公孫康
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公孫 康(こうそん こう、生没年不詳)は、後漢末期から三国時代にかけての遼東郡の群雄。家系は公孫氏。公孫度の嫡男で、公孫恭の兄。公孫晃や、その弟で後に魏に謀反した公孫淵の父に当たる。
襄平の人。203年、父の死後、後を継いで太守となった。207年に袁煕、袁尚らが曹操に追われて遼東郡に逃れてきたとき、袁尚らがいることを理由に曹操が攻めてくることを恐れ、袁尚らを殺し、その首を曹操へ差し出した。これにより、曹操から襄平侯、左将軍に任命された。
没年は詳しく分かっていないが、曹丕の代まで生きていたらしく死後、曹丕から大司馬を追贈された。
公孫康は、建安9年(204年)楽浪郡18城の南半、屯有県(現・黄海北道黄州か)以南を裂いて帯方郡を設置し、韓や倭まで勢力を広げた。
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