保善高等学校
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| 過去の名称 | 東京植民貿易語学校 東京保善商業学校本科夜間部 東京保善高等学校 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人保隣教育財団 |
| 設立年月日 | 1916年 |
| 共学・別学 | 男女別学 (男子校) |
| 課程 | 全日制課程 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 13544F |
| 所在地 | 〒169-0072 |
|
東京都新宿区大久保3-6-2
北緯35度42分22.7秒東経139度42分11.3秒 |
|
| 電話番号 | 03-3209-8756 |
| FAX番号 | 03-3209-9480 |
| 外部リンク | 公式サイト |
保善高等学校(ほぜんこうとうがっこう)は東京都新宿区大久保にある私立高等学校、男子校。
目次 |
[編集] 沿革
- 1916年 - 安田財閥の安田善次郎翁の寄付に基づき、東京市神田錦町に前身の東京植民貿易語学校が開校、まもなく安田財閥の持株会社である安田保善社に経営が移管となる。校長は新渡戸稲造。
- 1920年 - 東京植民貿易語学校夜間部を併設。
- 1923年4月 - 保善商業学校(昼間部)を新設、同時に東京植民貿易語学校夜間部を改組し新たに現在の保善高校の前身である東京保善商業学校(本科夜学課)を設置。
- 同年9月1日 - 関東大震災で創立当初神田にあった校舎が焼失。
- 1924年 - 東京植民貿易語学校(昼間部)・東京保善商業学校(昼・夜)が東京市本所区(現・墨田区)横網に新校舎を建設・移転[1]、安田保善社が新たに設立した保善商工教育財団の経営に引き継がれる。
- 1934年11月 - 横網に所在の東京植民貿易語学校昼間部が善隣協会に移管され、東京市淀橋区西大久保(現・新宿区大久保)の敷地内(現・海城学園敷地)に移転。この時同地に善隣協会専門学校が新設・併置された。
- 1936年3月 - 東京保善商業学校が夜学課(横網)を分離、新設の保隣実業教育財団[2]に移管する。一方、淀橋区西大久保の善隣協会敷地内にあった東京植民貿易語学校昼間部も善隣協会から保隣実業教育財団に移管された。両校共に善隣協会専門学校敷地の隣接地(西大久保・現在の保善高等学校の敷地内)に移転[3]。
- 1938年 - 保善商工教育財団所管の中外商業学校(現・兵庫県立尼崎北高等学校)が保隣実業教育財団に移管、姉妹校となる。
- 1939年 - 東京保善商業学校に再び昼間部を設置(第一本科)。従来の夜間部を第二本科と改称[4]、校長・小原直[5]。
- 1948年 - 学制改革により新制高等学校となり、東京保善高等学校と改称する。昼間部に普通科・商業科を設置、夜間部を定時制課程とし、同じく普通科・商業科を設置。同年、新制の保善中学校を設置・併設[6]。
- 1949年 - 善隣協会専門学校が新制単科大学の日本商科大学として設立(設置母体は善隣協会)。
- 1950年 - 日本商科大学は経営上の理由から廃校、善隣協会も解散[7]。
- 1951年 - 保隣実業教育財団を学校法人・保隣教育財団と改称する。
- 1959年3月 - 東京保善高等学校の定時制課程の募集を停止(1961年3月より休校)。
- 1972年 - 現在の校名、保善高等学校に改称[8]。
- 1997年 - 商業科の募集を停止し、特別進学クラスを新設。
- 2003年 - 創立80周年を迎え、校舎を高層化。
- 2005年 - 大学進学クラス、スポーツ進学クラスを設置。
[編集] クラス
- 普通科
- 特別進学クラス
- 大学進学クラス
- 総合進学クラス (2008年度から募集停止)
- スポーツ進学クラス(2005年度から募集停止)
[編集] 特色
- 建学の精神は『剛健質実』、『初志貫徹』などである。
- 男子校でありスポーツが盛ん。
- ラグビーは全国高等学校ラグビーフットボール大会で過去4度の優勝を誇る古豪。1953年には優勝こそ逃すが同大会で初めて決勝戦に進出。1957年には念願の初優勝を果たし、1959年、1961年、1963年と優勝を積み重ねていった。2001年の第81回大会で21年ぶりの花園出場を果たした。
- 陸上競技部も全国高校駅伝に15回出場し、インターハイの常連でもあったが、近年はサッカー、バスケット、空手、スキー、軟式野球などのスポーツも大会で上位に入賞している。
- 大学への進学率は70%程度。
- 2007年佐賀インターハイ陸上競技において小林雄一が100m 200m優勝。100mの東京選手の優勝者は元日本記録保持者飯島秀雄(目黒高校)以来45年ぶりである。
- 2007年秋季大会で軟式野球部が東京都1位さらに2007年秋季関東大会で3位。
- 1987年に軟式野球部、第32回全国高等学校軟式野球選手権東京大会夏季予選で準優勝(決勝・保善2-4関東一高)
- 2008年に軟式野球部、第53回全国高等学校軟式野球選手権東京大会夏季予選で3位入賞
[編集] 出身著名人
- 安部譲二 作家(定時制課程)
- 瑛太 俳優・モデル
- 大森隆男 プロレスラー
- 金城一紀 作家
- 川島章良 お笑い芸人(はんにゃ)
- 山本進悟 長谷川サービスステーション勤務、SASUKE皆勤挑戦者。
- 佐藤進 元ダイエー陸上部監督
- 柴崎邦博 栃木サッカークラブ、元大宮アルディージャ選手。
- 高尾信昭 陸上1万メートル元日本記録保持者
- 高崎米吉 元全国高体連専門部長(ラグビー)、元保善高等学校長(旧保善商業学校第1期生)、
- 谷岡ヤスジ 漫画家
- 登坂淳一 NHKアナウンサー
- 奈良修 元陸上選手・大東文化大学陸上競技部監督
- 羽生幸次郎(ハブ)お笑い芸人(Bコース)
- 宮下誠 哲学者・元國學院大学教授
- 安田桂 元ラグビー日本代表
- 柳家喬之助 落語家
- 渡邉泰憲 ラグビー日本代表 東芝ブレイブルーパス所属
- 島崎文治 元ラグビー日本代表
- 八角浩司 元ラグビー日本代表
[編集] 脚注
- ^ 現在は当地に発祥を同じくする安田学園中学校・高等学校が所在。
- ^ 現在の保善高等学校の設置団体・保隣教育財団の前身。善隣協会と保善商工教育財団の各一字を採って命名されたと伝える。
- ^ なお、この時横網に残った東京保善商業学校昼間部は安田商業学校(後の私立・安田学園中学校・高等学校)になった。
- ^ この時、西大久保校舎は第一本科2クラス・第二本科の1年生・2年生と東京植民貿易語学校が10クラス(400名)、横網校舎に第二本科の3年生以上の10クラスが在籍した(東京保善商業は第一・第二本科合計900名在籍)。
- ^ この年8月小原直は内務大臣兼厚生大臣に就任、本所横網校舎で第二本科生全員で祝賀会を開く。
- ^ 保善中学校は昭和31年(1956年)3月もって募集を停止し、昭和34年(1959年)4月以降休校となった。
- ^ 在学生は現・明治学院大学に転籍、敷地は海城学園に売却され、一部が現・保善高校の敷地(旧体育館敷地)になる。
- ^ ここまでの出典は保善同窓会編、『昭和51年度卒業生名簿』1976年第2刷の「本編」・「編集後記」に拠った。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月30日 (月) 10:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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