伊号第二九潜水艦
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伊号第二九潜水艦は大日本帝国海軍の巡潜乙型潜水艦の一隻。横須賀海軍工廠で建造され、1942年(昭和17年)2月27日に竣工した。最初は通商破壊任務に用いられ、インド洋を主戦場として4隻の船舶を撃沈した。また、日本とドイツの往復に成功した潜水艦として有名。
1943年(昭和18年)4月28日、マダガスカル島沖でドイツのU180と会同し、反英インド独立運動家のスバス・チャンドラ・ボースを日本に連れ帰ったことで有名となる。
1943年12月16日、駐独日本大使館付海軍武官として赴任する小島秀雄少将他日本人技術者を乗せ、第四次遣独潜水艦としてシンガポールを出航、1944年(昭和19年)3月11日にフランス大西洋岸のドイツ潜水艦基地ロリアンに入港した。そこでドイツ空軍向けのタングステン30トン他の積荷を下ろし、Me163、Me262のエンジン資料、対空射撃管制用ウルツブルクレーダー、エニグマ暗号機他を積み込んだ後、海軍航空本部の造兵監督官として滞独した巖谷英一が便乗した。同艦は4月16日にロリアンを出航、7月14日にシンガポールに入港した。巖谷英一はいち早く新兵器の報告をすべく空路東京に向かった。
しかし、貴重なドイツ土産を日本に届けることなく7月26日、フィリピンバシー海峡でアメリカ海軍潜水艦ソーフィッシュ (USS Sawfish, SS-276) の発射した魚雷3発が命中し戦没した。帰投予定日を超えても帰還しないことから同年10月10日、戦没認定され除籍された。
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最終更新 2008年7月23日 (水) 12:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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