公立豊岡病院組合

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公立豊岡病院組合(こうりつとよおかびょういんくみあい)とは、地方自治法に基づいて設置された公立病院運営のための一部事務組合である。兵庫県豊岡市朝来市からなる。同組合が運営する病院は「公立豊岡病院組合立」となる。

豊岡病院を中心に、日高医療センター出石医療センター梁瀬医療センター和田山医療センターの計5病院を運営している。この項目では、豊岡病院以外の各病院についても記す。

目次

[編集] 概要

構成市
豊岡市、朝来市
主たる住所
兵庫県豊岡市戸牧1094番地
管理者(平成17年4月1日より専任)
進藤重亀(平成17年4月1日-平成21年4月1日)
青木俊彦(平成21年4月1日-現在)
組合議員
14名(内 豊岡市10名、朝来市4名)
運営病院
豊岡市:豊岡病院(戸牧)、同日高医療センター(日高町岩中)、同出石医療センター(出石町福住)
朝来市:朝来市梁瀬医療センター(山東町矢名瀬)、同和田山医療センター(竹田)

[編集] 日高医療センター

25x25px 日高医療センター
情報
正式名称 公立豊岡病院組合立豊岡病院日高医療センター
前身 公立豊岡病院日高分院→公立日高病院
標榜診療科 総合
許可病床数 100床
一般病床:58床
療養病床:36床
開設年月日 昭和22年(1947年)9月1日
所在地
〒669-5392
兵庫県豊岡市日高町岩中81
電話 0796-42-1611(代表)
(PJ 医療機関)
  

日高医療センター(ひだかいりょうセンター)は、豊岡市日高町岩中にある総合病院。正式名称は『公立豊岡病院組合立豊岡病院日高医療センター』である。1947年(昭和22年)に日高分院として開設され、日高病院となった後、2007年(平成19年)より現病院名となった。

[編集] 出石医療センター

25x25px 出石医療センター
情報
正式名称 公立豊岡病院組合立豊岡病院出石医療センター
前身 公立豊岡病院出石分院
許可病床数 55床
開設年月日 昭和25年(1950年)8月
所在地
〒668-0263
兵庫県豊岡市出石町福住1300
電話 0796-52-2555 (代表)
(PJ 医療機関)
  

出石医療センター(いずしいりょうセンター)は、豊岡市出石町福住にある病院。正式名称は『公立豊岡病院組合立豊岡病院出石医療センター』である。1950年(昭和25年)に出石分院として開設され、出石病院となった後、2007年(平成19年)より現病院名となった。

当病院は、老人保健施設、特別養護老人ホ-ム、保険福祉センター、出石訪問看護ステーション、眼科開業医、薬局に隣接し、官民共同で「ふれあいの里」と呼ばれる福祉ゾーンを形成している。他の病院では「もう食べられない」とされるような嚥下障害(食物をうまく飲み込めない障害)の患者を積極的に受け入れ、入院治療・リハビリを行い、家庭に戻す老人再生医療に定評がある[1][2]

ところが、但馬全体の勤務医不足により、豊岡病院と八鹿病院(養父市)に医師を集約する方針がとられたあおりを受け、病床を老人保健施設などへ転換し、常勤医2名の無床診療所化する方針が打ち出された。住民説明会では出石・但東地域の住民および現場医師から反対意見が噴出した[3]。常勤医3名の病院縮小に計画が変更されたものの、「議論の進め方が乱暴すぎる」として青木院長(当時)が抗議の退職を行った[4]。規模縮小後、医師からは「一人でも倒れたらどうなるのか」と不安の声が上がっている[5]

[編集] 梁瀬医療センター

25x25px 梁瀬医療センター
情報
正式名称 公立豊岡病院組合立朝来梁瀬医療センター
前身 公立豊岡病院梁瀬分院→公立梁瀬病院
許可病床数 35床
一般病床:35床
機能評価 一般100床未満:Ver4.0
開設年月日 昭和37年(1962年)9月3日
所在地
〒669-5103
兵庫県朝来市山東町矢名瀬900-1
電話 079-676-3151(代表)
(PJ 医療機関)
  

梁瀬医療センター(やなせいりょうセンター)は、朝来市山東町矢名瀬にある病院。正式名称は『公立豊岡病院組合立朝来梁瀬医療センター』である。1962年(昭和37年)に梁瀬分院として開設され、梁瀬病院となった後、2007年(平成19年)より現病院名となった。

公立豊岡病院組合の各病院は概ね赤字経営が続いているが、当病院は黒字が続いていた[6][7]。また、地域の医師会との連携などで、旧山東町住民の医療費は周辺地域と比較して低くなっていた。 常勤医は自治医科大学出身の医師で占められており、へき地にもかかわらず養成医師の派遣先として人気は高く、義務年限を超えても当病院に留まる医師も多かったといい、小規模病院の成功例とされる[8]

出石病院同様に病院縮小の方針が打ち出され、旧山東町住民の99.5%からの反対署名が集められたにもかかわらず、常勤医が5名から3名に減らされた。2007年9月より、時間外救急患者の受け入れを中止し、入院診療および外来診療も制限されるようになり、さらに同病院に常勤として残る予定であった内科医が体力的な不安から退職し、常勤医がわずか2名となり、常勤の内科医はいなくなったことから、「病院機能は著しく低下した」との指摘がある[9]。また、前述のように当病院は黒字経営を続けてきたが、入院・外来の制限の影響で、1億円(平成19年度補正予算)の赤字に転落する見込みとなったことから、病院再編に疑問の声が上がっている[10]

[編集] 和田山医療センター

25x25px 和田山医療センター
情報
正式名称 公立豊岡病院組合立朝来和田山医療センター
前身 北兵庫整形外科センター→北兵庫整形内科外科センター→和田山病院
標榜診療科 総合
許可病床数 139床
一般病床:103床
療養病床:36床
機能評価 一般100床以上200床未満:Ver5.0
開設年月日 昭和42年(1969年)7月
所在地
〒669-5252
電話 079-676-3151(代表)
(PJ 医療機関)
  

和田山医療センター(わだやまいりょうセンター)は、朝来市竹田にある総合病院。正式名称は『公立豊岡病院組合立朝来和田山医療センター』である。1967年(昭和42年)に北兵庫整形外科センターとして開設され、北兵庫整形内科外科センターを経て、総合病院としての和田山病院となった後、2007年(平成19年)より現病院名となった。

北兵庫整形外科センターとして発足したことが示すように整形外科を特徴とする病院である。医療再編により梁瀬医療センターの救急患者受け入れが事実上休止したことから、急患の受け入れが前年比1.7倍と激増し、問題となっている。また、当病院は整形外科を中核にすえた医療体勢となっているため、消化器の手術などには対応することができずに、搬送を断るケースも多くなっている[9]

[編集] かつて運営していた病院

浜坂病院
1957年(昭和32年)、美方郡浜坂町に浜坂分院として開設され、後に浜坂病院に改称した。美方郡浜坂町、同郡温泉町の豊岡病院組合からの脱退により、1973年(昭和48年)3月に一時廃院となった。同年5月に浜坂町立の公立浜坂病院として再開をはたし、現在は市町村合併により新温泉町立となっている。
和田山病院
1961年(昭和36年)、朝来郡和田山町に和田山分院として開設され、後に和田山病院に改称した。北兵庫整形外科センター(後の和田山病院で、現和田山医療センター)の開設に伴い、1967年(昭和42年)に廃止された。

[編集] 歴史

明治四年「豐岡縣醫局開設布告文」によって廃藩置県により、豊岡藩が豊岡県になったときと同時に設置された。以下原文

  • 明治四年 豐岡縣醫局開設布告文
本縣下ハ山陰山僻ナレバ
常ニ世風ニ後レ
文明ノ氣運ヲ吸收スル能ハズ
不幸疾病ニ罹ルトキハ
是ヲ保護スル衞生行屆カズ
非命ニ死スモノ不尠
誠ニ愍然至リニ不尠
因テ此ノ度ビ
於豐岡表
假醫局相立候間
治療可願出事
メイヂヨネン
トヨヲカケンイキヨクカイセツフコクブン
ホンケンカハサンインサンヘキナレバ
ツネニセフウニオクレ
ブンメイノキウンヲキフシウスルアタハズ
フカウシツペイニカカルトキハ
コレヲホゴスルエイセイユキトドカズ
ヒメイニシスモノスクナカラズ
マコトニビンゼンイタリニスクナカラズ
ヨツテコノタビ
トヨヲカオモテニオイテ
カリイキヨクアヒタチサフラフアイダ
チレウネガイイヅベキコト

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 神戸新聞2006年12月24日
  2. ^ 神戸新聞2007年7月16日
  3. ^ 神戸新聞2007年1月21日
  4. ^ 朝日新聞2007年3月3日
  5. ^ 神戸新聞2007年7月15日
  6. ^ ほすぴたる13号
  7. ^ ほすぴたる17号
  8. ^ 神戸新聞2007年7月29日
  9. ^ 神戸新聞2007年12月29日
  10. ^ 但馬民報2007年10月4日

[編集] 外部リンク

[編集] 参考文献

  • 豊岡市史
  • ほすぴたる
  • 広報とよおか

最終更新 2009年12月6日 (日) 07:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【公立豊岡病院組合】変更履歴

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