保守党 (イギリス)
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保守統一党
Conservative and Unionist Party |
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|---|---|
| 党首 | デービッド・キャメロン |
| 成立年月日 | 1830年 |
| 庶民院(下院)議席数 |
197 / 646 (30%)
(2005年5月) |
| 貴族院(上院)議席数 |
未定 / 約700
(2009年9月●日現在) |
| 政治的思想・立場 | 中道右派 保守主義 |
| 公式サイト | The Conservative Party |
| シンボル | 青、緑 |
| 国際組織 | 国際民主同盟 |
保守統一党(ほしゅとういつとう、略称:保守党(ほしゅとう)、英:"Conservative and Unionist Party"、"Conservative Party")は、イギリスの政党。国際民主同盟加盟。党の俗称として"Tory"。
イギリスの二大政党の一つである。
正式名称はスコットランドと北アイルランド以外ではあまり使用されず、一般的に「保守党」を使用する。
目次 |
[編集] 歴史
前身は「トーリー党」である。これを1830年代から40年代に掛けて「保守党」として近代化したのがロバート・ピールである。
以降、20世紀初頭までは自由党と、1920年代以降は労働党と共に二大政党制を形成し、政権交代を繰り返している。
- 1846年穀物法廃止
- 1852年 第1次ダービー伯エドワード・ジョフリー・スミス・スタンレー政権成立
- 1858年 第2次ダービー伯エドワード・ジョフリー・スミス・スタンレー政権成立(-1859年)
- 1866年 第3次ダービー伯エドワード・ジョフリー・スミス・スタンレー政権成立(-1868年)
- 1867年第2回選挙法改正
- 1868年 第1次ベンジャミン・ディズレーリ政権成立
- この間の自由党のリーダーはウィリアム・グラッドストンで、彼らの元で政党政治が発展した
- 1884年第3回選挙法改正
- 1885年 第1次ソールズベリー侯ロバート・アーサー・タルボット政権成立(-1886年)
- 1886年 第2次ソールズベリー侯ロバート・アーサー・タルボット政権成立(-1890年)
- 1895年 第3次ソールズベリー侯ロバート・アーサー・タルボット政権成立(-1902年)
- 1902年 アーサー・バルフォア政権成立(-1905年)
- 1915年 自由党のハーバート・ヘンリー・アスキスを首班とする挙国一致内閣成立。
- 挙国一致内閣の成立は第一次世界大戦の影響による
- 1916年 首班がデビッド・ロイド・ジョージに代わり挙国一致体制継続(-1922年)
- 1922年 アンドリュー・ボナー・ロー政権成立(-1923年)
- 1923年 第1次スタンリー・ボールドウィン政権成立(-1924年)
- 1924年 第2次スタンリー・ボールドウィン政権成立(-1929年)
- 1931年 労働党出身のラムゼイ・マクドナルドを首班とする国民政府に参加(-1935年)
- 挙国一致内閣の成立は世界恐慌の影響による
- 1935年 第3次スタンリー・ボールドウィン政権成立。国民政府内閣。(-1937年)
- 1937年 ネヴィル・チェンバレン政権成立。国民政府内閣。(-1940年)
- 1940年 第1次ウィンストン・チャーチル政権成立。挙国一致内閣。(-1945年)
- 挙国一致内閣の成立は第二次世界大戦の影響による
- 1945年 ヨーロッパ戦線の終結により、挙国一致体制終了。保守党のみの選挙管理内閣となる。
- これを受けた総選挙の結果、イギリス史上初の労働党単独政権となるクレメント・アトリー政権が誕生し、イギリスの二大政党は保守党と労働党となる。
- 1951年 第2次ウィンストン・チャーチル政権成立(-1955年)
- 1955年 アンソニー・イーデン政権成立(-1957年)
- 1957年 ハロルド・マクミラン政権成立(-1963年)
- 1963年 ホーム伯アレック・ダグラス・ヒューム政権成立(-1964年)
- 1970年 エドワード・ヒース政権成立(-1974年)
- 1979年 マーガレット・サッチャー政権成立(-1990年)
- サッチャーは選挙で3連勝。さらに継投したメージャーも1度選挙に勝ち、保守党は通算4連勝。79年から97年までの18年間も政権にあった
- 国民の長期政権に対する飽き、経済状況の悪化、党内の対立などが原因とみられている。
- ブレア労働党政権がイラク戦争参戦で支持率を低下させたのにも拘らず、決定的な対立軸を打ち出せなかった。保守党も対イラク戦争には賛成していたので、反イラク戦争票の受け皿として第三党の自由民主党が伸長した。
[編集] 近時の党勢
「ニューレイバー」を標榜するブレア政権下、中流階級の支持は労働党や自由民主党へ流れ、支持層がイングランドの富裕層に偏るなど、党勢の衰退が指摘され、2005年の総選挙ではスコットランドで1議席しか獲得できず、一時はマスコミに「保守党は死んだ」とまで書かれるほど深刻な状況に陥った。しかし、総選挙の敗北を受けて行われた党首選で39歳のデービッド・キャメロンを選出したことで、徐々に党勢の立て直しに成功。一部世論調査の支持率で労働党を逆転した。2006年に行われたイギリスの統一地方選挙では1992年以来最高となる316議席を獲得。2007年に誕生した労働党ゴードン・ブラウン政権の支持率が低落する中、翌年3月の支持率調査では20年来で最高水準となる16%の差をつけてリードした。同年秋の金融危機では政権批判を強めたが、既存の金融エリートと保守党との深い繋がりから支持率が伸び悩むなど、旧来の支持層との関係において依然として困難な課題を抱えていることを露呈した。世界金融危機後は政策の保守色を薄めて中道化し、2009年に入り支持率に労働党と再び二桁の差をつけるなど、政権奪還に向けて攻勢を強めている。
[編集] 党首一覧
太字は首相経験者
- エドワード・ジョフリー・スミス=スタンリー (第14代ダービー伯爵)
- ソールズベリー侯ロバート・アーサー・タルボット
- ベンジャミン・ディズレーリ
- ロバート・ガスコイン=セシル (第3代ソールズベリー侯)
- アーサー・バルフォア
- アンドリュー・ボナー・ロー
- オースティン・チェンバレン
[編集] 1922年以降
これ以前は、庶民院と貴族院に別々の党首がいたが、1922年以降は統一された。
| 画像 | 就任 | 辞任 | 生没年 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | アンドリュー・ボナー・ロー | ![]() |
1922年10月23日 | 1923年5月22日 | 1858年9月16日 - 1923年10月30日 |
| 2 | スタンリー・ボールドウィン | ![]() |
1923年5月22日 | 1937年5月28日 | 1867年8月3日 - 1947年12月14日 |
| 3 | ネヴィル・チェンバレン | ![]() |
1937年5月27日 | 1940年10月9日 | 1869年3月18日 - 1940年11月9日 |
| 4 | ウィンストン・チャーチル | ![]() |
1940年10月9日 | 1955年4月7日 | 1874年11月30日 - 1965年1月24日 |
| 5 | アンソニー・イーデン | ![]() |
1955年4月7日 | 1957年1月9日 | 1897年6月12日 - 1977年1月14日 |
| 6 | ハロルド・マクミラン | ![]() |
1957年1月11日 | 1963年10月19日 | 1894年2月10日 - 1986年12月29日 |
| 7 | ダグラス・ヒューム | 1963年10月19日 | 1965年7月27日 | 1903年7月2日 - 1995年10月9日 | |
| 8 | エドワード・ヒース | 1965年7月27日 | 1975年2月11日 | 1916年7月9日 - 2005年7月17日 | |
| 9 | マーガレット・サッチャー | ![]() |
1975年2月11日 | 1990年11月28日 | 1925年10月13日 - 存命中 |
| 10 | ジョン・メージャー | ![]() |
1990年11月28日 | 1997年6月19日 | 1943年3月29日 - 存命中 |
| 11 | ウィリアム・ヘイグ | ![]() |
1997年6月19日 | 2001年9月13日 | 1961年3月26日 - 存命中 |
| 12 | イアン・ダンカン・スミス | ![]() |
2001年9月13日 | 2003年11月6日 | 1954年4月9日 - 存命中 |
| 13 | マイケル・ハワード | ![]() |
2003年11月6日 | 2005年12月6日 | 1941年7月7日 - 存命中 |
| 14 | デービッド・キャメロン | ![]() |
2005年12月6日 | 在任中 | 1966年10月9日 - 存命中 |
[編集] 外部リンク
- The Conservative Party(公式サイト)
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最終更新 2009年9月24日 (木) 06:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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