橘佐為

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橘佐為(たちばなのさい、生年不詳-天平9年8月(737年))は、奈良時代前期の官人・賜姓皇族。初名は佐為王敏達天皇の後裔で、従四位下美努王の子。母は県犬養橘三千代。兄弟姉妹に橘諸兄(葛城王)・牟漏女王藤原房前室)らがおり、異父妹に光明皇后がいる。子に右京大夫橘錦裳・橘古那可智聖武天皇夫人)・橘真都我藤原乙麻呂及び藤原是公室)らがいる。

初め佐為王と名乗り、和銅7年(714年)1月に無位から従五位下に叙位される。養老5年(721年)1月に従五位上に昇叙され、同月に詔によって皇太子首皇子(後の聖武天皇)に侍した。天平8年(736年)11月、兄の葛城王とともに臣籍に降って母の氏姓宿禰を賜るよう上表して許され、橘宿禰佐為と名乗った。翌年の天平9年2月、正四位下を授けられたが、同年8月卒去した。卒去時期からして、死因は藤原四兄弟と同じく天然痘によるものだったと思われる。最終官位は正四位下中宮大夫右兵衛率だった。

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最終更新 2009年4月9日 (木) 03:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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