奸臣

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奸臣(かんしん)とは、君主に仕える臣下のうち、性格が邪悪で、狡賢く、君主に阿って悪を為す者を指す。 姦臣(かんしん)、佞臣(ねいしん)、君側の奸(くんそくのかん)等とも言う。

[編集] 概要

奸臣とは君主に仕える臣下のうち、性情、行状が邪悪で君主に取り入り、その権力を背景に悪を為す者を指す。このため、単に謀反を企図、実行しただけの臣下の場合、奸臣ではなく逆臣、逆賊などと呼ばれる場合が多い。また、君主の寵臣が権力を笠に奸臣へと変貌する場合も多い。

奸臣と称される者は自らの力の源泉が君主の権力にあることを熟知しているため、自分の生命が危機に晒されない限り君主に積極的に背く場合は少なく、むしろ君主を自分の影響内に取り込むことで外部の情報、他の家臣から遮断し、君主の存在自体を有名無実化してしまおうとする場合が殆どである。このため、国内に動乱が起こったり、外敵から侵略を受けても情報の伝達が遅れたり、甚だしい場合は伝えられなかったりする場合もあり、時として国家を滅亡に追いやる事すらある。『貞観政要』では『説苑』を元に六邪の一つとして扱われる。

歴史上、奸臣と称される人物は概ね以下のような行動を取る。

  • 君主に取り入る(若しくは君主の側が寵臣とする)
  • 権力を自らに集中させるため政敵や反対者を弾圧・粛清する
  • 私利私欲に走り、賄賂を取るなどして、深刻な風紀の乱れを招く
  • 国家が乱れても君主に真実を知らせず、責任回避に狂奔する

しかしながら奸臣という呼称は政敵を非難する際の常套句でもあり、新たに政権を奪取した政権担当者が旧政権の責任者に奸臣の烙印を押すことで、自らの政権奪取の正義を確立しようとする場合にも用いられる。

このように奸臣という評価は必ずしもそう呼ばれる者の実情を反映しているとは限らないため、後世、歴史上の評価が逆転したり、再評価される場合も多々ある。徳川政権下の石田三成直江兼続大日本帝国下の徳川家康などが当時それぞれ奸臣とされたのに、現在、一定の評価を得ているのはその好例である。

[編集] 史上、奸臣と称された人物

日本
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最終更新 2009年11月3日 (火) 12:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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