伊藤俊也
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伊藤 俊也(いとう しゅんや、1937年2月17日 - )は、日本の映画監督、脚本家。
いとう としやと紹介される場合があるが[1]、いとう しゅんやが正しい[2]。
長男は日本テレビドラマプロデューサーの伊藤響(いとう きょう、1965年2月3日 - )[3]。母方の伯父に天文学者の藤田良雄がいる[4]。母方の祖父の藤田貞造は戦前に福井新聞の編集長を務めたほか「藤田村雨」の筆名で小説を書いている[5]。
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[編集] 経歴
福井県出身。乾徳高等学校(現・福井商業高等学校)卒業後に上京して、東京大学文学部卒業。1960年、東映撮影所に入り助監督・脚本家として活動。1972年『女囚701号 さそり』で監督デビュー。初監督作は、鮮烈な様式美と主演を務めた梶芽衣子とのコンビで話題となる。女囚さそりシリーズとしてシリーズ化されたが、先鋭的な演出がどんどんエスカレートしたこともあり第3作で降板(梶も続く第4作で降りた)。オカルト映画「犬神の悪霊」は失敗作と評されたものの、数年のブランクを経ての『誘拐報道』『白蛇抄』『花いちもんめ。』『風の又三郎 ガラスのマント』などは高い評価を受けた。1991年にフリーとなり、1992年故郷福井県の「福井ふるさと大使」に任命。1998年には『プライド・運命の瞬間』で監督・脚色を務める。かつて東映労組の戦闘的な委員長として鳴らし、反体制的な作品の多かった伊藤が東条英機を主役とする映画を撮ったことで話題と論争を呼んだ。2003年、紫綬褒章を受章。2006年公開の『映画監督って何だ!』は、日本映画監督協会設立70周年記念事業作品で多数の映画監督が参加したことで話題となったが、この作品の監督・脚本を務めている。
[編集] 担当作品
[編集] 監督
- 女囚701号 さそり(1972年)
- 女囚さそり 第41雑居房(1972年、兼脚本)
- 女囚さそり けもの部屋(1973年)
- 犬神の悪霊(1977年、兼脚本)
- 誘拐報道(1982年)
- 白蛇抄(1983年)
- 花いちもんめ。(1985年)
- 花園の迷宮(1988年)
- 風の又三郎 ガラスのマント(1989年、兼脚本)
- プライド・運命の瞬間(1998年、兼脚色)
- 映画監督って何だ!(2006年、兼脚本)
[編集] 脚本
- ごろつき無宿(1971年)
[編集] 総監督
- ルパン三世 くたばれ!ノストラダムス(1995年、兼脚色)
[編集] 企画
[編集] 脚注
- ^ allcinema 伊藤俊也のプロフィール
- ^ 日本映画監督協会・会員名簿
- ^ 『新訂 現代日本人名録2002』(日外アソシエーツ) より
- ^ 伊藤俊也氏 より
- ^ 「週刊新潮」(新潮社)※2006年11月9日号の「週刊新潮掲示板」より
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月3日 (火) 17:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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