加橋かつみ
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加橋 かつみ(かはし かつみ、本名:高橋 克己、1948年2月4日~)は大阪府堺市生まれで京都育ちの歌手。元ザ・タイガースの元メンバー。愛称は(トッポ)。
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[編集] 略歴
ザ・タイガースのギター担当で『花の首飾り』『廃虚の鳩』などではリードボーカルも務める。澄んだ透明な声はバンドでも欠かせないものだった。再結成のときのヒット曲「色つきの女でいてくれよ」でもリードボーカルを務めた。その我侭で怠慢な性格から遅刻やステージの放棄など問題行動も多く、「ザ・タイガースのブライアン・ジョーンズ」とも評され、特に現在に至るまで続いている沢田との不仲は当時からバンド内の大きな問題となっていた。
タイガース人気が絶頂を迎え、過密スケジュールが続いて休みも取れないようになると、次第に「アイドル」としてのタイガースのあり方や事務所の方針、そしてそういった自分たちを受け入れ事務所の意向に忠実であろうとするメンバー(特に沢田、当時は時計の針の様にきちんとした男と云われていた)への反発心を強めていった。そして、この頃からメンバーやスタッフに脱退したい意向をもらすようになり、何度もミーティングが持たれるようになった。
1969年3月5日、渋谷・斉藤楽器でのレッスン中に突如行方不明となり、ザ・タイガースは後任メンバーが決定するまでの間一切のスケジュールがキャンセルし、箱根の渡辺プロダクション所有の別荘に篭り活動停止を余儀なくされる。そのまま加橋はタイガースを除名となり、後任にはベース・岸部一徳の弟、岸部四郎がメンバーに決まる。
当初は自発的な失踪と見られていたが、のちに加橋の意向を受けた渡辺プロダクションの画策による茶番劇だったことが発覚し、渡辺プロは謝罪会見を開いた。加橋自身の意向もあるとはいえ、アイドルとして一定の人気があった加橋を事実上解雇することでザ・タイガース全体の人気に影響することを恐れた渡辺プロが、次なる加橋の受け入れ先としてフィリップス・レコードとの契約を取り持った上で「加橋の自発的失踪」という体裁を繕おうとしたものだった。ただし、この計画は極秘事項として加橋以外のメンバーおよびスタッフにもまったく知らされる事なく実行された。そのためザ・タイガースのメンバーは非常に困惑し、特に加橋と同じように芸能界やバンドのあり方について疑問を抱いていた瞳みのると他のメンバーとの間に亀裂を生むきっかけとなってしまった(瞳も同年5月にヨーロッパへ失踪しそうとするも羽田空港へ着いた際に忘れ物に気付き自宅マンションへ戻った時に9月に解散声明をすると云うマネージャー、そして岸部一徳に説き伏せられ未遂に終わる)。
その後は母とパリに渡り、アルバム「パリ1969」を製作。同時に芸能雑誌にいくつかの手記を発表。「タイガースがやった仕事は『ヒューマン・ルネッサンス』(メンバー自作曲を含むコンセプトアルバム)だけだ。」「アイドルになんかなりたくない。」「僕は世界に通用する本物のアーティストを目指す。」といった言葉を残す。
そして、自身の夢をかなえるかのようにミュージカル「ヘアー」の日本版の製作・出演などを果たし、ソロアーティストとしての活躍を期待されるが、「ヘアー」公演中の1970年に大麻取締法違反容疑で逮捕(留置され不起訴処分)、メディアが挙って書き立て以降人気は大きく下降する。そして、それによりフィリップス・レコードも加橋の扱いに慎重になる。
1971年1月24日の日本武道館におけるザ・タイガース解散コンサートの楽屋に突然現れ「花の首飾り」を歌わせてもらうことを懇願するも特に瞳みのるの猛反発にあい、出演はかなわなかった。
翌1972年初めには数ヶ月の家賃滞納、食事は大衆食堂(六本木食堂)でどうにか済ませれる程に経済的に深刻化する。
1975年 には、困窮の限界に達した加橋を見かねた元ザ・スパイダースのベーシスト加藤充の紹介で北島音楽事務所に所属し「哀哭」で演歌歌手として再デビューするも、1971年頃より顕著となった声の衰えもあってヒットはせず、翌年に解雇される。
以降、地道に歌手活動を続け、近年はNHKのアニメ『ニルスのふしぎな旅』の主題歌や、フジテレビ系幼児教育番組『ひらけ!ポンキッキ』のオープニングテーマ『青い空白い雲』とエンディングの『かもめはそらを』などを歌い、以降現在までにシングル11枚・アルバム6枚をリリース。
1989年、タイガース・メモリアル・クラブ・バンドを森本太郎、岸部四郎らと結成。
さらに、沢田研二のものまねでおなじみの岩本恭生とザ・タイガースの元メンバー・森本太郎、岸部シローとザ・タイガースマニアというバンドを1993年に結成し、「涙のロマンス」をリリースした。
80年代後半頃より、いわゆる懐メロ番組に出演して「花の首飾り」「廃墟の鳩」といったタイガース時代の持ち歌を歌うことが多くなった。しかし、タイガースが嫌で脱退しメンバーやファンにも大きな混乱を招いた加橋が、「元・タイガース」を前面に出し、あたかも「タイガースの顔」であったかのようにこういったテレビ出演やイベント出演を繰り返すことに、元メンバーはおろかファンの間からも反発が強く、現在では最近までわずかに交流のあった森本太郎や岸部四郎からも疎遠となっている。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] シングル
- 花の世界(1970年1月5日)
- 愛は突然に/風のささやき(1971年5月)
- あの愛をもう一度(1973年2月)
- 哀哭(1975年8月)
- 日盛り (1976年4月)
- 愛は突然に/ひとり(1977年2月)
- 12時の讃歌(1978年4月)斎藤耕一監督作品「渚の白い家」主題歌
- 18歳、海へ(1979年)藤田敏八監督作品「十八歳、海へ」主題歌
- ニルスのふしぎな旅(1980年)「ニルスのふしぎな旅」主題歌
- ワンダフル・アドベンチャー(1980年)「ニルスのふしぎな旅」挿入歌
- 帰らない夏(1982年)
[編集] アルバム
- パリ 1969(1969年12月20日)
- 1971・花(1971年4月25日)
- パリ II(1972年)
- 郷愁(1975年11月)
- 青春の残像(パリ 1969/1971 花/パリⅡよりベストアルバム、1976年)
- FAR AWAY(1982年6月)
[編集] 参加アルバム
- ミュージカル「ヘアー」サウンド・トラック
- かまやつひろし 「ムッシュー かまやつひろしの世界」(作詞)
- ティーブかまやつ&ムッシュかまやつ 「ファーザー&マッド・サン」
- アニメ 「ニルスのふしぎな旅」サウンド・トラック
- Mi-Ke 「想い出のG.S.九十九里浜」
- 24時間テレビ~愛は地球を救う&ユニコ サウンド・トラック
- OJPC 物語2001
[編集] タイガース・メモリアル・クラブ・バンド
- シングル
- 懐かしきラブ・ソング
- 君よ女神のままに
- ブルー・シャトゥを君だけに/G.Sが好きさ好きさ好きさ
- 未来への花束
- OH OH OH ~We are the Winners~
- アルバム
- タイガース・メモリアル・クラブ・バンド
- タイガース・メモリアル・クラブ・バンド Ⅱ 「ぼくと、ぼくらの夏」
- ビデオ
- G.Sフェスティバル
- 懐かしきラブ・ソング
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月26日 (木) 13:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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