伊集院光 深夜の馬鹿力の出来事
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伊集院光 深夜の馬鹿力の出来事では、TBSラジオ他全国5局ネットで放送されている『伊集院光 深夜の馬鹿力』で放送されたコーナー以外の内容と、突発的に起こった出来事について述べる。
[編集] スペシャルウィーク
2ヶ月に2回づつあるラジオの聴取率調査週間には、スペシャルウィークと称して特別企画が放送される。番組初期はアイドルをゲストに呼んだり人気のおもちゃやライブのチケットをプレゼントするなど正統派の企画が多かったが、最近では敢えて無名芸人を使ったり、果ては他人が希望した商品、壊れたゲーム機やテレビをプレゼントするなど、かなりひねくれた企画が多い。伊集院のトークに人気がある番組だけに、アイドルとの対談企画などをあまり魅力的とは思わないリスナーが多いようで、過去には2時間フリートークだけの「フリートークスペシャル」というものもあった(1999年6月21日(第193回)『二時間嵐のフリートークスペシャル』1999年8月23日(第167回)『夏のフリートークスペシャル』)。なおスペシャルウィークの場合、コーナーは全く行われない場合と、いくつかは行う場合がある。しかし1998年6月29日(第142回)と2000年8月28日(第255回)にはスペシャルウィークではないにも関わらず、それぞれ旅行についてのフリートークだけで終了、予定されていたコーナーが全く行われなかった。2007年10月15日(第626回)以降は恒例だったスペシャルウィーク企画が行われなくなっているが、2008年02月18日(644回)にはトークに熱中するあまり、番組途中で急遽フリートークスペシャルということになり、またもコーナーが全てとばされている。
以下に代表的な企画を掲載する。
- かみさん来襲
- 1995年12月18日(第11回)、スペシャルウィークでゲストは当時アイドルとして最盛期だった内田有紀。しかしゲストからのリスナーへのプレゼント提供の時、いきなり新婚早々のかみさん・篠岡美佳が登場。実はスタジオでずっと隠れており、その前のトークで、かみさんに結婚するのだからと剥がすように言われていた内田有紀のカレンダーを、隠れて押入れのドアの後ろに貼っていたことなど、全て聞かれてしまっていた。なおこの番組でかみさんの声を聞くことができるのは、他には1995年10月9日(第1回)における録音メッセージ(これも伊集院には内緒)と、1996年10月28日(第56回)と1996年12月16日(第63回)に電波歌を歌った時のみである。
- たまごっち&スタンプ倶楽部プレゼントSP
- 1997年2月17日(第72回)放送。
- オナラSP
- 1997年6月16日(第89回)放送。リスナーのオナラ音を集め音楽番組のDJ風に紹介をしたり、リスナーに生電話をかけその場でオナラが出たらリクエスト曲を流すなど、リスナーを絡める企画を行った。また、伊集院光がオナラ軍曹となり、ファミレスや局長室の机の中に屁をしたり、電話番号案内のTBSのBをオナラで代用したりと、オナラを用いた様々な企画を行った。
- 安部譲二のムダ使い
- 作家の安部譲二を、内田有紀スペシャル(1996年10月21日 第55回)内のラジオドラマ「内田有紀物語」の内田有紀役や、エンクミスペシャル(1998年4月13日 第131回)のニセ遠藤久美子役、翌週4月20日(第132回)「スター愛用品プレゼントスペシャル」のシャロン・ストーン役など、くだらない一発ギャグのために起用している。安部がこのようなオファーを引き受けるのは、本番組の初代プロデューサーである永田守の祖父、永田雅一に「永田家には足を向けて寝られないほどの大恩(伊集院が聞いた所東京スタジアムがあった時の事だとと言いかけてやめた)を受けた」ため。伊集院本人は番組内で、「元暴走族とか元ヤンキーとかいうことを自慢気に話すタレントは生理的に嫌いだが、安部譲二さんはなぜかわからないけど好き」と語っている。
- シガニー・ウィーバーをブッキング
- 1998年04月13日(第131回)の「エンクミスペシャル」は、当時の人気アイドルだった遠藤久美子がゲスト。しかし自らをエンクミと言い張る安部譲二(録音)、ハウス加賀谷らも出演し、誰が本物か?という趣向だった。しかもエンクミ本人よりもビッグなシガニー・ウィーバー(エイリアン4の宣伝のため来日中)まで出演、「これが日本で流行っている挨拶です」と騙し、「コンバンハ、エンクミデス。」という日本語まで言わせてしまった。実は退職直前の映画会社の担当が無責任にブッキング、番組の趣旨を伝えず映画に関するインタビューを受けさせ、それに嘘の同時通訳をかぶせるという無茶を行ったものである(後で怒られたのは言うまでもない)。プロデューサーが記者に自慢し、当時のラテ欄には、「エイリアン4のPRでシガニー・ウィーバーが登場。拙い日本語も披露」と紹介された。後に使用されているサウンドステッカーで「コ・コ・コ・コ・コンバンハ、エンクミデス。…伊集院光デス」としゃべっているのは、このシガニー・ウィーバー。インタビューの音源を加工したものであると思われる。最近のリスナーはシガニー・ウィーバー出演の事実を知らず、「この番組、シガニーウィーバー来た事あるんだよな!」と言っても、伊集院のギャグだと思われている節がある。
- スター愛用品プレゼントSP
- 1998年04月20日(132回)放送。ウルフルズ、遠藤久美子、石野卓球、林原めぐみ、清春、榎本加奈子、田中裕二、安部譲二など、11名のゲスト(一部シャロン・ストーンなどと称して安部譲二が偽物で登場する録音もあり)からいただいた愛用品(と称してはいるが、ほとんどネタとしてでっちあげた駄物ばかり)をリスナーにプレゼントした。でっちあげた「思い出の品」についての説明は、それぞれの有名人に依頼して録音したものを使っていた。ちなみに、石野卓球のプレゼント(ドカベン3巻3冊セット)は石野にセレクトを任せ、石野が自腹で買って、勝手に録音をしてしまい、困っていた。
- いたずら株投資
- 1998年12月21日(第167回)「伊集院サンタさんの史上最大の危ない橋大作戦」は伊集院をはじめとしたスタッフが、私物やTBSの機材を質に入れて資金を調達、外貨や株などでの運用益でリスナーにプレゼントをしようという企画。もちろんお約束通り外貨は両替手数料で損、株は投資先の倒産で紙くず同然に。最終的には残りの資金を競馬に注ぎ込み大失敗(第32回スプリンターズステークスにてタイキシャトルの単勝一点買い)。宝くじも当然にはずれる。結果、翌週の「伊集院光サンタ死す、史上最悪の危ない橋大作戦」では伊集院のコネクションを使った有名タレントのサイン等がプレゼントされた。いたずらに資金を運用する企画の先駆。
- 秋葉原で大騒動
- 1999年4月11日「春のリスナー拡大キャンペーンスペシャル」の一環として、石丸電気秋葉原2号店(現SOFT2)店頭にディスプレイされているテレビに番組オリジナルのテレビCM を流すという企画を告知したところ、想定外の約300人のリスナーによって、現場はパニック状態になってしまった。2号店の店頭はリスナーによって入口が塞がり、道路にまであふれ片車線を塞ぐという事態に、石丸電気の店員のみならず、当時同店の斜向いにあった警視庁万世橋警察署の警官まで出動した。翌日、4月12日(第183回)の放送冒頭で真面目な謝罪をしたが、一方で「この責任を取ってディレクターが辞めることになりました」と、池田卓生ディレクター(当時。現プロデューサー)が一時渡米のために番組を辞めることになった事情と絡めてきちんと笑いを取ってもいる。
- ゴールデンマイク賞受賞、トロフィーをリスナーにプレゼント未遂事件
- 2001年3月19日(第284回)、『ゴールデンマイク賞』(TBS内の放送で優れた功績を残したパーソナリティに贈られる)の受賞が報告された。番組開始直前に受け取ったそのトロフィーは、実際に使用可能の金メッキされたマイクであり、有難いはずのそれを乱暴に扱うなどしてその週のオープニングトークを展開。後の2001年4月16日(第288回)のスペシャルウィーク「珍トトスペシャル」では、「リスナーのおかげで貰ったものだから」と言う名目のもと面白半分にこのトロフィーをプレゼントしようとし、ファックスで希望者を募り、「放送中にプロデューサーより偉い人からクレームがあった場合のみ中止」と宣言、しかもその結果をトトの対象とした。しかし番組ラストで入江センター長から電話が入り、プレゼントは中止された。なお、同じくこの放送をたまたまカーステレオで聴いていた林原めぐみ(同時期にゴールデンマイク賞を受賞)は自身の番組で不快感を(冗談半分ながらも)示している。また、以前も何度かゲスト出演やコメントを寄せていた林原は、1997年6月9日(第88回)「梅雨休みアニメフェスティバル」でのラジオドラマ「不思議少女パイ毛ちゃん」、「フランダースの犬?」、さらに1998年4月20日(第132回)「スター愛用品プレゼントスペシャル」での嘘アニメ台本「超巨大カラーひよこ販売業者森本・第23話後半」への出演で嫌になったのか以来ゲスト出演はない。
- シークレットゲストに黒ブラ一丁でご対面
- 2001年6月18日(第297回)「天才DJへの道・苦手克服ブ~ラジャ~スペシャル」。当時「ブラジャー」と普通に言えず、変に伸ばして読んでいた伊集院、苦手を克服すべく、番組企画として買いに行ったり、自ら着用したままシークレットゲストと対談することに。ところが伊集院に誰であるか知らされていなかったゲストは、落語家時代の師匠・三遊亭楽太郎。黒ブラ姿のままプレッシャーでしどろもどろになる伊集院に対し、淡々と小言をたれる師匠という状態のまま、対談は終了した。
- ジョークTシャツ スタンプラリー
- 2001年8月20日(第306回)の「ジョークTシャツ スタンプラリー前夜祭」、2001年8月27日(第307回)の「~後夜祭」。多数の珍文をリスナーから募集し、それらをプリントし認識番号を付けたオリジナルTシャツを作成。全国(未放送地区含む)の「スタンプさん」ことリスナー100名及びゲストのアンタッチャブルとピエール瀧に着て街に出てもらい、周りのリアクションを報告してもらう。また他のリスナーによる着用者の目撃報告も募集され、特に秋葉原で発見されるものが多かった。スタッフも参加し、たとえば田村ディレクターは「ウルトラ マンコ スモス」と三行に分けて中段のロゴを拡大したもの、知野プロデューサーは「1242LF+R」と書かれたTシャツを局内で着用して、後者は上司から嫌味を言われるなど気まずい思いをした。運悪く大型の台風11号が日本列島を縦断する時期と重なったが、無事終了した。
- 知野プロデューサー、積み木ルームへ飛ぶ
- 2002年2月18日(第331回)「馬鹿カード撮影秘話スペシャル」では全裸で社長室に侵入、写真撮影を行った。そこに突然、清水洋二社長(当時)から電話が入り、知野文哉プロデューサー(当時)は膝から崩れ落ちる。実際のところは番組を盛り上げる企画に過ぎないのだろうが、本気で知野プロデューサーの処遇を心配する手紙もあったようで、次の週の冒頭で紹介された。ただ偶然に体調不良から知野プロデューサーが製作部門を離れることになっていたため、「知野プロデューサーが異動になった」とだけ聞き、企画が不祥事となったと思い込み戦々兢々としたスタッフもいたらしい。この件も含めて「この番組に関わったスタッフは出世できない」というネタが定着する。「積み木ルーム」とはTBS社内で左遷された社員が行くとされる架空の部署。社員に積み木を積ませて完成すると、監視員が「よし!」といって積み木を崩しまた積ませる部署(リストラ対象者を自主的に退社させるための部屋「パソナルーム」のパロディ。セガに実在し問題となった。)。
- 「ワールドカップ情報スルーパス決戦」
- 2002年6月17日(第348回)、伊集院と桐畑亨(現桐畑トール)、アンタッチャブル山崎の3人で、サッカーワールドカップ日本戦の勝敗結果をどれだけ知らずにいられるかを競った。期間中に街を歩く、TVが置いてある店で外食をするなどの試練が課せられた。夜間に国立競技場の外を一周する試練で、周りを見ないように下を向いて歩いていた伊集院は、偶然落ちていた試合結果の号外を読んでしまい、最終的に山崎が勝利した。伊集院はいきすぎた情報遮断のために夫婦喧嘩になったり、終了後にやはり見ればよかったと後悔することとなった。
- 原付バイクでTBS社内を爆走
- 2002年10月21日「やっつけようスペシャル」(第366回)及び 2004年7月26日「オリンピック直前標準記録会スペシャル」(第458回)においてTBS本社ビル内を原付バイクで暴走する。「やっつけようスペシャル」ではアンタッチャブル柴田がアクセルを吹かし過ぎた為にウィリーしてしまい、タイヤ痕を9階廊下へ残した。(このNIKEマークのようなタイヤ痕は、廊下カーペット交換までの間暫く残っており、知らない人間には疑問に思われていたらしい)また、「オリンピック直前標準記録会スペシャル」では番組と関係のない社員の机にぶつかり、CDを割るなどしたため、次の週の冒頭で番組プロデューサー池田が「(同企画でゲーム機やテレビを壊されたスタッフに対して)俺の人生設計だって粉々なんだよ」と語るラジオコントが放送された。
- メカ山崎
- 2003年4月21日(第392回)、「メカ山崎誕生計画スペシャル」でアンタッチャブルの山崎弘也をラジオ番組・ラジオドラマのオーディションと称して事前に用意した珍奇な原稿を読ませ、約100パターンほどの山崎の音声を出すことのできる「メカ山崎」を作った。そして、山崎がファンだという仲根かすみとスタッフが操作するメカ山崎が対談した(仲根かすみはメカ山崎の音声を本物の山崎がしゃべっているものと思っている)。また、生放送でメカ山崎の音声をつかいアンタッチャブルのマネージャーなど事務所の関係者や、ブッチャーブラザーズのぶっちゃあに電話をかけ、アンタッチャブルの二人が火消しに追われるという模様が放送された。
- ギャラクシー賞授賞式でお漏らし
- 2003年5月12日(第395回)、伊集院が『伊集院光・日曜日の秘密基地』のパーソナリティとして、第40回ラジオ部門DJパーソナリティ賞を受賞したことが報告された。これをスペシャルウィークの企画に利用しない手はないということで、授賞式の壇上でコメントの最中に予め履いているオムツへ放尿を実行、当時よく出演していたアンタッチャブルの山崎弘也が実況し、2003年6月9日(第399回)に放送された。名誉ある式の最中での暴挙は人知れずまんまと成功したが、その後のパーティー中も放尿を継続、結果1.2リットル近い水分を吸収しきれなくなったオムツの「もれないギャザー」が決壊、会場から急遽撤退するハメに陥った。2006年にも『秘密基地』は番組として第43回ギャラクシー賞 ラジオ部門でギャラクシー大賞を受賞している。
- 「田代32・桐畑とおるどっちの芸人捨てましょうスペシャル」
- 2004年6月14日(第452回)、伊集院が番組アルバイト(当時)の田代32を、出先で撒くことにハマっていた時期に考案されたドッキリ企画。構成渡辺・伊集院と共に遠足に出かけるという設定で東京から約100km離れた群馬県勢多郡東村(現 みどり市東町)に連れ出し、若手芸人二人のうち一人をその場に置き去りにするというもの。互いに仕掛け人であることを知らされていない田代と桐畑とおるが一緒に行動し、最終的には「神」ことリスナーの投票により田代が置き去りにされた。その後桐畑は、自分が置き去りにされたかもしれないという事実を知らされ驚愕した。なお田代は親切な地元の人々のおかげで、東京から約60kmの熊谷まで到達、番組終了後にスタッフの車により回収された。また1997年8月25日(第98回)「ドキドキ初体験スペシャル」では伊集院自身が、30歳になるまでに未体験だったことにチャレンジ、という名目で「迷子」を経験すべく見知らぬ千葉の田舎の小学校前に置き去りにされ、ギブアップ宣言して回収してもらうための携帯電話を一時紛失、本格的に遭難しかけている。
- 生放送中TBS局内をバイクで疾走
- 2004年07月26日 第458回 標準記録会スペシャル、第一回男子全裸バイク200mハードルとして
- サッカーW杯を10倍から8分の7倍楽しく観る方法
- 2006年6月12日の放送で、スペシャルウィーク2週目と、サッカーW杯が重なってしまい、数字を取る為に作られた企画。番組開始直前まで試合があった為、収録された企画をトークの合間に編集する程切羽詰った状態となっていた。内容は、リスナーとアルバイトの河野をTBS会議室に集め、NHKの中継を見ている伊集院の音声のみで試合を解説するというような若手を使った企画がメインであった。その中の一つで、日本対オーストラリア戦開始15分前にマネージャー小林に電話し「ホリプロを辞めたいので、TBSに来て相談に乗って欲しい」と電話したら小林はやって来るかという企画で、伊集院は予定通り小林に電話をしたが、その時小林はホリプロのタレントや役員が集まってサッカー観戦をしている所におり、伊集院の突然の電話に一同騒然となりサッカー観戦どころではなくなってしまい、「上司も交えて話し合いたいので、明日ホリプロ第二会議室に来て欲しい」というメールが届き、逆に大慌てする結果となってしまった。その後、その一件により暫く伊集院は小林に対して頭が上がらなくなってしまう。
- 赤坂の長澤まさみ
- 同年10月16日放送(第574回)はオールナイトニッポンの「長澤まさみのオールナイトニッポン」に対抗して「嘘長澤まさみのオールナイトニッポン(赤坂の長澤まさみ)」を企画。「長澤まさみのオールナイトニッポン」と同じテーマ(まさみの好きなもの)でリスナーからメールを募り、合間に通常コーナーも取り入れながらの放送となった。冒頭ではオールナイトニッポンのテーマである「ビタースイートサンバ」をバックにトークを展開し、JUNK としてのタイトルコールは最後までなく、長澤まさみ主演のドラマ「セーラー服と機関銃」主題歌の馬鹿歌も披露された。伊集院がビタースイートサンバに乗せてトークをするのは、自身がオールナイトニッポンを担当していた1990年以来16年ぶりである(厳密に言えば、1992年にARAKAWA RAP BROTHERSとして単発でオールナイトニッポンを担当しており、また「電気グルーヴのオールナイトニッポン」(1994年3月終了)で番組対抗企画で罰ゲームを受けた時や、1993年の末から翌年の一時期、オープニングに毎週のように出演していた)。本人曰く「青春時代は、このテーマソングに乗せてしゃべることが夢だったが、ある時期から『二度と、この曲に乗せてしゃべることは無い』と思っていた」とのこと。
- 東海道自転車サッカースペシャル
- 同年12月11日(第582回)放送。元々は伊集院に公私共に無礼を働いた「チームしくじり」(桐畑トールと河野和男)と、伊集院・サードメンの高橋・構成渡辺が、桐畑の自転車を使い「縁切り」を掛けて行った罰ゲーム。当初、東海道線浜松駅を基点として”アメフト形式で京都(伊集院側)か東京(しくじり側)に自転車を押しこみ、互いの関係をどうするか”という根性を試すものだったが、スペシャルウィークにあたり、”結果、どの駅に自転車があるでしょう”とリスナーに予想してもらうものに変化させた。結果的に終わりが見えないのと、互いが疲弊していくだけな為、伊集院が2人の無礼を水に流し関係修復に至る。この時使われた自転車は桐畑の私物で、元は黄色いMTBだったが後に盗まれてしまう。どこへ行ったのかは定かではないが、伊集院は番組内のトークで、桐畑と同じアパートの階上の部屋に住む男性が全く同じ型の自転車(色はブラックだが明らかに手作業での塗装で、しかもところどころ剥がれて黄色い地肌が見えている)を乗り回していると話していた。
- 巨大ナナフシプレゼント
- 2009年10月12日(第730回)、伊集院がフリートークにおいて「「雑学王」の企画でマレーシアに行った際、現地のコーディネーターから35cmある巨大なナナフシの標本を買った(日本円で3000円)ためリスナーにお土産としてプレゼントする」と発言。翌週(2009年10月19日(第731回))、「巨大ナナフシに対する思い入れ」をしたためたリスナーによる投稿が集まり、散々ナナフシに対して「持っていて気持ち悪い」などの発言を多発するものの、投稿したリスナーの中から1名にナナフシがプレゼントされた。従来のスペシャルウィーク企画とは多少趣旨が異なるものの、2週目において伊集院がスペシャルウィークについて触れたためこちらに記載する。
[編集] 通常放送時の主な出来事
後に番組で語られたり、ファンの間で語り草となった事件や出来事を記す。
- TBSラジオ第4スタジオ炎上事件
- 1998年4月6日(第130回)、スタジオの一千万円近くする高級機材が壊れるという事件が起こった。調査の結果、番組で使用している時間帯に何かの液体がかかった事が原因だと判明。番組スタッフに疑いがかかるなか、池田卓生ディレクター(当時)が必死に皆を庇うも、構成渡辺が伊集院の置いたドリンクEau+(オー・プラス)を自分がミキサー卓にこぼしてしまった事を白状した。伊集院は、事件を目撃していたために挙動不審だった番組アシスタントディレクター(当時)柳沢を、心の中で絶対に犯人だと思っていた。
- 焼きもろこしスナック盗み食い事件
- 1999年3月29日(第181回)、お腹が空いた伊集院が自分のお金で買って来た「焼きもろこしスナック」を自身が寝ている間に誰かに4分の3程度食べられてしまったことに対し、番組冒頭から憤慨。オープニングテーマをかけて誰が食べたか告白させたところ、ニューヨークに行くため退職直前だった池田卓生ディレクター(現:プロデューサー)だったことが発覚。伊集院は完全に構成作家の渡辺雅史が犯人だと目星を付けていたため驚愕し、「発つ鳥後を濁すのもいい加減にしてくれ!」とのコメントを残した。
- IZAM事変
- 1999年9月27日(第207回)、フリートーク内で当時吉川ひなのとの離婚騒動で話題になっていたIZAMをおちょくるような発言をしたところ、それがIZAM自身の耳に伝わり憤慨、翌2000年4月に「おしゃれカンケイ」にIZAMが出演した際、「むかつく芸能人」として「大して話もしてないのに悪く言われた」と発言したとされる(実際には本放送時にはカットされ、後日の未放送総集編でイニシャルトークとして放送される)。本当に伊集院のことなのかは真偽は不明だが、伊集院が「カンケイ」のスタッフから裏を取った発言。後述のえなり事変と並んでしばらくの間芸能人を茶化すようなトークを控えたきっかけとなった。なお「事変」という呼び方は伊集院本人によるもの。
- 偽広末事件
- 2000年2月7日(第226回)放送にて、普通のお便りを紹介中、当時『ゲームwave』の裏番組に出演していた桃井はるこを「偽広末」呼ばわりしたところ、桃井がリスナーであることが発覚(自身のウェブサイトの日記で言及している。2000/02/08の日記を参照[1])、伊集院は次週放送で身内を誤爆したと謝罪した。
- えなり事変(騒動)
- 2001年1月、当時レギュラー出演していた「王様のブランチ」を『卒業』した伊集院。その後釜としてレギュラーへ入ったのがえなりかずきだったのがあまりに意図不明だったのをフリートークやコーナーで小馬鹿にした所、それが「女性セブン」の記者の耳に入り「伊集院はえなりに遺恨を持っている」という記事として書き立ててしまった。前述のIZAM事変と共に伊集院がフリートークでしばらくの間ビクビクしながら話す羽目になった一件。
- 小田原から自転車で生放送の為に TBSへ戻ってくる
- 2003年2月17日(第383回)「炎の肉体改造スペシャル」。前日、前々日に構成渡辺やAD柳沢の提案した肉体改造プログラムで散々な目にあった伊集院に、プロデューサー池田は「肉体改造グルメツアー」を提案。小田原の料亭に車で連れていかれ、低脂肪高タンパクの海鮮料理を振舞われるが・・・その直後、自転車一台と「コレに乗って東京のTBSまで帰ってきて」の言葉を残され・・・。道中、当時流行していた「多摩川のタマちゃん」を確認して来いなどの命令で寄り道をさせられ放送開始には間に合わず、携帯を使っての実況と録音で番組は進行、番組半ば頃にようやく到着することができた。伊集院は05~06年の自転車ブームまではこの出来事が悪夢になっていたらしい。
- 番組アルバイトの変遷
- JUNK時代以前には7年近くに渡り「場の空気が読めない・珍臭がする」などトークのネタとして度々登場した構成見習いの「松上君」、次いで2003年夏まではリスナーから募集した「七浪した大学一年生」の「ナガノ君(長野または永野と思われるが、正確な表記不明)」が番組アルバイトを勤め、共にスペシャルウィークやコーナーで声を聞くこともできた。しかし前者は突然「孤島で暮らしたい」として、後者は病気の後、学業に専念(後に大学院生に)することを理由に退職。代わって2006年半ばまで、伊集院の作った若手お笑い芸人草野球チーム(後のビッグ・アスホールズ)に所属する田代32や河野和男などを番組のアルバイトにしていた。しかしいずれも比較的短期間の雇用に終わり、なんらかのトラブルや本人の希望で人員変更となった。その後(06年後半から)はADが雑用をしているようで、番組アルバイトを取っていない。
- 旅行の予定が中止になり結果的にウソ録音スペシャル
- 2004年1月5日(第429回)の「新春恒例録音大放送」はニューヨーク旅行へ行く為に録音放送だった筈なのだが、帰りの航空券が入手できなかったなどの理由で旅行は中止。テープの回るスタジオ内に本人やスタッフが居るという奇妙な状態で番組開始。17分後にそれが明らかとなり、その後も録音の再生を続けたが、結局後半からいつもの生放送を始めた。
- 「JUNK内”TENGA”開拓番組扱い」
- JUNK1及び2で、いち早くオナホールTENGAを取り上げた番組として知られているが、番組内で伊集院自身が使ったという話題は特には出ていない。
- 「田代32の人生完封負け」
- 番組アルバイトを卒業する田代32に対する餞として、2005年4月11日(第495回)「ありがとう田代びっくりプレゼントスペシャル」の後半に放送された、田代がDJを担当するトーク番組…というのは建前。実は番組スタッフが考案した珍奇な事件を予め仕込んで田代の周りで行っており、そのうちどれを(やらせであることを知らない)田代がトークのネタにするかというギャンブルで、使われなかったネタを考案した池田と渡辺は、数日換えてない互いのパンツを交換して着用するという罰ゲームを受けた。加えて、ラストに流れた知人たちからの応援メッセージを聞いて泣くかどうかまでもが賭けの対象になっており、真面目に感動していた田代をキレさせた。なお珍奇な事件として創作されたネタの一つに「カニカニ詐欺」があるが、2007年から現実に数百件も発生している。
- ウソ最終回
- 2005年10月17日(第522回)の放送冒頭では及川奈央が登場し「及川奈央の深夜にシェイシェイシェイク」が放送される。これは開始5分で曲の流れている合間に伊集院が登場してネタ明かしがされ、及川奈央による放送は12分ほどで終了。しかし前回の放送の最後で特別なことがあると語ってはいたものの、具体的な告知は行われておらず、しかも当日の新聞のラテ欄の番組名も書き換えられており、また日頃から「いつ首を切られてもおかしくない」などと冗談ながら発言していることなども重なり、企画なのか本当に降板したのか、一部リスナーに混乱を招いた。TBS には朝から真偽を確かめる電話が鳴り、果ては新聞社からも問い合わせがあったという。このためTBSからも怒られ、後の放送で「企画は完全に失敗」と語っている。過去にも同じように2000年1月3日(第221回)の「松任谷由実ベストコレクション」(放送開始22分まで普通のリクエスト番組風であったが、『冗談はこのくらいにして』の一言でいつもの放送に戻った)や2001年1月1日(第273回)の「チェッカーズ・ベストヒットコレクション」(放送開始7分まで普通のリクエスト番組風であったが、2曲目からは番組スタッフによる電波歌となった)といった真面目な番組に見せかけた嘘番組企画の「前科」があり、同様に問い合わせが殺到[要出典]している。
- JUNK交流戦
- 2006年秋口、「極楽とんぼの吠え魂」打ち切りの穴埋めとして急遽企画された「JUNK 交流戦スペシャル」にて「伊集院とアンタッチャブル」(2006年7月28日)、「伊集院と爆笑問題」(2006年9月1日、スペシャルウィーク)の合同放送が行なわれた。JUNK内二大パーソナリティである伊集院と爆笑問題が“また、こういう機会欲しいね”と言っていた。なおその回、爆笑問題が「爆笑問題の検索ちゃん」に出演していたため、放送終了の1時15分までは調整室に待機していた。
- 伊集院、急病で完全欠席
- 2006年10月2日(第572回)、伊集院光が 9月30日に重度の咽頭浮腫により入院していたため、放送始まって以来の完全欠席となった(同時に前日の日曜日の秘密基地、スポーツ魂も休んでいる)。その日の放送は、鈴木順アナ、小島慶子アナ、田代32、桐畑トール、アルバイトの河野などが出演し、代役を務めた。声の出せない伊集院は、エンディングで病室から尻を叩く音を出し存在を示した。日曜日の秘密基地での欠勤を知らない大半のリスナーは、これをいつものネタだと思ったらしく、FAXや電子メールでネタを多数送ったという。
- 地方のネット局で放送されていないことに放送中気づく
- 2007年12月31日(2008年1月1日未明、第637回)の放送中、北海道のリスナーから一通のメールが届き読んでみると「今週もあると言っていたので聴こうと思っていたらHBCラジオは特番で聴けませんでした。現在TBSの放送を直接聴いてます。」と読み上げる。伊集院自身だけでなく、ディレクターもHBCラジオが特番を組んでいることを全く知らず、結果放送中にそのことを初めて知るというおかしな現象が起こった。さらにその他のネット局(RKB、RBC)でも各自年明けの正月特番が編成されており、この回の放送はTBSラジオのみの放送となっている。
- 伊集院と構成・渡辺の音声バランスが入れ替わる
- 2009年11月30日(第737回)の冒頭、番組開始から4分程度、伊集院の音声が遠くでエコーがかかったようなぼやけた音声に聞こえ、逆に構成の渡辺の音声が普段の音声よりもきれいに聞こえるというトラブルが起こった。ミキサー卓に岡部よりも偉い、局全体を統括するようなポジションの技術スタッフまで現れる、ちょっとした騒ぎとなった。伊集院の前に置いたマイクと渡辺の前に置いたマイクが通常と逆に置かれてしまったために起こったようである。
最終更新 2009年12月1日 (火) 11:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【伊集院光 深夜の馬鹿力の出来事】変更履歴

