住吉神社 (東京都中央区)
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| 住吉神社 | |
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![]() 神社外観 |
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| 所在地 | 東京都中央区佃一丁目1-14 |
| 位置 | 北緯35度40分4.8秒 東経139度46分60秒 |
| 主祭神 | 住吉三神、息長足姫命、東照御親命 |
| 社格等 | 郷社 |
| 創建 | 1646年(正保3年) |
| 例祭 | 例大祭(8月6日) |
住吉神社(すみよしじんじゃ)は、東京都中央区にある神社である。旧社格は郷社。祭神は住吉三神(底筒之男命・中筒之男命・表筒之男命)、息長足姫命(神功皇后)、東照御親命(あずまてるみおやのみこと、徳川家康)。
目次 |
[編集] 由緒
1590年(天正18年)8月1日、徳川家康が関東下降の際、摂津国佃村(現・大阪市西淀川区佃)の漁夫33人と神主平岡権大夫好次が江戸に移り、1645年(正保2年)には現在の地に百間四方の土地を埋め立てて築島し永住することになった。この島を故郷の摂津国佃村にちなんで佃嶋と命名、1646年(正保3年)6月29日、摂津国佃鎮座の住吉社(現田蓑神社)分霊と徳川家康の霊を奉遷祭祀し、住吉神社が創建された。
1694年(元禄七年)には、初めての講組織が誕生し、その後幾多の火災風災に見舞われながらも、氏子信者の結束により近世に及ぶ。
[編集] 概要
明治には、月島、新佃島、昭和には晴海、豊海と埋め立てが進み、また人足寄場、監獄として利用されていた石川島(別称:森島、鎧島)が明治29年5月に監獄移転に伴い工業、居住の地となり、これらを含めた全島が氏子中に編入されていった。昭和22年には、佃島(現佃一丁目)に居住する男子からなる佃住吉講が組織され、各町会、連合睦会と協力して、3年に一度の例祭(神幸祭)を執り行う、獅子頭宮出し、宮神輿宮出し、古来から行われていた神輿の海中渡御と船渡御は昭和37年に廃止されたが、平成2年28年ぶりに船渡御が復活し、現在でも例祭中最も重要な行事の一つとされている。特に住吉神社が所有する神輿は関東では珍しい八角形の神輿であり、「八角神輿」「八角」などといわれ多くの人々に親しまれている。またこの祭礼時には佃島内には6本の大幟が立ち、その大きさに見る者を圧巻させる。
境内の鳥居には有栖川宮幟仁親王筆による陶製の住吉神社扁額が格式高く飾られている。これは明治天皇が北海道より還幸される際、越中島へ有栖川宮幟仁親王が出迎える途中住吉神社に立ち寄り、この社号を書いたと伝えられている。また、勝どき四丁目に御旅所、江東区牡丹町(旧佃町)また晴海にそれぞれ分社がある。
丸谷才一の短編小説「鈍感な青年」には、3年に一度の例祭以外の年の「かげまつり」の描写が印象深く描かれている。
[編集] ギャラリー
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有栖川宮幟仁親王御筆になる陶製の扁額 |
広重『名所江戸百景』より「佃島住吉の祭」。奥に当時の御輿が見える。 |
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月4日 (水) 09:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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