内山亜紀

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内山 亜紀(うちやま あき、1953年?[1] - )は、日本漫画家東京都板橋区出身。本来は本名の野口 正之名義で作品を発表していた。ロリコンマンガの王様、オムツマンガの帝王と呼ばれた。

目次

[編集] 経歴

東京都板橋区生まれで本名は○○美沙子であると自称[2]東京デザイナー学院卒業後、会社勤務を経て、1979年『漫画ハンター』でデビュー。初期は劇画タッチで標準的な成人漫画を描いており、やがて内山亜紀名義でロリコンマンガを描き始めて人気を博したが、女の子の漫画の注文が来たので描いていただけで、当初はロリコンという言葉すら知らなかった。意識して小さな女の子を描くようになったのは、『月刊OUT』に作品を発表し始めた1979年頃からのことである。やがて1980年代初頭にはロリコンマンガの売れっ子ナンバーワンとなり、一時期は月産160ページを誇っていた[3]

[編集] 作風

ロリコンブームの最盛期には『週刊少年チャンピオン』に連載『あんどろトリオ』を執筆、一方でロリコン誌『レモンピープル』ではそのパロディ『あんころトリオ』を連載した。この2作も含めて、この頃の作品には「つかさ」という名前の7~10歳の幼女が身近な成人男性にわいせつ行為を受けるという内容の物が多く、その多くにオムツプレイが登場している。中には内山本人がロリコン青年として登場し、そうした行為に及ぶ作品もいくつか見られるが、前述の経緯からして実際に本人がロリコンかどうかは定かではない。また1984年放送のTVアニメ『超時空騎団サザンクロス』の初期キャラクターデザインを手掛けたが、結局ボツになっている。1990年代以降は10代少女を題材にした作品が主になっている。

[編集] その他

実家は東京でとんかつ食堂を営んでおり、しばしば作品内で店名や住所まで記載していたために多くのファンが訪れていた(経営者である父親の死去に伴い閉店)。また、他の作家の絵の物まねが得意で、作品中によく他人の絵柄のキャラが描かれていた他、実家にも有名作家のサインを内山が摸作した色紙が数多く置かれていた。

[編集] 著書

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[編集] 外部リンク

[編集] 脚註

  1. ^ 公式プロフィールでは1983年3月3日生まれとされているが、作品の発表年からするとまずあり得ない。一部で「娘が二代目として執筆している」とする記述もあるが確証は無い。なお『アニメージュ1982年5月号では「29歳」と紹介されている([1])。
  2. ^ http://starcollector.under.jp/pro.htm
  3. ^アニメージュ1982年5月号

最終更新 2009年6月15日 (月) 15:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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