偕行社
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偕行社(かいこうしゃ)は、日本の財団法人(防衛省・厚生労働省との共同所管)。旧陸軍将校及び陸上自衛隊・航空自衛隊幹部自衛官OBの親睦組織。
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[編集] 概要
会名の「偕行」とは詩経に収められている漢詩「修我甲兵 興子偕行」(鎧、うちもの、うち揃え 二人で行こうぜその時は)に由来し、“共に行こう”の意。毎月発行の機関紙「偕行」や南京戦史資料集、詔勅集等幾つかの書籍を発行している。
本来旧大日本帝国陸軍将校の親睦組織であったため、正会員は旧軍人に限られていたが会員の高齢化が進み13,000人を数えた会員も死亡による退会者が毎年500名を数える状況になり2001年(平成13年)の評議会において規則が改定され陸上・航空自衛隊の元幹部自衛官の正会員資格が認められるようになった。
[編集] 歴史
1877年(明治10年)に陸軍将校の集会所として設立されたことに始まり、陸軍軍人の英霊奉賛と戦争犠牲者の救済、会員同士の親睦を目的としている。第二次世界大戦終結後に一時解散したが1951年(昭和26年)頃から有志が集まり翌年復活、1957年(昭和32年)12月28日に財団法人化した。
旧海軍・海上自衛隊の親睦組織水交会は自衛隊関係者(現職、退職者、遺族・家族)が全会員の半数に上るが、偕行社では2006年(平成18年)12月末現在630名程に留まっている。しかしながら、将来の陸上自衛隊国軍化を睨み伝統の継承へ乗り出している。2006年4月、陸上幕僚長から各部隊宛、会の活動を支援せよとの通達が発され、翌07年からの一年間で400人もの幹部自衛官OBが新入会した事が明らかになった。
[編集] 歴代会長
戦前は、その時々の陸軍大臣が偕行社社長を兼務した。
- 鈴木孝雄:1954年(昭和29年)4月18日 - 1958年(昭和33年)7月20日
- 畑俊六:1958年(昭和33年)7月21日 - 1962年(昭和37年)5月10日(在任中逝去)
- 山脇正隆:1963年(昭和38年)2月6日 - 1969年(昭和44年)1月28日
- 菰田康一:1969年(昭和44年)1月29日 - 1974年(昭和49年)12月31日
- 辰巳栄一:1975年(昭和50年)1月1日 - 1978年(昭和53年)12月31日
- 杉山茂:1979年(昭和54年)1月1日 - 1980年(昭和55年)12月31日
- 竹田恒徳:1981年(昭和56年)1月1日 - 1989年(平成元年)12月31日
- 白井正辰:1990年(平成2年)1月1日 - ?
- 原多喜二:
- 役山明: - 2005年(平成17年)
- 山本卓眞:2005年(平成17年) -
[編集] 社会活動
[編集] 靖国偕行文庫
偕行社から靖国神社に建物と旧蔵書を奉納(寄贈)し、1999年(平成11年)より靖国偕行文庫として公開されている。同文庫には水交会から奉納(寄贈)された書籍も含まれるという。靖国神社ホームページの説明によれば、「靖国神社に鎮まる英霊の戦歿された当時の調査資料を整備し、その御遺徳を顕彰するとともに、後世の研究に資することを目的とした図書館」である。
[編集] 南京戦史
同社が出版した「南京戦史」及び「南京戦史資料集」は、「不確定要素はあるが、不法処理の疑いのあるもの3千乃至6千の存在」を認め(但し20万から30万人以上の大虐殺、いわゆる「南京大虐殺」を認めたものではない)謝罪している貴重な資料として、南京大虐殺論争に活用されている。「蒋介石総統は、終戦にあたり、「仇に報いるに徳をもってす」と、東洋道徳をもって我らを遇した。戦争という異常な事態とはいえ、その非違は、武士道に照らして、率直に中国国民に詫びるべきである。中国側の過大と思われる告発に対しては言うべきは言うが、われらの非は非とするのが隣人に対する紳士の態度であろう」(畝本正己)
[編集] その他
- 偕行社日露戦史刊行委員会 編著『大国ロシアになぜ勝ったのか---日露戦争の真実』芙蓉書房出版、2006年 ISBN 4-8295-0373-4
[編集] 脚注
- ^ 両主催団体のホームページ参照。
[編集] 外部リンク
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