八名郡
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[編集] 位置
愛知県東部の静岡県に接する地域で、三河地方の朝倉川以北の概ね豊川・宇連川の左岸(一部例外あり)にあった郡。
現在の豊橋市朝倉川北岸、新城市南東部および豊川市の一部が該当する。郡域は、東三河4郡で最も狭く、いち早く市域となり郡域は消滅した。
[編集] 歴史
7世紀後半の木簡が出土しないことから、大宝律令成立以後の8世紀に成立したと思われる。豊橋市域だと、石巻(山、神社)、多米(トンネル)など。
郡の名前は古代の部民(べのたみ)である八名部が多く住んだことから名付けられたという説や、簗が多く設けられたことから命名されたという説がある。
戦国時代、郡南部(現在の豊橋市西郷校区辺り)に2代征夷大将軍徳川秀忠生母西郷局(名は愛)を出した三河西郷氏(三河国守護代の西郷家の同族と言う)が本拠を置いていた。具体的には、月ヶ谷(わちがや)城{同市嵩山(すせ)町}を大永年間、五本松城{同市石巻中山町(西郷校区)}を西郷正勝が1561年(永禄4年)に築城、天文年間に西郷清員が西川城{同市石巻西川町(西郷校区)。後、三河吉田藩主小笠原長矩の弟小笠原長秋が2000石を受けここに陣屋を置いたと言う。}を築城したとされる。近世以降、八名郡は「やなぐん」と呼ばれた。明治維新直前岡部藩主安部信発(安部氏、あんべ)が武蔵国岡部(埼玉県深谷市)から陣屋を半原村(現、新城市)に移して、半原藩が発足したが、すぐ版籍奉還を迎えた。
明治維新後の八名郡役所は富岡村(半原村他が合併;のちの八名村)に置かれた。
明治初期、広域から生徒を集めた八名高等小学校(富岡村)により、教育のメッカになったが、すぐ衰退し、第一次産業以外のさしたる産業のない地域になった。その中で郡の北部の大野町(現・新城市大野)は、秋葉街道の宿場町から発展した経済の中心として栄え、八名郡で唯一町制を敷いた。大野町に置かれた大野銀行は1945年(昭和20年)東海銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に合併されるまで、八名郡はもとより東三河全域の経済を支配する銀行として君臨した。
戦前には、1926年(大正15年)4月、下川村に愛知県立豊橋第二中学校[現・愛知県立豊橋東高等学校{現在は豊橋市向山町(旧渥美郡)に移転。}](ナンバースクール)が置かれた(現・豊橋市牛川町字洗嶋)。これは、豊橋市と誘致を争った八名郡大野町に配慮して八名郡内に設置されたと考慮される。この旧制中学校の豊橋二中の跡地は新制中学校の豊橋市立青陵中学校になっている。
しかしながら、大正の郡制廃止後、八名郡役所の置かれた八名村は警察署以外の官公庁を失い、太平洋戦争直前の下川村、石巻村多米地区の豊橋市への合併や八名郡を管轄する八楽地方事務所の南設楽郡新城町への設置で、郡全体はいよいよ零細郡の色彩を強くし、南北設楽郡と併せて八楽(はちらく)地方と総称されることが多くなった。
戦後は、経済を支配していた大野銀行や八名郡全体を管轄した富岡警察署を合併で失い、町村合併促進法施行以後、豊橋市や豊川右岸の自治体との対等/吸収合併が相次ぎ、1956年(昭和31年)9月30日の山吉田村の南設楽郡鳳来町へ編入を最後に、八名郡の名前は住居表示から消えることになった。
現在は、新城市南部の中学校名および小学校名に八名の名を止めるのみだが、小学校名は新城市市制施行後の命名である。 また、総称の八楽も地元タクシー会社やパン会社の社名に止まるのみである。
[編集] 町村制施行以降の沿革
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行に伴い、八名郡に18の村が成立する。(18村)
- 1890年(明治23年)10月20日 - 大野村から名号村・名越村・能登瀬村・井代村・睦平村・細川村が分立。(24村)
- 1892年(明治25年)4月18日 - 大野村が町制施行し大野町となる。(1町23村)
- 1892年(明治25年)12月23日 - 美米村が多米村・三輪村に分割。(1町24村)
- 1906年(明治39年)7月1日(1町11村)
- 高岡村・名号村・名越村・能登瀬村・井代村・睦平村・細川村が合併し、七郷村が発足。
- 乗本村・日吉村が合併し、舟着村が発足。
- 長部村・富岡村が合併し、八名村が発足。
- 下条村・牛川村が合併し、下川村が発足。
- 多米村・三輪村・玉川村・嵩山村・西郷村が合併し、石巻村が発足。
- 1920年(大正9年)8月1日 - 豊津村・橋尾村が合併し、大和村が発足。(1町10村)
- 1932年(昭和7年)9月1日 - 下川村、石巻村の一部(多米)が豊橋市に編入。(1町9村)
- 1951年(昭和26年)4月1日 - 金沢村・賀茂村が合併し、双和村が発足。(1町8村)
- 1954年(昭和29年)4月1日 - 大和村が宝飯郡一宮村に編入。(1町7村)
- 1955年(昭和30年)3月1日 - 石巻村が豊橋市に編入。(1町6村)
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 双和村が豊橋市と宝飯郡一宮村に分割編入。(1町5村)
- 1955年(昭和30年)4月12日 - 三上村が豊川市に編入。(1町4村)
- 1955年(昭和30年)4月15日 - 舟着村・八名村が南設楽郡新城町・千郷村・東郷村と合併し、南設楽郡新城町が発足、郡より離脱。(1町2村)
- 1956年(昭和31年)4月1日 - 大野町・七郷村が南設楽郡長篠村・鳳来寺村と合併し、南設楽郡鳳来町が発足、郡より離脱。(1村)
- 1956年(昭和31年)9月30日 - 山吉田村が南設楽郡鳳来町に編入。同日八名郡消滅。
[編集] 関連項目
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