出雲大神宮
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| 出雲大神宮 | |
|---|---|
![]() 本殿と拝殿 |
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| 所在地 | 京都府亀岡市千歳町千歳出雲無番地 |
| 位置 | 北緯35度3分32秒 東経135度34分42秒 |
| 主祭神 | 大国主命 三穂津姫尊 |
| 社格等 | 式内社(名神大) 丹波国一宮 国幣中社 |
| 本殿の様式 | 三間社流造 |
| 別名 | 元出雲・千年宮 |
| 例祭 | 10月21日 |
出雲大神宮(いずもだいじんぐう)は、京都府亀岡市にある神社である。式内社(名神大社)、丹波国一宮。旧社格は国幣中社で、第二次世界大戦後は神社本庁などの包括宗教法人に属さない単立神社となっている。旧称は出雲神社。「元出雲」の通称があり、背後に「千年山」という神体山があることから「千年宮」とも呼ばれる。いわゆる出雲大社は明治時代に至るまで杵築大社を称していたため、江戸時代末までは、出雲神社と言えばこの現・出雲大神宮を指していた。
吉田兼好が徒然草の第236段で記した「丹波に出雲と云ふ処あり」の「出雲」とはこの神社のことである。
また、地元でも混同されがちだが亀岡市下矢田町にある出雲大社教の出雲大社京都分院や島根県の出雲大社とは別法人の神社である。ただ、出雲大社との関係は深かったようで、境内に建つ「国幣中社 出雲神社」の社名標は出雲大社の元・宮司で出雲大社教の創始者であり、唱歌「一月一日」の作詞者でもある千家尊福の筆による。
目次 |
[編集] 祭神
現在は大国主命と三穂津姫尊(みほつひめのみこと)を主祭神とし、天津彦根命・天夷鳥命を配祀するとしている。大国主命は別名 三穂津彦大神・御蔭大神としている。三穂津姫尊は高産霊尊の子で、大国主の国譲りの際に大国主の后となったと伝えている。
当社の祭神については、天津彦根命・天夷鳥命・三穂津姫命の三柱とする説や、元々は三穂津姫尊一柱のみであるという説もある。
大国主命については、出雲国の出雲大社(杵築大社)から勧請したとされるが、逆に出雲大社の方が当社より勧請を受けたものとする説もあり、俗に「元出雲」とも呼ばれる。当社の由緒書きには、『丹波国風土記』に「元明天皇和銅年中、大国主命御一柱のみを島根の杵築の地に遷す」との記述があるとしている。
[編集] 歴史
創建の年代は不詳であるが、社伝では和銅2年(709年)10月21日に社殿を建立したと伝える。国史の初見は『日本紀略』の弘仁8年(818年)12月16日条「丹波国桑田郡出雲社、名神に預る」という記述であり、この時代にはすでに有力な神社になっていたことがわかる。延喜式神名帳では名神大社に列している。正応5年(1292年)には神階が最高位の正一位まで昇った。明治4年(1871年)5月14日には国幣中社に列せられた。
[編集] 社殿
現在の社殿は、足利尊氏によって貞和元年(1345年)に改修されたものと伝え、国の重要文化財に指定されている。
かつては36社の摂末社を有していたが、兵火により失われ、現在は上の社、黒太夫社、笑殿社、春日社、稲荷社、崇神天皇社の6社がある。
[編集] 祭礼
- 1月15日 粥占祭
- 4月18日 鎮花祭 - 「出雲風流花踊」が奉納される。本来は雨乞いの踊りだったとされる。一時断絶していたが昭和初期に復興された。
- 8月18日 秋祭(法会)
- 10月21日 例祭
[編集] 文化財
- 重要文化財
- 本殿
- 木造男神坐像 2躯(附木造男神坐像 1躯)
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年5月5日 (火) 10:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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