倉沢淳美
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| くらさわ あつみ 倉沢 淳美 |
|
| 本名 | 淳美 ラング |
|---|---|
| 別名 | (旧姓:倉沢) |
| 生年月日 | 1967年4月20日(42歳) |
| 出生地 | 神奈川県 |
| 国籍 | |
| 民族 | 日本人 |
| 血液型 | B型 |
| ジャンル | 女優・タレント |
| 活動期間 | 1982年から |
| 主な作品 | |
| 欽ちゃんのどこまでやるの | |
倉沢 淳美(くらさわ あつみ、1967年4月20日 - )は、日本のタレント・歌手。神奈川県出身。本名は淳美ラング(旧姓:倉沢)。堀越高等学校→日本女子体育短期大学保育科卒業。
目次 |
[編集] 人物
1982年、テレビ朝日の人気番組『欽ちゃんのどこまでやるの!?』で、『萩本家3人娘』が成長していったのをきっかけに登場するユニットわらべの「かなえ」役で芸能界にデビュー。その後、ソロのアイドル歌手として『プロフィール』、『ある愛の詩』、『卒業』、『六月の花嫁』ほか計10枚のシングルをリリースした。『卒業』は、1985年に倉沢と尾崎豊、斉藤由貴、菊池桃子の計4人が同名曲をシングルリリース、競作となり大きな話題を呼んだ。倉沢の曲が4人の中では最も売れなかったが、卒業式シーズンになると、現在でもいわゆる“卒業ソング”が、毎年発売されるきっかけとなった。
デビュー曲『プロフィール』は、その名の通り倉沢の生年月日、身長、性格、身体的特徴などを歌詞に盛り込んでおり、16歳という年齢を盛り込んだ松本伊代のデビュー曲『センチメンタル・ジャーニー (松本伊代)』と同様、歌手のプライバシーが盛り込まれた曲として一部で話題になった。
ソロデビュー直後の1984年4月上旬、札幌市内で行われたサイン会で、見知らぬ人物から刃物で斬り付けられ、軽傷を負った事件があった。
学研発行の学習雑誌で、料理コーナーの連載を持っていたことがある。
現在はオーストラリア人男性と結婚して渡豪。専業主婦のかたわら、時折わらべの再結成でテレビ出演している。3児の母でもある。
[編集] 出演
- まんがなるほど物語(1986 - 1988年、TBSテレビ)
- NISSANミッドナイトステーション ザ・欽グルスショー(1984年4月 - 1985年9月、TBSラジオ)
- 新春仕事人スペシャル 必殺忠臣蔵(1987年、ABC)
- さすらい刑事旅情編 第1シリーズ 第11回「九州横断SL列車「あそBOY」号・火の国の女の殺意」(1988年、ANB)
- 水曜グランドロマン・私のピノッキオ(1989年、NTV)
- 銭形平次 第1シリーズ 第3話「花嫁の幽霊」(1991年、CX) おゆき役
- 裸の大将放浪記・第63回「逃げろ逃げろ!子連れの清の子守歌・水沢編」(1993年、KTV)
- 徹子の部屋(テレビ朝日)
- 笑っていいとも! テレフォンショッキング(フジテレビ)
- 一枚の写真(フジテレビ)
- ライオンのごきげんよう(フジテレビ)
[編集] シングル
以下、ワーナー・パイオニアより発売
- プロフィール(1984年3月21日)
- ある愛の詩(1984年7月11日)
- 危険な夢(1984年10月25日)
- 卒業(1985年2月14日)
- 六月の花嫁(1985年5月29日)
- 女の子・秋・色とりどり(1985年8月28日)
- 作詞:ありそのみ、作曲:いけたけし、編曲:瀬尾一三
- 優しくてもサヨナラ(1986年6月10日)
- 作詞:ありそのみ、作曲:いけたけし、編曲:寺田十三男
- 忍ぶれど(1986年9月10日)
- 作詞:芹沢類、作曲:羽田一郎、編曲:若草恵
- 元気ですか?(1987年4月25日)
- センチメンタル・ミニ・ロマンス(1987年9月25日)
[編集] アルバム
以下、ワーナー・パイオニアより発売
- Massage ATSUMI KURASAWA VOL.I
- Private ATSUMI KURASAWA VOL.II
- 卒業 ほほえみがえし Bonjour! Nice et Mallorca
- Velvety ATSUMI KURASAWA VOL.IV
- SWEET ANGEL(ベスト)
以下、VIVIDより復刻盤+αとして発売
- シングル・コレクション〜スゥィート・エンジェル〜
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月6日 (金) 10:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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