八条院領
八条院領の最新ニュースをまとめて検索!
八条院領(はちじょういん-りょう)は、中世の荘園公領制下における王家領荘園群の一つ。院御所鳥羽殿東殿の仏堂の後身の安楽寿院領を中心に鳥羽院領と美福門院領を相続した八条院暲子内親王の所領を起源とする。八条院→春華門院昇子内親王→順徳天皇→後高倉院→安嘉門院→亀山院→後宇多院→昭慶門院憙子内親王→後醍醐天皇に伝わり大覚寺統の主要な経済基盤となった。
[編集] 八条院領と治承・寿永の乱
治承4年(1180年)、八条院の猶子である以仁王が反平氏の兵を挙げた以仁王の挙兵の際、以仁王の令旨が八条院領荘園に伝えられた。また、この挙兵]は美福門院から八条院に仕えてきた源頼政一族、八条院蔵人の源行家・源仲家、八条院領荘園の在地領主であった足利義清・下河辺行義といった武士が関係していた。
[編集] 八条院領と元弘の変
元弘元年(1331年)の元弘の乱の際は、後醍醐天皇の綸旨が八条院領荘園に伝えられ、八条院(安楽寿院)領足利荘の足利高氏の挙兵の契機の一つとなったとされる。
[編集] 関連項目
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年11月4日 (水) 11:25 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【八条院領】変更履歴

