加藤慎平
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加藤 慎平(かとう しんぺい、1978年5月18日 - )は、日本の競輪選手である。日本競輪学校第81期卒業。岐阜県羽島郡岐南町出身。日本競輪選手会岐阜支部所属。師匠は竹内久人。初出走は1998年8月13日、名古屋競輪場。初勝利も同レース。血液型O。
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[編集] 戦績
岐阜県立岐南工業高等学校を経て日本競輪学校に入学。デビュー後の2000年には新人王のタイトルを獲得した。この後も順調に活躍し、2005年には第21回読売新聞社杯全日本選抜競輪で初のGI制覇を果たし、続くKEIRINグランプリも制して賞金王に輝いた。
これにより新しい中部の司令塔としての期待をもたれたが、その後は調子を大幅に崩しファンからも心配されていた。しかし2008年のサマーナイトフェスティバル決勝2着から徐々に調子を取り戻し、2009年2月に高松競輪場で開催された東西王座戦では西日本王座決定戦で初のGII勝利を果たし、3月には岸和田競輪場で開催された日本選手権競輪の決勝で微差の2着となったが、復活への足がかりを掴んだことを印象付けた。
[編集] 主な獲得タイトルと記録
- 2000年 - 競輪祭新人王(小倉競輪場)
- 2005年 - 読売新聞社杯全日本選抜競輪(岸和田競輪場)、KEIRINグランプリ05(平塚競輪場)
- 年間賞金王1回 - 2005年
- なお2005年12月に特別競輪を連続優勝したことで、月間賞金獲得額1億3千万円という記録も作った。
[編集] 競走スタイル
デビュー当時は逃げの戦法で活躍していたが、上位陣と対決するため「逃げ」を事実上封印して捲りや追込の戦法に切り換えており、追い込みタイプの自在型選手として活躍している。
しかしグランプリ優勝後はプレッシャーのためか、何度も内臓疾患を起こして体調を崩しただけでなく、落車に巻き込まれるなどの不運が続き、そのせいで慢性的な出走本数不足に陥っていることから、完全復活が期待されている。
[編集] エピソード
- 弟子には不破将登がいる。
- 同期の熊本の合志正臣や同級生の佐賀の荒井崇博と仲がいい。
- 2008年の北京五輪ケイリン銅メダリストの永井清史は、加藤らを中心とした岐阜の選手の練習サークル「闘心會」において弟のように可愛がっている存在であり、永井の銅メダル獲得の報を聞いた時には、我が事のように涙を流して喜んだという。
- 競輪選手の中では弁が立ち、GP覇者の経歴・上述の永井との関係などもあり、2年連続でKEIRINグランプリのゲスト解説に起用されている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月21日 (月) 10:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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