円爾
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円爾(えんに、建仁2年10月15日(1202年11月1日) - 弘安3年10月11日(1280年11月10日))は、鎌倉時代中期の臨済宗の僧。駿河(静岡県)の出身。諡号(しごう)は聖一国師(しょういちこくし)。
建仁2年(1202年)、駿河国安倍郡栃沢(静岡市)に生まれる。幼時より久能山久能寺の堯弁に師事し、倶舎論・天台を学んだ。18歳で得度し、上野長楽寺の栄朝、次いで鎌倉寿福寺の行勇に師事して臨済禅を学ぶ。嘉禎元年(1235年)、宋に渡航して無準師範(ぶしゅんしばん、1178年 - 1249年)の法を嗣いだ。法諱は初め弁円と称し、円爾は房号であったが、後に房号の円爾を法諱とした(道号はなし)。なお、「円爾弁円」と4字で表記される場合もあるが、前述のとおり円爾には道号はなく、新旧の法諱を併記した「円爾弁円」という表記は適切ではない。
仁治2年(1241年)、宋から日本へ帰国後、上陸地の博多にて承天寺を開山、のち上洛して東福寺を開山する。宮中にて禅を講じ、臨済宗の流布に力を尽くした。その宗風は純一な禅でなく禅密兼修で、臨済宗を諸宗の根本とするものの、禅のみを説くことなく真言・天台とまじって禅宗を広めた。このため、東大寺大勧進職に就くなど、臨済宗以外の宗派でも活躍し、信望を得た。
晩年は故郷の駿河国に戻り、母親の実家近くの蕨野に医王山回春院を開き禅宗の流布を行った。また、宋から持ち帰った茶の実を植えさせ、茶の栽培も広めたことから静岡茶(本山茶)の始祖とも称される。墓所ともなった「医王山回春院」の名は茶の持つ不老長寿の効能をうたったものと伝えられる。
没後の応長元年(1311年)、花園天皇から「聖一」の国師号が贈られた。
[編集] 語録
- 聖一国師語録
- 仮名法語



