前田久吉
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前田 久吉(まえだ ひさきち、1893年4月22日 - 1986年5月4日)は日本の実業家、政治家。産経新聞、東京タワーの創業者である。
[編集] 来歴・人物
大阪府西成郡今宮村(現在の大阪市西成区)の貧しい農家に生まれる。新聞配達員から身を起こし、新聞販売店主、地域新聞発行者、地方新聞発行者とステップアップを重ね、一代で大阪の新聞王に登り詰めた立志伝中の人物。
朝日・大毎両紙陣営からも一目置かれる存在となり、戦前期には大毎の社外役員にも迎えられる。
請われて東京で時事新報を経営するが、失敗。それでも戦時下の新聞統合では自ら経営する二紙が大阪地区の夕刊紙・経済紙の統合主体に選ばれる強さを見せ、遂に朝日・毎日に肩を並べる存在となる。
敗戦後、経営紙の戦意高揚報道により4年間の公職追放。
戦後東京へ再進出を図り、産経新聞を一般紙に転換。全国紙として育成した。地元大阪では民間放送に進出。関西テレビ放送(KTV)・ラジオ大阪(正しくは大阪放送)を設立して、マスコミ・産経グループの形成を図った。
また産経航空部から航空事業にも進出。東京タワー構想が持ち上がると、ニッポン放送の鹿内信隆と共に日本電波塔を設立し、経営に当たった。
しかし、東京進出が裏目に出て産経は経営危機に陥り、自らの政界活動専念を口実に文化放送・フジテレビジョン社長の水野成夫へ産経新聞を譲渡。
以降、千葉県鹿野山一帯の地域開発や東京タワー、ラジオ大阪オーナーとして経済活動を続けた。
[編集] 業績
- 1913年 - 大阪府西成郡天下茶屋(現在の大阪市西成区天下茶屋)で新聞販売店を開業。
- 1922年 - 「南大阪新聞」(のちの「夕刊大阪新聞」)を創刊。
- 1933年 - 商都大阪の専門誌、「日本工業新聞」を創刊。
- 1941年 - 新聞統合の波に乗り、「日本工業新聞」が愛知県以西の業界紙を統合。「産業経済新聞」になる。
- 1942年 - 「夕刊大阪新聞」が「大阪時事新報」を統合し、「大阪新聞」が成立。
- 1950年 - 「大阪不動銀行」(のちの近畿大阪銀行)を設立。
- 1952年 - 日本観光飛行協会(のち日東航空から東亜国内航空を経て、日本エアシステムとなる)を設立。
- 1953年 - 参議院議員選挙に出馬、当選する。
- 1958年 - 東京タワーを開設。ラジオ大阪、関西テレビを開局。
- 1959年 - 参議院議員に再選。経営不振から産経新聞の経営から手を引く。
- 1960年 - 千葉県富津市鹿野山一帯の観光開発を行い、マザー牧場他を開設。
- 1965年 - 勲一等瑞宝章を受章。
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最終更新 2009年10月1日 (木) 12:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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