佐伯行生
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| 佐伯 行生 Yukio Saiki |
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| 基本情報 | |
| 生年月日 | 1950年3月2日(59歳) |
| 出身地 | 広島県東広島市 |
| 経歴 | 瀬戸内高等学校卒 |
| 成績 | |
佐伯 行生(さいき ゆきお、1950年3月2日-)は、日本のトップアマゴルファー。 広島県東広島市西条町出身、在住。 瀬戸内高等学校卒業。 身長173cm、体重76kg。 ホームコースは、広島東映カントリークラブ。公認ハンディキャップは、0。師弟関係は、北中敬昭、田中金蔵。 家族は、義母、妻、長男、長女、次男。 長女は、プロゴルファーの佐伯三貴、次男は学生アマゴルフ界で活躍する佐伯幸憲。 義父は、かつての広島アマゴルフ界の盟主であった田中金蔵。
[編集] 来歴
1973年、23歳の時、先輩に請われてラウンドに随行し、キャディバッグを担いだのがゴルフとの出会いである。数日後、行生がゴルフに興味を持ったことを知った先輩が、ハーフセットや各種用具を贈ったことで、本格的な練習を開始した。上達したいとの想いから、ゴルフ練習場のアルバイトに就き、戸田藤一郎プロ門下のパンチショットの名手・北中敬昭プロに師事した。北中とのトレーニングは、手取り足取りではなく、ディスカッション中心の「考える」練習を中心とし、わずか2年間で実力をつけた。
1975年、25歳の時に加茂カントリークラブのメンバーとなり、公認ハンディキャップ4を得ると、競技会に参戦。北中から熱心にプロテストの地区予選会参加を誘われるが、自分で事業を起こす夢があったため、これを固辞してJGAにアマ登録、もっぱらアマチュアへの道を進むことになった。
1978年、相模原ゴルフクラブで開催された日本アマに出場、以来通算15回の出場実績をもち、2000年には、中国アマで優勝するなど、以来トップアマの地位を堅持している。
また、競技ゴルフを続けながら、現在では自身のことよりもジュニア育成に熱を注いでいる。娘の佐伯三貴や息子の佐伯幸憲にゴルフを教えてきた経験から、日本のジュニアのゴルフは経費がかかりすぎであり、米国の育成の仕組みを見習って、もっと多くのジュニアゴルファーを経費負担なく育てる必要があるとの持論を持ち、各方面への活動を行っている。
[編集] 人物
広島県内を中心に、自動車部品工場のほか、ゴルフ練習場、ゴルフショップ等も経営する事業家である。ゴルフのショット技術は、天才肌のレートヒッティング、精神面は経営者の側面を持つだけに総体的な見方で臨む。
男子ツアー「白竜湖オープン」を立ち上げた義父の田中金蔵が、プロゴルファーと幅広い交流を持っていたこともあり、行生もプロゴルファーと幅広い交流を持つ。歌手の松山千春とも30年来の親交をもち、娘の三貴がプロ入りした際には、頼み込んで松山が経営するマネジメント事務所に所属させてもらっている。
業務のかたわら、自身も競技会に出場したり、三貴や幸憲の試合応援へもよく駆けつける。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年8月1日 (土) 20:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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