住友大阪セメント
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| 種類 | 株式会社 | ||||
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| 市場情報 |
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| 略称 | SOC | ||||
| 本社所在地 | 〒102-8465 東京都千代田区六番町6番地28 |
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| 電話番号 | 03-5211-4500 | ||||
| 設立 | 1907年(明治40年)11月29日 | ||||
| 業種 | ガラス・土石製品 | ||||
| 事業内容 | セメントの製造販売、石灰石の採掘など | ||||
| 代表者 | 代表取締役社長:渡邊穰 | ||||
| 資本金 | 416億54百万円 | ||||
| 発行済株式総数 | 4億2,743万2,175株 (2009年3月31日現在) |
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| 売上高 | 連結:2,153億90百万円 単独:1,515億60百万円 (2009年3月期) |
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| 総資産 | 連結:3,094億65百万円 単独:2,677億85百万円 (2009年3月期) |
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| 従業員数 | 連結:2,706名 単独:1,328名 (2009年3月31日現在) |
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| 決算期 | 3月31日 | ||||
| 主要株主 | 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 12.0% 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) 10.9% 株式会社三井住友銀行 2.2% |
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| 主要子会社 | 和歌山高炉セメント株式会社 八戸セメント株式会社 |
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| 外部リンク | http://www.soc.co.jp/ | ||||
住友大阪セメント株式会社(すみともおおさかセメント)は、日本のセメントメーカーである。
前身の住友セメントが住友グループ、大阪セメントが三和グループに属しているため、住友色と三和色を併せ持つセメントメーカーであるといえる。セメント販売は国内3位。
目次 |
[編集] 主力製品・事業
- セメント事業
- 鉱産品事業
- 建材事業
- 各種コンクリート構造物補修・補強剤、静的破砕剤、杭頭処理剤、セメント系可塑性注入剤、PC製品、ハイブリッド魚礁、藻場礁、各種地盤改良工事、各種コンクリート構造物補修・補強工事、PC橋梁工事、電気防食工法、現場の常備品シリーズ(安心補修スティック他)
- 光電子・新材料事業
- 不動産・その他事業
[編集] 事業所
[編集] 本社・支店・研究所
本社
支店
- 札幌支店 - 北海道札幌市中央区北三条西2-10-2
- 東北支店 - 宮城県仙台市青葉区大町2-2-10
- 東京支店 - 東京都千代田区六番町6番地28
- 北陸支店 - 石川県金沢市堀川新町2番1号
- 名古屋支店 - 愛知県名古屋市中村区名駅南2-14-19
- 大阪支店 - 大阪府大阪市北区堂島浜1-4-4
- 四国支店 - 香川県高松市寿町2-2-10
- 広島支店 - 広島県広島市中区小町3-25
- 福岡支店 - 福岡県福岡市博多区博多駅前1-2-5
研究所
[編集] 工場
セメント工場
建材工場
- 大阪工場 - 大阪府大阪市大正区南恩加島7-1-49
石灰石事業所
[編集] 鉱山
- 唐沢鉱山 - 栃木県佐野市(唐沢鉱業所)
- 岐阜鉱山 - 岐阜県揖斐郡大野町
- 伊吹鉱山 - 滋賀県米原市
- 多賀鉱山 - 滋賀県犬上郡多賀町
- 秋芳鉱山 - 山口県美祢市秋芳町(山口事業所)
- 小倉鉱山 - 福岡県北九州市小倉南区
[編集] 沿革
[編集] 住友セメント
- 1907年(明治40年)11月29日 - 磐城セメント株式会社設立。
- 1908年(明治41年)9月 - 四倉工業所を新設。
- 1925年(大正14年)7月 - 日出セメント株式会社を合併、同社湊工場を湊工業所とする。
- 1926年(大正15年)7月 - 鈴木セメント株式会社を合併、同社工場を東京工業所とする。
- 1928年(昭和3年)2月 - 東京工業所操業休止。
- 1939年(昭和14年)2月 - 東京工業所閉鎖、設備は台湾へ売却。
- 1940年(昭和15年)12月 - 富国セメント株式会社を合併、葛生工場を継承。
- 1941年(昭和16年)1月 - 湊工業所を八戸工場、四倉工業所を四倉工場、葛生工場を栃木工場に改称。
- 11月 - 七尾セメント株式会社を合併、同社七尾工場を継承。敦賀セメント株式会社を合併、同社敦賀工場を継承。豊国セメント株式会社を合併、同社門司工場を苅田工場とする。
- 1943年(昭和18年)9月 - 常陸セメント株式会社を合併、同社日立工場を継承。
- 1947年(昭和22年)10月 - 常陸工場を常陸セメント株式会社として再分離。
- 1948年(昭和23年)2月 - 敦賀工場を敦賀セメント株式会社として再分離。
- 3月 - 苅田工場を豊国セメント株式会社として再分離。
- 1949年(昭和24年)5月 - 東証一部に上場。
- 1950年(昭和25年)11月 - 東洋セメント株式会社を合併、同社小倉工場を継承。
- 1954年(昭和29年)7月 - 浜松工場新設。
- 1960年(昭和35年)3月 - 川崎セメント株式会社を合併、同社大垣工場を岐阜工場とする。
- 1963年(昭和38年)6月 - 田村工場操業開始。
- 10月1日 - 住友セメント株式会社に社名変更。
- 1966年(昭和41年)6月 - 滋賀興産株式会社を合併、同社彦根工場および多賀工場を継承。
- 9月 - 赤穂工場新設。
- 1975年(昭和50年)7月 - 七尾工場・多賀工場閉鎖。
- 12月 - 赤穂工場を赤穂第一工場に改称。
- 1976年(昭和51年)2月 - 赤穂第二工場操業開始。
- 8月 - 小倉工場を東洋セメント株式会社として再分離。
- 1977年(昭和52年)8月 - 八戸セメント株式会社を設立。
- 9月 - 八戸工場を八戸セメントへ譲渡。
- 1983年(昭和58年)3月 - 四倉工場操業休止。
- 1984年(昭和59年)8月 - 浜松工場操業休止。
- 9月 - セメント共同販売会社のアンデスセメント共同事業株式会社を、麻生セメント株式会社、電気化学工業株式会社、日鐵セメント株式会社など7社共同で設立。
- 11月 - 浜松工場閉鎖。
- 1986年(昭和61年)9月 - 四倉工場閉鎖。
- 1987年(昭和62年)4月 - 赤穂第一工場と赤穂第二工場を統合し、赤穂工場発足。
- 1994年(平成6年)5月 - アンデスセメント共同事業が解散。
[編集] 日出セメント
[編集] 鈴木セメント
- 1890年(明治23年)8月 - 鈴木セメント製造所操業開始。
- 1904年(明治37年) - 鈴木セメント合名会社に改組。
- 1918年(大正7年)11月 - 鈴木セメント株式会社が発足。
- 1919年(大正8年)4月 - 鈴木セメント株式会社が合名会社を合併。
- 1926年(大正15年)7月 - 磐城セメントに合併。
[編集] 七尾セメント
- 1926年(大正15年)11月 - 磐城セメントの子会社として、七尾セメント株式会社設立。
- 1929年(昭和4年)4月 - 七尾工場操業開始。
- 1941年(昭和16年)11月 - 親会社の磐城セメントに合併。
[編集] 富国セメント
- 1936年(昭和11年)2月 - 富国セメント株式会社設立。
- 1937年(昭和12年)9月 - 磐城セメントの子会社となる。
- 1938年(昭和13年)4月 - 葛生工場操業開始。
- 1939年(昭和14年)12月 - 富山セメント株式会社(1938年10月会社設立)を合併、同社二見工場(1938年10月操業開始)を継承。
- 1940年(昭和15年)11月 - 二見工場閉鎖。
- 12月 - 磐城セメントに合併。
[編集] 東洋セメント
初代
- 1934年(昭和9年)5月 - 東洋セメント工業株式会社設立。
- 1935年(昭和10年)8月 - 小倉工場操業開始。
- 1943年(昭和18年)6月 - 工場を宇部興産株式会社が買収。
- 1947年(昭和22年)2月 - 工場返却。
- 1949年(昭和24年)8月 - 東洋セメント株式会社に社名変更。
- 1950年(昭和25年)11月 - 磐城セメントに合併。
2代
- 1976年(昭和51年)8月 - 合理化のため、住友セメント小倉工場を分社化し発足。
- 1984年(昭和59年)3月 - 小倉工場操業休止。
- 9月 - 住友セメントなど7社とアンデスセメント共同事業を設立。
- 11月 - 東洋セメント解散、小倉工場閉鎖。
[編集] 川崎セメント
[編集] 滋賀興産
- 1933年(昭和8年)8月 - 昭和セメント株式会社設立。
- 8月 - 彦根工場操業開始。
- 1939年(昭和14年)5月 - 親会社の日本石綿盤製造株式会社(現・株式会社ノザワ)が吸収合併。
- 1944年(昭和19年)7月 - 小野田セメント製造株式会社(後の小野田セメント)が彦根工場を買収。
- 10月 - 野沢石綿興業に社名変更。
- 1947年(昭和22年)3月 - 彦根工場返却。
- 1949年(昭和24年)4月 - 野沢石綿セメント株式会社に社名変更。
- 1960年(昭和35年)3月 - 東亜セメント株式会社を設立。
- 6月 - 東亜セメント多賀工場操業開始。
- 1965年(昭和40年)12月 - セメント製造部門を住友セメントへ譲渡する準備として、滋賀興産株式会社を設立。
- 1966年(昭和41年)1月 - 滋賀興産が野沢石綿セメント彦根工場を継承、東亜セメントを合併し営業開始。
- 4月 - 住友セメントが滋賀興産を合併。
[編集] 大阪セメント
大阪セメントは、ライオン印のライオンセメントとして有名であった。
- 1888年(明治21年) - 大阪窯業株式会社設立。
- 1917年(大正6年)6月 - セメント工場(大阪工場)を新設。
- 1926年(大正15年)12月 - 大阪窯業のセメント部門が独立し、大阪窯業セメント株式会社発足。
- 1936年(昭和11年)8月 - 大阪窯業耐火煉瓦株式会社(現・株式会社ヨータイ)を設立。
- 1945年(昭和20年)8月 - 戸畑工場新設。
- 1948年(昭和23年)11月 - 戸畑工場閉鎖。
- 1949年(昭和24年)5月 - 東証一部に上場。
- 1952年(昭和27年)7月 - 伊吹工場新設。
- 1960年(昭和35年)6月 - 横浜工場(クリンカー加工工場)新設。
- 1961年(昭和36年)12月 - 高知工場新設。
- 1963年(昭和38年)7月 - 大阪セメント株式会社に社名変更。
- 1977年(昭和52年)4月 - 横浜工場閉鎖。
- 1984年(昭和59年)9月 - セメント共同販売会社の大日本セメント共同事業株式会社を、日本セメント株式会社、第一セメント株式会社、明星セメント株式会社と共同で設立。
- 1994年(平成6年)5月 - 大日本セメント共同事業が解散。
[編集] 住友大阪セメント発足後
- 1994年(平成6年)10月 - 住友セメントと大阪セメントが合併、住友大阪セメント株式会社となる。
- 1996年(平成8年)3月 - 彦根工場閉鎖。大阪工場でのセメント製造を停止。
- 1998年(平成10年)5月 - 電気化学工業株式会社とセメント事業で業務提携。
- 1999年(平成11年)11月 - 宇部三菱セメント株式会社とセメント物流事業で業務提携。
- 2000年(平成12年)3月 - 田村工場閉鎖。
- 2003年(平成15年)3月 - 伊吹工場でのセメント生産を停止。
- 2006年(平成18年)3月28日 - 岐阜工場の製品輸送を鉄道輸送からトラック輸送に転換。
[編集] グループ企業
2007年3月末現在、住友大阪セメントグループは子会社43社、関連会社7社で構成されている。
[編集] 子会社
セメント事業(製造)
- 八戸セメント株式会社
- 和歌山高炉セメント株式会社
- 東京エスオーシー株式会社
セメント事業(輸送・販売など)
- スミセ海運株式会社
- 大窯汽船株式会社
- 和泉運輸株式会社
- スミセ建材株式会社
- 東海スミセ販売株式会社
- エスオーシー建材株式会社
- エスオーエンジニアリング株式会社
鉱産品事業
- 秋芳鉱業株式会社
- 滋賀鉱産株式会社
- 株式会社イナサス
建材事業
- 株式会社エステック
- 株式会社SNC
光電子・新材料事業
- 株式会社スミテック
不動産・その他事業
- 株式会社キャップ
- 住友セメントシステム開発株式会社
- 千代田エンジニアリング株式会社
[編集] 関連会社
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年7月23日 (木) 13:47 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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