内藤やす子(ないとうやすこ 1950年9月28日- )は、歌手。神奈川県横浜市出身。浪曲師の両親の間に生まれた。青江三奈や藤圭子に勝るとも劣らない独特のハスキー調の迫力ある歌声が特徴。1975年のデビュー以来、多くのヒットソングを生み出す。宇崎竜童と阿木燿子夫妻が多くの楽曲を提供している。ブルースと演歌をミックスしたような歌唱法で知られる。血液型A型、身長155cm、体重42kg。豊島岡女子学園高等学校中退。
[編集] 来歴
1975年に「弟よ」でデビュー。1976年の「想い出ぼろぼろ」が大ヒットし、この年の新人賞を総なめにする。翌年の大麻不法所持で一時芸能活動を停止した後、1984年にリリースした「六本木ララバイ」がヒットし、1986年の「あんた」は映画「極道の妻たち」のテーマ曲としてカラオケの定番となる。1989年の「NHK紅白歌合戦」に初出場。ディナーショーなどを中心に歌手活動を続けていたが、2006年5月28日、脳内出血で倒れて入院。同年7月6日に退院し、現在復帰に向けて自宅療養中である。
[編集] 大麻取締法違反
1977年9月30日、実力派シンガーとして着実に人気と実績を築く中、ハンドバッグの中から大麻がみつかり大麻取締法違反で逮捕(起訴猶予)され、芸能活動を自粛した。この年は、7月に岩城滉一が覚醒剤取締法違反で逮捕されたのを皮切りに、ジョー山中、井上陽水、桑名正博、内田裕也、研ナオコ、美川憲一、にしきのあきら、上田正樹などの歌手が次々と大麻所持で逮捕された。入手ルートのジャズ喫茶経営者から、大麻を吸引する芸能人が割り出され、芋づる式に検挙された。この年に逮捕された芸能関係者は60名を超え、マスメディアが「芸能界大麻汚染」と名づける大スキャンダルとなった。内藤は、前日に逮捕された研ナオコの日記から犯行が露見した。この時に逮捕された芸能人には、内藤より年齢やキャリアが上回る大物も少なくなったが、逮捕時点でもっとも曲がヒットしていた内藤は、芸能メディアの格好の標的にされた。人気の新人歌手であったがゆえに、この事件は内藤のシンガーとして経歴に大きな痛手となった。
[編集] ディスコグラフィ
- 「弟よ」 (1975.11.01)
- 「淋しい天使」 (1976.04.25)
- 「想い出ぼろぼろ」 (1976.09.01)
- 「私のいい人」 (1977.03.01)
- 「ターゲット」 (1977.07.10)
- 「やさしさ尋ね人」 (1979.03.01)
- 「こころ乱して運命かえて」 (1983.01.25)
- 「ラヴ・イズ・オーヴァー」 (1983.10.21)
- 「野暮」 (1984年)
- 「六本木ララバイ」 (1984.10.21)
- 「わたしを棄てたらこわいよ」 (1986.04.05)
- 「あんた」 (1986.10.16)
- 「街角すみれ」
- 「落日」 (1988.02.21)
- 「恋通り」 (2000.11.18)
- 「鴎~グラロス~」 (2004.02.04)
[編集] CMソング
[編集] 主なテレビ出演
[編集] 著書
- 『迷って生きて』(日本放送出版協会)1993年6月
[編集] 受賞歴
- 銀座音楽祭(1976年)第6回 グランプリ
- FNS歌謡祭グランプリ(1976年)第3回 最優秀新人賞
- 日本有線大賞(1976年)第9回 新人賞 、最優秀新人賞(想い出ぼろぼろ)
- 全日本有線放送大賞(1976年)第9回 最優秀新人賞
- 日本レコード大賞(1976年)第18回 最優秀新人賞
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日本有線大賞最優秀新人賞歴代受賞者 |
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| 第8回 - 第10回(1975年 - 1977年) |
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| 第11回 - 第20回(1978年 - 1987年) |
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| 第21回 - 第30回(1988年 - 1997年) |
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| 第31回 - 第40回(1998年 - 2007年) |
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| 第41回 - 第50回(2008年 - 2017年) |
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FNS歌謡祭歴代最優秀新人賞受賞者 |
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| 1974年 - 1983年 |
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| 1984年 - 1990年 |
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| 1974年は最優秀ホープ賞として発表。1991年からはショータイム形式に変更。 |
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