八丈島
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| 八丈島 | |
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![]() 衛星写真(左は八丈小島) |
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| 座標 | 北緯33度06分34秒 東経139度47分29秒 |
| 面積 | 62.52km² |
| 海岸線長 | 58.91km |
| 最高標高 | 854.3m |
| 所在海域 | 太平洋(フィリピン海) |
| 所属国・地域 | 日本(東京都) |
八丈島(はちじょうじま)は、伊豆諸島の島。行政区分は東京都八丈町。隣の八丈小島と区別するため、八丈本島もしくは八丈大島と呼ばれることもある。日本の気象庁によると火山活動度ランクCの活火山である。 1964年、富士箱根伊豆国立公園に指定。
目次 |
[編集] 地理
東京の南方海上287km、御蔵島の南南東方約75kmにあり、東山(別名:三原山・標高701m)と西山(別名:八丈富士・標高854m)のふたつの火山が接合した北西-南西14km、北東-南西7.5kmのひょうたん型をした島。
富士火山帯に属する火山島で、東山は約10万年前から約3700年前まで活動し、カルデラを形成したと考えられている。最終噴火は有史以前であり歴史記録上の噴火はない。西山は数千年前から活動を始めた新しい火山で、山頂に直径約500mの火口がある。1487年12月、1518年2月、1522年~1523年、1605年10月、1606年1月に噴火が記録されており、特に1606年の記録には、海底噴火によって火山島ができたとされる。
東山と西山の間にある低地には、20以上の側火山(寄生火山)があり、海岸近くには神止山などのマグマ水蒸気爆発による火砕丘がある。17世紀までに数回活動した記録があるが、規模は大きくなかったと考えられている。
気候は、暖流である黒潮の影響を受け、海洋性気候となっている。年平均気温は18℃程度となっており、高温多湿。年間を通して風が強く、雨が多いのが特徴。そのため、「常春の島」とも言われている。
[編集] 歴史
考古学的には縄文時代から人が住んでいて、中国大陸がルーツとされる石製装身具類(「の」の字型ペンダント他)が出土している。
律令制度においては東海道駿河国(のちに駿河国から伊豆国が分立。以後、伊豆国)に属する。室町時代には鎌倉に設置された室町幕府の出仕機関である鎌倉公方を補佐する関東管領の上杉憲顕が代官を派遣している。
平安時代に伊豆大島へ流罪となった源為朝が渡来し、八丈小島で自害した伝説が残っているが、八丈島の公式な流人第一号は、慶長5年関ヶ原の戦いに西軍石田三成方に属した宇喜多秀家である。
秀家の子孫は、秀家の正室であった豪姫の実家である加賀藩前田氏の援助を受けながら数家に分かれて存続し、明治維新後の1869年に至ってようやく赦免された(実際には「徳川の臣に下る」ことを条件とした赦免が用意されていたが、五大老まで務めた秀家がこれに甘んじることはなかった)。赦免と同時に直系の者は島を離れて板橋宿の加賀藩下屋敷跡に土地を与えられて移住したが、数年後に島へ戻った子孫の家系が現在も秀家の墓を守っている。
最後の流人(最後まで流刑状態にあった人物)は北方探検で知られる旗本近藤重蔵の嫡男、近藤富蔵である。1826年(文政9年)に殺人を犯して八丈島に遠島となり50年以上もの間、島で流人としての日々を送った。1880年(明治13年)にようやく明治政府により赦免。彼が流人生活の間に記した『八丈実記』は島の研究の資料として高く評価されている。
太平洋戦争の際には、連合軍の南方からの侵攻に備えるべく、小笠原諸島が陥落した際の次なる防衛拠点とされていた。また東日本では唯一の回天基地も造られた。結局八丈島での戦闘は起こらなかったものの、「防衛道路」や「鉄壁山」などにその跡が残っている。
戦後の八丈島は観光産業が発達し、1960年代にはその温和な気候から日本のハワイとの異名をとり、首都圏からの新婚旅行先としても人気が高かったが、海外旅行の制限が廃止され、本物のハワイが身近になった1970年代以降観光客の入込数は減少傾向にある。ただし現在でも観光が島にとって重要産業であることに変わりない。
[編集] 方言
古代関東方言の名残を残している独自の八丈方言を使用している。八丈島の方言は流人によって伝えられたものも多くあるが、くに(内地)から来た殿上人、宇喜多秀家ら主従の影響も強く残る。その多くは公家言葉を偲ばせるが、旧所領であった岡山の方言に通ずるものも少なくない。2009年、ユネスコから消滅危機言語と指定された。
[編集] 交通
[編集] 空港
[編集] 航空路
1日4便のうち、初便・最終便をエアバスA320型機、2・3便をボーイング737-500型機で運航し、八丈島からの第2便、及び羽田空港からの第3便が伊豆大島を経由している。これにより八丈島からの第3便の出発時間が、かつて直行便が運航していた頃よりも1時間以上遅れることになったが、島民にとっては長年の悲願であったヘリコミューター以外の大島路線の開設と、下記の条件付ながらも航空運賃の大幅な引き下げが実現した。
かつては、エアーニッポンがボーイング737-400型機を運航していた。愛称はアイランドドルフィン(機体側面にイルカが描かれているのが特徴で、初めて搭乗する人は遠くから見た際に、よくポケモンジェットと勘違いしていた)。八丈島路線のためにリース導入された機体であったが2005年9月末で八丈島路線の就航を終了した(その後北海道国際航空へのサブリースを経て現在はスカイネットアジア航空にサブリース中)。
- プラス1万人プロジェクト
羽田空港-八丈島路線について、2005年10月から「特割1」が設定され、実質値下げとなった。ただし、継続には2005年10月~2006年3月までの搭乗者が前年度実績より10%(1万人)上回ることを条件としており、実現せねば2006年4月から2005年9月以前の運賃に戻すとしていた。地域振興商品券の発行など利用促進に努め、2006年3月27日に目標を達成した。ただ、つなぎとめるため島民に利用を強いるよりも、地道な観光振興等による来島者の促進が本筋であるとの意見もある[1][2]。
[編集] 海路
東海汽船が貨客船さるびあ丸やかめりあ丸を、伊豆七島海運が貨物船を定期運航している。主に島北東部の底土港へ着岸するが、時化で使用できない時は南西部の八重根港へ着岸する事もある。
竹芝桟橋と小笠原諸島の父島間にテクノスーパーライナーが就航した際には、おがさわら丸を竹芝~八丈島航路向けに転用する計画があった。しかし、小笠原航路へのテクノスーパーライナー導入計画そのものが2005年に、折からの燃料費高騰等を理由に暗礁に乗り上げてしまった。更に、これを受けて東京都が代替策として小笠原での空港建設の検討を進めており、おがさわら丸の八丈島航路転用計画は実質、頓挫した状態になっている。
[編集] 八丈島の温泉
詳細は八丈島温泉参照
温泉施設も多く入浴料も安いため、温泉目的で訪れる旅行客も多い。
- ふれあいの湯
- やすらぎの湯
- 裏見ヶ滝温泉
- ブルーポート・スパ・ザ・BOON
- みはらしの湯
- 洞輪沢温泉
- 足湯きらめき
[編集] 特産品
- くさや
- 明日葉
- 焼酎 - この島産の焼酎は、薩摩からの流人が伝えたといわれる。大半が麦焼酎で、芋焼酎と称しているものもあるが実際は芋・麦の混合である。
- 黄八丈
- フェニックス・ロベレニー(シンノウヤシ)。八丈島の人は普段はロベと呼んでいる。
- フリージア
- パッションフルーツ
- ぶど - 海藻を煮出して味付けした八丈島独自の郷土料理。
[編集] 通信
2003年8月4日、ソフトバンクの孫正義社長が来島し「NTTがやらないのであれば我々がやる」と八丈島において、世界の離島初のブロードバンドを整備すると宣言。この一件が新聞によって報道された。こうして世間へ公にされると、ブロードバンドをめぐる状況が急変した。
現在、ヤフーBBによる24Mbpsによる八丈島でブロードバンド回線が開通し、それに追随してNTT東日本も伊豆諸島全体でフレッツADSLを開通させた。この問題は、末端の回線を独占してきたNTTに対して、離島であってもブロードバンドサービスの世界では、激しく競合すると言う事実を考えさせるきっかけとなった[3]。ちなみに伊豆諸島では八丈島と伊豆大島のみBフレッツサービスも提供されている。
[編集] その他
離島が舞台になっている映画やドラマのロケ地として使われることがたびたびあり、主な作品に『サイレン 〜FORBIDDEN SIREN〜』、『バトル・ロワイアル 』、『トリック劇場版2』、『るにん』などがある。漫画『ドラえもん』にも八丈島をモデルにしたと思われる「四丈半島」が、『キテレツ大百科』には「百丈島」が、映画『ガンヘッド』には「Island of 8JO(8JO島)」が、登場する。NHK番組『ひょっこりひょうたん島』は八丈島がモデルになっていると言われている。
また、島に関する書籍としては、浅沼良次『流人の島―八丈風土記』(1959年、日本週報社)がある。








