佐賀県立唐津西高等学校
佐賀県立唐津西高等学校の最新ニュースをまとめて検索!
| 過去の名称 | 唐津町立実科高等女学校 唐津町立唐津高等女学校 佐賀県立唐津高等女学校 佐賀県立唐津第二高等学校 佐賀県立唐津高等学校 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 佐賀県教育委員会 |
| 学区 | 北部学区 |
| 校訓 | 希望 練磨 誠実 |
| 設立年月日 | 1907年4月1日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 41105B |
| 所在地 | 〒847-0821 |
|
佐賀県唐津市町田字大山田1992
|
|
| 電話番号 | 0955-72-7184 |
| FAX番号 | 0955-70-1022 |
| 外部リンク | 公式サイト |
佐賀県立唐津西高等学校(さがけんりつからつにしこうとうがっこう、英称:Saga Pref. Karatsu West High School)は、佐賀県唐津市に所在する県立高等学校。西高、ニシの通称で呼ばれている。
目次 |
[編集] 概観
1908年設立の唐津町立唐津高等女学校(旧制、後に県立に移管)を前身とする佐賀県北部学区の中堅校。2007年に創立100周年を迎えた。旭が丘に隣接する丘陵地に校地を構えている。
[編集] 進学実績
学区内で進学校と言えば佐賀県立唐津東高等学校だが近年は本校も進学指向が高まっており、2008年(平成20年)度卒業生からは58名の国公立大学合格者を輩出した(これは過去最高の数字である)。私立大学は220名であった。
[編集] 沿革
[編集] 略歴
1907年(明治40年)3月に唐津町立実科高等女学校として設立され、4月15日に開校した。その後学校運営が順調に進んだことにより、町郡の世論もあり坊主町にあった国有地の無償払下げを受け、文部省規則に適応した高等女学校への改組を決定。1908年(明治41年)に唐津町立唐津高等女学校となり、同年6月に坊主町へ移転した。
1920年(大正9年)には県立へ移管され、佐賀県立唐津高等女学校となった。これに前後して一時的に寄宿舎がおかれた。1938年(昭和13年)には専修科を置き、翌年には専修科を補習科に昇格、さらに4年後補習科を専攻科に改めた。
1947年(昭和22年)、学制改革に伴い新制の佐賀県立唐津第二高等学校(女子高)となり、翌々年には唐津第一高等学校(現在の唐津東高校)と統合され共学の佐賀県立唐津高等学校西校舎となったが、1956年(昭和31年)に再び分離され共学の佐賀県立唐津西高等学校となった。
[編集] 年表
- 1907年 - 町立実科高等女学校が開校
- 1908年 - 高等女学校へ改組し町立高等女学校となる
- 1920年 - 県立へ移管し佐賀県立唐津高等女学校となる
- 1947年 - 学制改革に伴い新制高校(佐賀県立唐津第二高等学校)が男女別学の女子高として発足
- 1949年 - 唐津第一高校と統合され男女共学の佐賀県立唐津高等学校西校舎となる
- 1956年 - 分離し佐賀県立唐津西高等学校となる(男女共学)
- 1979年 - 唐津市町田の現校舎へ移転
[編集] その他
- 例年9月に体育祭と文化祭を併せて「双松祭」が開催される。
- 2006年からSELHi(スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール)に指定されている。
- 元々女学校(戦後には女子高)のためか女子生徒の割合が多い。特に分離後は顕著であった。
- 敷地内にはハナ子像がある。
[編集] 出身者
- 中島潔(西高6) - 画家
- 坂井俊之(西高24) - 唐津市長
- 西尾芳彦(西高24) - 音楽プロデューサー
- 峰竜太(西高48) - 競艇選手
- 千々岩利幸(西高47) - プロバスケットボール選手(bjリーグ・ライジング福岡所属)
[編集] まつら同窓会
- 現在、会員が約2万4千人
- 毎年、6月に唐津市内のホテルで総会・懇親会を開催
- 関東・関西・福岡・佐賀に支部がある
- まつら同窓会公式ホームページ [1][<http://matsura-ob.com/]
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月25日 (水) 22:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【佐賀県立唐津西高等学校】変更履歴


