俗ラテン語
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俗ラテン語(古典ラテン語:sermo vulgaris、セルモー・ウルガーリス)とはロマンス語の祖語である。俗ラテン語はローマ帝国内で話されていたが、その崩壊後、地方ごとに分化し現在のロマンス諸語になった。
古代ローマから現代にかけて使用されてきたラテン語は基本的に文献に残る文語(古典ラテン語)のことであるが、これに対し口語つまり民衆の話し言葉があったことが文献に残されており、これを俗ラテン語という。ただし、「俗」という漢字は「野蛮な、劣った」という意味にとられがちであるため、「民衆ラテン語(Popular Latin)」、「ロマンス祖語(Proto-Romance)」などの表現を主張する学者も多い。
なお、sermo vulgaris とは「日常の言葉」の意で、下記の音韻の変化に従えば俗ラテン語では sermo volgare(セルモー・ヴォルガレ)となる。
目次 |
[編集] 音韻
[編集] 母音の変化
| 古典ラテン語 | 俗ラテン語 | ||
|---|---|---|---|
| 文字 | 発音 | 文字 | 発音 |
| A | [a] | A | [a] |
| [aː] | |||
| E | [e] | E | [ɛ] |
| [eː] | [e] | ||
| I (J) | [i] | E | [e] |
| [iː] | I | [i] | |
| [j] | I (J) | [ʤ] | |
| O | [o] | O | [ɔ] |
| [oː] | [o] | ||
| V (U) | [u] | O | [o] |
| [uː] | V (U) | [u] | |
| [w] | V | [v] | |
| Y | [y] | I | [i] |
| [yː] | |||
| AE | [ae] | E | [ɛ] |
| OE | [oe] | [e] | |
| AU | [au] | O | [o] |
| (発音記号についてはIPAを参照) | |||
古典ラテン語には短母音 a, e, i, o, u, y、長母音 ā, ē, ī, ō, ū, ȳ、二重母音 ae, au, oe, ei, ui, eu がある。俗ラテン語では
- 母音の長短の消失
- ā > a、ē > e、ī > i、ō > o、ū > u、ȳ > i
- 二重母音の単母音化
- ae > e、oe > e、au > o
- 短母音の広音化
- i > e、u > o、[e] > [ɛ]、[o] > [ɔ]
- Y の平唇化
- y > i、ȳ > i
が生じ、右表のようになった。
[編集] 子音の変化
- h が発音されなくなる
- v が [w] から [v] になる
- [j] が [ʤ] になる
- g が前舌母音の前で [ʤ] になる。フランス語では [j] とともに単純化され [ʒ] に、スペイン語では [x] になった。イタリア語では [ʤ] のままである
- 語末の -s、-m が脱落する
[編集] 文法
[編集] 格の消失
下は第一変化名詞の rosa(バラ)に上記の音韻の変化を加えた仮想的な表であるが、単数では主格・対格・奪格と属格・与格が同形になっているのが分かる。名詞全体にこのような変化が起こったため次第に格語尾の区別がつかなくなり消失した。また区別が消失する過程で複数形はラ・スペツィア=リミニ線を基準に西の地方(イベリア・フランス)では対格、東(イタリア・ルーマニア)では主格で代表されるようになった。
| 格 | 古典 | 俗 |
|---|---|---|
| 単数 | ||
| 主格 | rosa | rosa |
| 属格 | rosae | rose |
| 与格 | rosae | rose |
| 対格 | rosam | rosa |
| 奪格 | rosā | rosa |
| 複数 | ||
| 主格 | rosae | rose |
| 属格 | rosārum | rosaro |
| 与格 | rosīs | rosis |
| 対格 | rosās | rosas |
| 奪格 | rosīs | rosis |
[編集] 中性の消失
第二変化名詞が音韻の変化を被りもともと主格と対格しか違わない -us 型と -um 型が混同され -um 型の大部分を占める中性名詞は男性名詞として扱われるようになった。また複数形で使われることの多い名詞は主格の -a が女性形と同じなので女性形として扱われるようになった。
| 格 | 古典 -us | 古典 -um | 俗 |
|---|---|---|---|
| 単数 | |||
| 主格 | -us | -um | -o |
| 属格 | -ī | -ī | -i |
| 与格 | -ō | -ō | -o |
| 対格 | -us | -um | -o |
| 奪格 | -ō | -ō | -o |
| 複数 | |||
| 主格 | -ī | -a | -i |
| 属格 | -ōrum | -ōrum | -oro |
| 与格 | -īs | -īs | -is |
| 対格 | -ōs | -a | -os |
| 奪格 | -īs | -īs | -is |
[編集] 複合前置詞
俗ラテン語では前置詞を二つ三つ合わせた複合前置詞が現れた。ロマンス語に受け継がれているものには下のようなものがある。
- donde(スペイン語)< de unde
- dès(フランス語)< de ex
- dans(フランス語)< de intus
- desde(スペイン語、ポルトガル語)< de + ex + de
- después(スペイン語)、depois(ポルトガル語)< de + ex + post
- dehors, de fuera, de fora(順にフランス語、スペイン語、ポルトガル語)< de + foris
[編集] 副詞
古典ラテン語では副詞を作るのに cārus(大事な) -> cārē や acer(鋭い)-> acriter のように -ē あるいは -iter をつけるが、俗ラテン語ではこの方法は失われ形容詞の女性形に mente をつけるようになった。この mente は、元は mens(心、女性名詞)の単数奪格で、形容詞+mente で「~な気持ちで」の意味であったのが心の意味が無くなったものである(例:vēlōx「速い」-> voloce mente「心が速く→急いで」)。この用法は紀元前1世紀のカトゥルスの文章に散見される。
Nunc iam illa non vult; tu, quoque, impotens, noli
Nec quae fugit sectare, nec miser vive,
Sed obstinata mente perfer, obdura.
(今はもう彼も、汝も思い慕うことはない。追おうとも悲しもうともするな。それでも固く(心固く)忍びよ)– Catullus VIII
[編集] 参考文献
- 大西英文『はじめてのラテン語』(講談社〈講談社現代新書〉、1997年)
- 松平千秋・国原吉之助『新ラテン文法』(東洋出版、2000年)
- 田中秀央『LEXICON LATINO-JAPONICUM 羅和辞典』(研究社、1966年)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月14日 (水) 01:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【俗ラテン語】変更履歴


