余市町

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余市町
よいちちょう
日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 後志支庁
余市郡
団体コード 01408-7
面積 140.60km²
総人口 21,628
住民基本台帳人口、2009年9月30日)
人口密度 154人/km²
隣接自治体 小樽市赤井川村仁木町古平町
町の木 リンゴ
町の花 リンゴの花
町の鳥 カモメ
余市町役場
町長 上野盛
所在地 〒046-8546 北海道
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電話番号 0135-21-2111
外部リンク 余市町

余市町位置図(北海道)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
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余市町(よいちちょう/Yoichi Town)は、北海道日本海側に突き出た積丹(しゃこたん)半島の付け根に位置し、余市川上流部を中心として古くから発展してきた町である。北に日本海、東に小樽市と接する。また、南で接する仁木町赤井川村・西で接する古平町・さらにその西にある積丹町とともに「北後志五町村」と呼ばれ、人口2万人余りの余市町が同地区の過半の人口を占める。

江戸時代から大正時代にかけて日本海で隆盛した漁の主要港のひとつであり、明治時代には日本で初めて民間の農家がリンゴの栽培に成功するなど、現在でも漁業と農業(特に果樹農業)がともに盛んな地となっている。ニッカウヰスキーの創業地、民謡ソーラン節発祥の有力地としての顔も持つ。

目次

[編集] 地理

町の中央を北に流れて日本海にそそぐ余市川の下流平野を中心に、その東西の海岸と奥の山地を町域にする。余市川中流平野はほとんど南の仁木町に属しているため、地図に示すと、中央部がくびれていて東西に向かうほど広がっていく、横長の蝶のような形をしている。
余市川よりも東側では、川沿いの黒川地区と北方海沿いの大川地区の一部が市街となっており、住宅も多い。また東部はワインブドウやリンゴの果樹農園地帯となっている。札幌-小樽-余市-仁木-を通り道南へ向かうJR函館本線と国道5号線が通る。
余市川のすぐ西側にはヌッチ川が流れ、下流が伝統的な港町をなし、道立中央水産試験場がある。この西に余市町を代表する風光明媚なシリパ岬が突き出ている。さらに西の古平方面へと進むと、険しい断崖が迫り、自然の景勝をなす海岸が多くみられる。このあたりはニセコ積丹小樽海岸国定公園の一部である。

  • 山: 天狗岳(872.3m)、毛無山(650.4m)、大登山(565.0m)、小登山(514.7m)など
  • 直接海に注ぐ河川: 余市川、ヌッチ川、梅川、登川、畚部川、湯内川、出足平川
  • 湖沼・ダム: 余市ダム(ヌッチ川)
  • 岬: シリパ岬、モイレ岬、畚部岬、蛸穴の岬、滝の澗岬、ワッカケ岬、烏帽子岬、オトドマリ岬

[編集] 人口

余市町と全国の年齢別人口分布 余市町の年齢・男女別人口分布
紫色 ― 余市町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
1980年 26,632人
1985年 26,213人
1990年 25,266人
1995年 24,485人
2000年 23,685人
2005年 22,734人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 略史

町内にはフゴッペ洞窟をはじめとする縄文時代から続縄文時代の遺跡が多く、古くからアイヌの人々が定住する地だったようだ。江戸時代初期に松前藩の商場知行制・場所請負制が敷かれると、良港として使用できた現在の余市町域には、和人によるアイヌ交易の拠点として「上ヨイチ場所(運上屋)」「下ヨイチ場所(運上屋)」の二つが置かれた。

この「ヨイチ」という地名については、余市川を指すアイヌ語地名「イオチi-ot-i(それ<蝮>・群棲する・もの(川流域))」を起源とし、アイヌ語地名では二重母音を忌避する性質があることから、アイヌ語では「イヨチi-y-ot-i」と、「y音」を添加したが、後に和人の入り込みに伴い、「イヨチ」が「ヨイチ」へと言い習わされるようになり、それに漢字が充てられて、「余市」という現在の表記になったと考えられる。一説には蛇のように曲がりくねった川とする郷土史家もおり、河口付近は往時は蛇行していたと言われている。また、アイヌ語は文字を持たないので、種々余市の表記過程が、地方郷土史家によって説明されているが、推測の域をでない。アイヌ語は二重母音を嫌うとあるが、この現象は言語学的には多くの言語に共通するところであり、日本語もその範疇に入り、二重母音の長音化や開合音の統一化、母音の欠落、子音の挿入等もあり、一概に決定することは困難であり危険を伴うものであることも、語源学同様注意しなければならない。 なお現在、「下ヨイチ運上屋」が国の指定史跡として残っているが、これは全国唯一の運上屋遺構である。

江戸中期以降は、近海を回遊するニシンの中心的漁場として発展した。しかし漁獲数は明治・大正をピークに減り続けた。

  • 1869年(明治2年) 開拓使余市詰役員が派遣される(浜中出張所)。余市町の開基。
  • 1871年(明治4年) 農業開拓が始まる。
  • 1900年明治33年)7月1日、11町村が合併して余市町となり、一級町村制を実施した。
  • 1902年(明治35年) 北海道鉄道株式会社により鉄道が敷設され、余市駅が設置される。
  • 1907年(明治40年) 余市~小樽間の電話が開通する。
  • 1920年(大正9年) 人口16,809人。道内有数の港町だったことがうかがわれる。
  • 1933年(昭和8年) 町内に余市臨港軌道が開通(1940年廃止)。
  • 1954年(昭和29年) この年の3月下旬の群来を最後に鰊漁は廃れる。

[編集] 産業

農業では前述のように古くから果樹栽培が盛んで、ワインブドウ、生食ブドウ、リンゴの生産量で道内第一位である。またニシン漁が途絶えてからも漁業はなお盛んで、現在の漁獲物の中心はイカ・エビ・カレイ・タラ・サケなど、また育てる漁業への転換が図られる中で、ヒラメ・サクラマスなどの高級魚の生産も増加している。これには余市港付近に北海道立中央水産試験場が設置されていることが大きくかかわっている。
1934年ニッカウヰスキーが創業した地としても知られ、スコットランドの情緒あふれる余市蒸留所は今でも伝統的な製造法を守っており、観光名所となっている。創業者の竹鶴政孝は、気候がスコッチウイスキーの王国スコットランドに似ていたことと、ウイスキーの製造に欠かせないピート(泥炭)が入手できたことから、この地を選んだと言われる。

[編集] 代表的な立地企業

後志管内のほぼ全域に支店を持つ。なお、長万部信用金庫も合併していることから渡島管内長万部町にも支店を置く。なお、本店は伝統ある赤煉瓦作り。
丸しめ志賀商店が展開する食品スーパーマーケット。安売りで知られて札幌市内にも出店している。
  • 余市協同乳業株式会社
  • ニッカウヰスキー株式会社 余市蒸留所 ・・・同社創業地
  • 日本清酒株式会社 余市ワイン工場 ・・・「余市ワイン」を製造。

[編集] 農協・漁協

  • 余市町農業協同組合(JAよいち)
  • 余市郡漁業協同組合

[編集] 郵便

[編集] 公共機関

[編集] 警察

[編集] 姉妹都市

  • イギリスの旗 イーストダンバートンシャイア

※竹鶴政孝が留学し、彼の妻リタの出身地でもあるスコットランドにある市。1988年より提携。

[編集] 教育機関

小学校
  • 余市町立沢町小学校
  • 余市町立大川小学校
  • 余市町立黒川小学校
  • 余市町立栄小学校
  • 余市町立登小学校
  • 余市町立豊丘小学校
中学校
  • 余市町立東中学校
  • 余市町立西中学校
  • 余市町立旭中学校
高等学校

[編集] 交通機関

[編集] 鉄道

[編集] バス

[編集] 道路

一般国道
  • 国道5号 - 町内の道路交通の主軸とも言える。東には海沿いに小樽市札幌市と連絡する。南には余市川沿いに内陸に向かい、仁木町を経てニセコ高原方面、さらに道南へと通じる。
  • 国道229号 - 町の中心から西進し、海岸沿いに積丹半島方面へと通じる。町内から西の古平へ抜ける唯一の道路である。
道道
道の駅

[編集] 通信

市外局番は0135。仁木町、赤井川村、古平町、積丹町からは市内局番からかけることができる。
ただし、市外局番が同じでも岩内MAからは市外局番からかけなければならない。
市内局番は21~23

[編集] 文化財

ニッカウヰスキー北海道工場 余市蒸留所

[編集] 重要文化財(建造物)

[編集] 登録有形文化財

[編集] 史跡

  • 旧下ヨイチ運上家
  • フゴッペ洞窟
  • 旧余市福原漁場 - 旧川内家文書庫・主屋・米味噌倉[1]
  • 大谷地貝塚

[編集] 余市町指定史跡

  • 桐ヶ谷太兵衛建立地蔵尊 - 宝隆寺
  • 庚申塚
  • 茂入山城跡
  • 幸田露伴句碑 - 北海道中央水産試験場
  • シリパケ-ルン群遺跡
  • 旧ヤマウス稲荷社石垣階段
  • 旧ヨイチユワナイ間山道余市口
  • 川内漁場敷地
  • 開村記念碑

[編集] その他

  • 天内山遺跡出土の遺物 - 北海道指定有形文化財(美術工芸品)、よいち水産博物館蔵
  • 西崎山環状列石 - 北海道指定史跡[2]
  • 大日本果汁株式会社(ニッカウヰスキー株式会社)工場創立事務所 - 余市町指定有形文化財(建造物)
  • 鐘楼門 - 余市町指定有形文化財(建造物)、乗念寺
  • 川内漁場文書庫 - 余市町指定有形文化財(建造物)
  • 余市町指定有形文化財(美術工芸品)17件
  • 旧今邸園 - 余市町指定名勝
  • 奇岩ローソク岩 - 余市町指定天然記念物
  • 神木サイカチの木 - 余市町指定天然記念物、余市神社

[編集] その他観光

多くのジャンプ選手が巣立った竹鶴シャンツェ(左)、笠谷シャンツェ(右)
  • 北海ソーラン祭り
  • 各種観光農園など
  • 余市宇宙記念館
  • よいち水産博物館[3][4][5]
  • ジャンプ王国余市展示ホール
  • ローソク岩・えびす岩・大黒岩
  • 円山公園

[編集] 主な公施設

海上自衛隊の第一線部隊として昭和46年7月に開隊された部隊。
  • 農道離着陸場アップルポート余市

[編集] 余市町出身の有名人

  • 和田徹三(詩人・英文学者)
  • 毛利信男(物理学者で東大教授) 毛利衛の七歳上の次兄。生まれは東京であるが両親家族と余市に移住
  • 毛利衛(宇宙飛行士)
  • 藤谷栄也(元NHKアナウンサー)
  • 船木和喜(長野オリンピックスキージャンプ金メダリスト(ラージヒル、団体))
  • 斎藤浩哉(長野オリンピックスキージャンプ金メダリスト(団体))
  • 坂口良子(女優)
  • 違星北斗アイヌ歌人
  • 酒井忠康美術史家
  • 岡崎潤司(元TBSアナウンサー)
  • 根上博ベルリンオリンピック水泳選手。ローマオリンピック水泳総監督。300メートル自由形、400m自由形日本新記録樹立者。
  • 出身ではないが、幸田露伴が逓信省電信修技学校を卒業後の2年間(明治18~20年)、電信技師として余市に赴任していた。その跡地といわれる北海道立水産試験所の構内に幸田露伴直筆の碑がある。また、その縁で幸田文も数回訪れている。
  • 同じく出身ではないが伊藤整も自伝的小説「若い詩人の肖像」に記述されているように身近に感じていた地である。氏の文学的土壌に影響を与えたと言われている地方歌人鈴木重道(北見洵吉)も余市の出身である。

[編集] 話題となった余市関連作品

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


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最終更新 2009年8月28日 (金) 04:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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