信濃町 (新宿区)

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信濃町(しなのまち)は、東京都新宿区にある地名・町名。新住居表示未実施。当地域の人口は、1,034人(2006年11月1日現在、住民基本台帳による。新宿区調べ)。

地名の由来は、当地に江戸時代幕臣永井尚政信濃守)の屋敷があったことによっている[1]

目次

[編集] 地理

新宿区の南部に位置する。地域北部は、須賀町と一部左門町に接し、東部から南東部にかけては、南元町に接する。東部の一部は、若葉三丁目に接している。南部は、JR中央線の線路などを境に、霞ヶ丘町に繋がり、西部は大京町に繋がる。

東京電力病院
(東京都新宿区)

外苑東通りの西側は、慶應義塾大学病院慶應義塾大学信濃町キャンパス(医学部)や東京電力病院、民音音楽博物館などが見られる。反対に地域南部の外苑東通りの東側では、創価学会本部など創価学会の関連施設が立ち並ぶ地域となっており、「学会村」とも呼ばれる[1]。地域の南端付近には中央・総武線信濃町駅がある。

地域中央を外苑東通りが縦貫している。幹線道路沿いは、各種ビルが立ち並ぶが、道路から離れると、主に地域北部は住宅地になっている。

[編集] 町名の変遷

1872年7月
1878年11月から四谷区)
1879年4月 1891年3月 1911年5月 1943年4月
四ッ谷東信濃町 東信濃町 信濃町
千駄ヶ谷西信濃町 南豊島郡千駄ヶ谷村)
字西信濃町
(四谷区に編入)
四ッ谷西信濃町
西信濃町
千駄ヶ谷仲町一丁目 (南豊島郡千駄ヶ谷村)
字火薬庫前
千駄ヶ谷仲町二丁目

[編集] 歴史

  • 1873年明治5年) 外苑東通りを境に四谷東信濃町と千駄ヶ谷西信濃町ができる。
  • 1943年昭和18年)四谷東信濃町と千駄ヶ谷西信濃町が合併し、信濃町となる。

[編集] 主な施設

  • 慶應義塾大学病院
  • 慶應義塾大学信濃町キャンパス
  • 東京電力病院
  • 創価学会本部(ほか関連諸施設も所在)
  • 文学座
  • 信濃町煉瓦館
  • 四谷郵便局

[編集] エピソード

  • 宗教事情や政界事情を語る際、創価学会のことを本部がある所在地である「信濃町」という隠語で表現することがある。
  • 「信濃町商店振興会」加盟店のステッカーは創価学会のシンボルである三色旗と同じく赤、黄、青の三色のものである[1]。また、町内では三色をワンポイントとして用いた商店等の看板が随所にみられる。

[編集] 脚注

  1. ^ 古川利明 『システムとしての創価学会=公明党』(第三書館 1999年10月25日) ISBN 978-4807499229

最終更新 2009年11月17日 (火) 07:01 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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