別府史之

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別府史之
Fumiyuki Beppu
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個人情報
本名 別府史之
べっぷ ふみゆき
生年月日 1983年4月10日(26歳)
国籍 日本
身長 180cm
体重 65kg
チーム情報
分野 ロードレース
役割 選手
特徴 ルーラー
アマ所属チーム
1999–2001
2001–2002
2003–2004 
神奈川県立藤沢北高等学校
ブリヂストン・アンカー
VC・ラ・ポム
プロ所属チーム
2005–2007
2008–2009
ディスカバリーチャンネル
スキル・シマノ
主要レース勝利
ツール・ド・フランス第21ステージ・敢闘賞 2009
ルート・デュ・スュド・山岳賞 2009
アジア選手権・個人ロード 2008
日本選手権・個人ロード 2006
日本選手権・個人TT 2006
最終更新日
2009年11月24日

別府 史之(べっぷ ふみゆき、1983年4月10日 - )は、神奈川県茅ヶ崎市出身の自転車プロロードレース選手。自転車ジャーナリストの別府始は長兄、おなじくロードレース選手である別府匠は次兄である。史之と匠のマネージメントは始が行っている[1]

日本人初の近代ツール・ド・フランス完走者の一人であり、2009年7月末現在、日本人史上、ツール・ド・フランスを最も上位で完走した選手である。


目次

[編集] 来歴

[編集] デビュー

小学校2年生の時、当時現役競輪選手であった渡辺努の指導をうけマウンテンバイクの大会等に出場しはじめる。小学校4年生の時にロードレース初優勝を飾る。その後、ヨーロッパへの留学を希望するも神奈川県立藤沢北高等学校(現・神奈川県立藤沢総合高等学校)へ進学。

卒業後、日本のチームブリヂストン・アンカーに所属。海外経験をつむために渡欧しフランスのトップアマチームであるヴェロクラブ・ラポム・マルセイユに派遣される。

[編集] ディスカバリーチャンネル時代

パリ~ルーベ・エスポワールやジロ・デッラ・ヴァッレ・ダ・アオスタの活躍により、2005年にはランス・アームストロングも所属したチームディスカバリーチャンネルへと2年契約で移籍した(その後、更に契約を1年更新し2007年も同チームに所属)。 2006年の世界選手権では見せ場を作ることは出来なかったが124位で完走を果たした(他の日本人出場選手である野寺秀徳福島晋一は共にリタイア)ほか、チューリッヒ選手権で序盤に逃げを決め、2007年のツール・ド・ロマンディでは第3ステージで2位となり日本人として初めてUCIプロツアーのポイントを獲得した。

[編集] スキル・シマノ移籍

2007年シーズン限りでチームディスカバリーチャンネルが解散したため、2008年度からはプロフェッショナルコンチネンタルチームスキル・シマノに移籍。

2008年奈良で開催されたアジア選手権・個人ロードレースで優勝。同年6月13日、北京オリンピックロードレース日本代表選手に選出された。

2009年、当初の目標であった春のクラシックでは目立った結果を残せなかったものの、6月18日から21日までピレネー山脈を舞台に行われたルート・デュ・スュド(Route du Sud。UCIヨーロッパツアー2.1)では初日に3人の逃げに乗ってステージ2位を獲得。山岳ポイントでも首位に立った。別府は第3ステージでも逃げに乗って山岳ポイントを積み重ね、最終日の第4ステージでも山岳ポイント首位を守りきって、見事に山岳賞を勝ち取った[2]

その後6月29日に、同年のツール・ド・フランスの出場メンバーに選出されたことが発表された。同レースには新城幸也も別チームで出場する事が既に決定していた。

[編集] ツール・ド・フランス出場

2009年のツール・ド・フランスでは第2ステージでスキル・シマノのトレインを終盤に引く役割を果たしてタイム差無しの35位、第3ステージでは8位、終盤の第19ステージではアシストが居ないにも関わらずゴールスプリントに加わり7位に入る。また最終の第21ステージではシャンゼリゼ大通りでアタックを決めて逃げ集団を生み出し、そのまま終盤まで積極的に先頭を引くという見せ場を作り、ステージ敢闘賞を獲得した。

最終的に別府は総合112位、総合優勝したアルベルト・コンタドールからは2時間55分21秒遅れの88時間43分56秒で全ステージを完走し、日本人初の近代ツール・ド・フランス完走者の一人となった。

9月に行われた世界選手権では57位となり、日本人3人の中で唯一の完走を果たした[3]

[編集] レディオシャック移籍問題

2009年11月24日ランス・アームストロングを中心に結成し、2010年からUCIプロツアーに参入する新規チーム「チーム・レディオシャック」に移籍することが同チームのプレスリリースにより発表された。

しかしながら先に発表されたスキル・シマノのラインナップに既に別府の名前が存在しており、アルベルト・コンタドール同様に移籍問題が混乱している。

[編集] 脚質

全日本選手権ロード&TTの勝利の成績が物語るように、平坦を得意とするルーラーで、現在は主に平地アシストのポジションだが、ツール・ド・フランス2009第19ステージのスプリントに絡んでの7位や、山岳は専門ではないがルート・ド・スッドでの山岳賞獲得など、パンチャーやオールラウンダーに近い性質も有している。

[編集] 主な戦績

2000年
全日本選手権個人タイムトライアル ジュニア男子優勝
世界選手権(フランス、プルエー)ジュニアTT、ジュニアロード出場
2001年
ジュニア全日本選手権ロード 優勝
アジア・ジュニア選手権ロード 優勝
世界選手権(ポルトガル、リスボン)ジュニアロード出場
2002年
世界選手権(ベルギー、ゾルダー)U23ロード43位
2003年
全日本アマチュア選手権 U23ロード優勝
世界選手権(カナダ、ハミルトン)U23ロード24位
2004年
世界選手権(イタリア、ヴェローナ)U23ロード29位
2005年
世界選手権(スペイン、マドリード)エリート男子個人タイムトライアル 29位
シルキュイ・ド・ラ・サルト 新人賞。総合3位。
2006年
日本の旗 全日本選手権個人タイムトライアル エリート男子優勝
日本の旗 全日本選手権ロードレース 優勝
世界選手権(オーストリア、ザルツブルグ) エリート男子ロード 124位
2007年
ツール・ド・ロマンディ 第3ステージ 2位
2008年
アジア選手権 個人ロードレース優勝
北京オリンピック
個人ロードレース 途中棄権
個人タイムトライアル 39位
ヴァッテンフォール・サイクラシックス 16位
2009年
ツール・ド・フランス
総合112位
第21ステージ 敢闘賞
第3ステージ 8位、第19ステージ 7位
ルート・デュ・スュド 山岳賞
世界選手権(スイス、メンドリージオ) エリート男子ロード 57位

[編集]

  1. ^ 所属事務所公式ウェブサイト
  2. ^ ルート・ド・スッド 山岳賞獲得
  3. ^ レース結果

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年12月3日 (木) 11:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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