六郷町 (山梨県)
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六郷町(ろくごうちょう)は、山梨県にあった町である。町名は6か村合併であったことにちなむ。
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[編集] 地理
県南西、郡西端部に位地。河内地方の中心にあたり、西の田富町との境には富士川が流れる。
[編集] 歴史
古代には八代郡川合郷に属すると考えられている。岩間牧は平安時代に左大臣藤原頼長が領した牧で、頼長が保元の乱で敗死すると後白河法皇に没収された。牧から庄園に移行し、建暦3年(1213年)に和田義盛の乱平定に貢献した伊賀氏に与えられ、岩間氏を称する。
岩間には武田氏の伝間宿であった岩間宿があり、近世には甲斐と駿河を結ぶ駿州往還(河内路)の宿となる。
山間部で耕地が少なく農業生産力が低いため、印章や足袋などの地場産業が発達した。印章は明治初期の県令藤村紫朗による殖産興業政策として水晶加工を奨励し、研磨技術を応用して発展した産業であり、全国の生産高のうちおよそ半分を占めることもあった。足袋生産は岩間村で農閑期の副業としてはじめられ、岩間足袋は陸軍御用に命じられ明治後期に盛んで、靴下の普及により衰退するまで続いた。町内を南北に富士川が貫流し中心集落は富士川沿いの岩間であった。JR身延線の線路が山田川に沿って走り町内には甲斐岩間駅と落居駅が設けられていた。
落居にある浄善寺の鰐口は県指定文化財。また、山田の神楽獅子は県指定無形民俗文化財。
2005年10月1日、隣接する市川大門町および三珠町と対等合併し、市川三郷町となった。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
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最終更新 2009年6月10日 (水) 10:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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