったものの、強力打線の主軸として全試合で安打を打つなど活躍し準優勝。ちなみに、秋の県大会、北信越大会においても全試合で安打を打っている。背筋力280kg以上、50m6秒台前半といった高い身体能力で、走攻守すべてを兼ね備えた超高校級内野手として注目された。強気で物怖じしない性格と将来性も高く評価され、ドラフト上位指名が確実視されていた。
センバツ優勝候補の筆頭に挙げられる程だったが、大会直前、飲酒の上無免許で車を運転して事故を起こすという自らの不祥事が明るみとなり、敦賀気比は甲子園出場を辞退。不祥事後は同校の野球部を退部し、1人でトレーニングを続けた。同年のドラフト会議では各球団とも指名を見合わせるかに思われていたが、中日ドラゴンズの7位指名を受けて入団した。
しかし5年間で一軍出場は20試合にとどまり、2005年シーズンは一軍に昇格できなかった。そのオフ、10月2日に球団からトレード要員であることを通告された。その後ソフトバンクの秋季キャンプに参加、11月16日に無償トレードで中日からソフトバンクに移籍した。
2006年は二軍で打率.406の好成績を残し、一軍で自己最多の46試合に出場。プロ初ホームランも記録した。プレーオフでも活躍し、第2ステージ第2戦では日本ハム先発・八木智哉からチーム唯一の2安打を放った。しかし3回表1死二塁で二塁走者の時に牽制死。また9回裏に2死一、二塁で稲葉篤紀の中堅に抜けそうな打球を好捕したものの、送球が逸れて二塁セーフ。その間に二塁ランナーが一気に生還しサヨナラ負け。この瞬間ソフトバンクのプレーオフ敗退が決まった。結果を左右した大きなプレーだっただけに、試合後は「最後の守備が…」と絞り出すように話すのがやっとだった。
2007年は、二軍の主砲としてウェスタン・リーグ2位の打率.319、6本塁打を記録。内野の全ポジションでそれぞれ10試合以上起用されるなどユーティリティーぶりも発揮した。しかし一軍では本多雄一のレギュラー定着もあり、わずか5試合の出場で無安打に終わった。
2008年4月13日、対埼玉西武戦の九回裏に大沼幸二から左翼越えの適時二塁打を放ち、プロ入り初のサヨナラヒットを記録した。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003 | 中日 | 10 | 11 | 10 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | .200 | .200 | .200 | .400 |
| 2004 | 10 | 6 | 6 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | .167 | .167 | .167 | .333 | |
| 2006 | ソフトバンク | 46 | 83 | 76 | 10 | 13 | 4 | 1 | 2 | 25 | 9 | 0 | 0 | 3 | 1 | 3 | 0 | 0 | 19 | 2 | .171 | .200 | .329 | .529 |
| 2007 | 5 | 8 | 8 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2008 | 58 | 157 | 132 | 12 | 32 | 8 | 1 | 0 | 42 | 10 | 0 | 0 | 12 | 2 | 10 | 0 | 1 | 29 | 3 | .242 | .297 | .318 | .615 | |
| 2009 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | ---- | ---- | ---- | |
| 通算:6年 | 130 | 265 | 232 | 24 | 48 | 12 | 2 | 2 | 70 | 21 | 0 | 1 | 16 | 3 | 13 | 0 | 1 | 56 | 7 | .207 | .249 | .302 | .551 | |
- 2009年度シーズン終了時
[編集] 背番号
- 53 (2001年 - 2005年)
- 0 (2006年 - )
[編集] 個人記録
- 初出場・初先発出場:2003年4月29日、対広島東洋カープ4回戦(広島市民球場)、8番・遊撃手として先発出場
- 初打席:同上 2回高橋の前に捕飛
- 初安打:2003年10月5日、対横浜ベイスターズ26回戦(横浜スタジアム)、5回表に吉見祐治から左前安打
- 初打点:2004年5月9日、対阪神タイガース9回戦(阪神甲子園球場)、2回表に下柳剛から右前適時打
- 初本塁打:2006年4月5日、対北海道日本ハムファイターズ2回戦(東京ドーム)、5回表にコリー・リーから左越ソロ
[編集] エピソード
- 2006年に結婚するまで、毎年2月に発売される「週刊ベースボール」の選手名鑑号の「家族構成(独身者は好きなタレント、あるいは理想の女性のタイプ)」の欄にはなぜか毎年明石家さんまと記述していた。通常は好きな女性タレントを答えるが、同様の例として広島の長谷川昌幸は木村拓哉、横浜時代の福盛和男はトム・クルーズと答えていた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月23日 (月) 06:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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