児童養護施設
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児童養護施設(じどうようごしせつ)とは、「環境上、養護を要する(家庭環境が悪く、家庭での生活が困難)」と児童相談所長が判断した児童を養育する児童福祉施設である。略して養護施設(ようごしせつ)とも称する。その名称から養護学校や障害者入所施設などと混同されやすいが、直接の関係はない。
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[編集] 「環境上養護を要する」児童とは
以上のように、「保護者の健康上・経済上の理由などで監護を受けられない児童・保護者の元で生活させるのが不適当な状況にある」と児童相談所が判断した児童をいう。
[編集] 施設の概要
入所対象は1歳以上18歳未満であり、場合によっては20歳まで延長できる。1歳未満の場合は乳児院に引き取られる。
2005年(平成17)の児童福祉法改正によって、安定した生活環境の確保などの理由で特に必要な場合は、乳児も入所させることもできるようになり、同じように乳児院では1歳以上の幼児を入所させることができるようになった。厚生労働省「社会福祉施設等調査」では、平成19年(2007年)10月1日現在、児童養護施設は564施設、入所定員は33,917人、在所児(者)数は30,846人(在所率90.9%)である。施設では児童指導員や保育士が働いている。
- ひとり親家庭の保護者がやむをえない理由(病気・負傷など)で児童を養育できなくなったときの「ショートステイ」
- ひとり親家庭の保護者が残業などで帰宅が恒常的に夜間にわたるとき、放課後に児童を通所させ、生活指導・夕食の提供などを行う「トワイライトケア」
などを行っている施設も増加傾向にある。
以前は「孤児院」と呼ばれていたが、現在はむしろ孤児は少なく、親はいるが養育不可能になったため預けられている場合が圧倒的に多い。中でも、虐待のため実の親から離れて生活をせざるを得なくなった児童の割合は年々増加している(2006年3月の調査では6割に達した)。
介護施設職員同様に低賃金で、長時間労働や児童に対する職員の割合等、問題が山積しており改革が急務である。
[編集] 歴史
- 593年に聖徳太子が悲田院を作った。
- 和気広虫(和気清麻呂の姉)が藤原仲麻呂の乱で生じた孤児83人を育児院で保護した。
- 江戸時代は養育館、遊児厰(ゆうじしょう)が作られた。
- 1879年(明治12年)には東京に福田会育児院が、1887年(明治20年)には石井十次によって岡山孤児院が作られた。
- 1947年の児童福祉法の制定(1948年施行)に伴い、孤児院という名称を養護施設に改称
- 1997年の児童福祉法の改正(1998年施行)に伴い、名称を児童養護施設に改称
[編集] 施設の分類
- 大舎制
- 中舎制
- 小舎制
- グループホーム(地域小規模児童養護施設)
- 2000年から制度化された、本体施設から離れた場所に、一般住宅を利用して設置する施設。外観では養護施設と分からない。原則として定員6名。
[編集] 起きている問題
[編集] 傷害事件
施設で働く職員は、子供達の幸せを願い、奉仕と教育の精神を持ってこの仕事を選択した保育士や指導員がほとんどだが、まれに倫理意識に欠けている関係者がおり、これがしばしば社会問題化する。また、虐待や児童間のいじめ(リンチ)が行なわれがちであり、施設に対して国民の監視が必要である。 恩寵園事件は、最も悪質なことで有名になり、他の児童養護施設も誤解や偏見の目で見られるきっかけとなった。
[編集] 退所後の生活
1973年以降、特別育成費の支給によって入所児童の公立高校などへの進学が可能となった。1999年時点で施設入所者の83%が高校に進学しており(日本平均は97%)[要出典]、高校卒業者の8%が大学に進学している(日本平均は45%)[要出典]。
高校進学率は年々高まっているが、大学進学は学費や教育環境の面で厳しい場合も多い。また、社会通念や暗黙の了解による施設出身者の採用をためらう企業・個人事業主が圧倒的多数存在するため、近年では就職支援企業や、NPOの働きによる就職支援や保証人支援が必須となってくる。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月18日 (水) 11:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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