加藤武治
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| 北海道日本ハムファイターズ | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 山形県天童市 |
| 生年月日 | 1978年3月24日(31歳) |
| 身長 体重 |
188cm 82kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 2002年 ドラフト4巡目 |
| 初出場 | 2003年5月22日 |
| 年俸 | 5700万円(2009年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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加藤 武治(かとう たけはる、1978年3月24日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 経歴
日本球界では珍しく、国公立の教育大学の出身(東京学芸大学)である。2002年のプロ野球ドラフト会議で横浜ベイスターズに4巡目で指名され、入団した。
2003年に新人ながら44試合に登板し、防御率2.77の好投で、リリーフの頭数が足りないチームを救った。シーズン途中にエディ・ギャラードが移籍してくるまではデニー友利とともにクローザーも任され、5セーブを記録した。2004年のアテネオリンピック (2004年)期間中に先発投手に回り、6勝を挙げた。2005年には開幕ローテーション入りしたが4度の先発で防御率7点台とあって二軍落ち。一軍に復帰した5月26日以降は中継ぎに再転向。特に先発が序盤で崩れた際のロングリリーフで安定感を見せた。
2006年シーズンは開幕から中継ぎで起用され、序盤に11試合連続無失点を記録した。当初は木塚敦志や川村丈夫の前を担うロングリリーフが予定されていたが、両者の不調により、クローザーのマーク・クルーンにつなぐセットアッパーを任されるようになった。僅差の試合でも先発が早い回で崩れた試合でも登板した結果、登板試合数はリーグトップの65となり、ホールドポイント35(勝利8、ホールド27)で藤川球児と並んで最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得した。この年の加藤は木塚、川村、クルーンと共に4人揃ってリリーフとして好成績を残し、『クアトロK』という総称が与えられたが、翌2007年に川村と加藤が先発に転向したためクアトロKはこの年限りで解散ということになった。
その2007年には開幕から9試合に先発したが1勝しか挙げられず(3敗)、防御率は6点台、4回以前に降板した試合が6と散々な成績で6月9日に二軍落ちとなった。結局、6月中に川村とともに中継ぎに戻され、クアトロKが再結成されることとなったが、中継ぎでは2点台の防御率に抑えて7勝をマークし、先発のときとは別人のような安定感を誇った。
2008年は中継ぎに専念することになり、退団したクルーンの後釜のクローザー候補としても名前を挙げられていた。開幕一軍は果たすが直後に肉離れで離脱。5月下旬に復帰したが間も無く腰を痛めてしまい7月1日の登板を最後に二軍落ち。その後二軍でも登板できないまま2009年シーズンを迎えた。2009年も二軍調整が続き、腰を痛めた影響でダイナミックなフォームは影を潜めてしまい、球威も落ちてしまった。結果、一軍登板は自己ワーストのわずが9試合にとどまった。11月26日に、稲田直人、坂元弥太郎、松山傑との交換トレードで、松家卓弘、関口雄大と共に北海道日本ハムファイターズへ移籍した。
[編集] プレースタイル
サイドスローからキレのある球を投げ、主に中継ぎとして活躍する右腕。膝を折り曲げて構える独特のセットポジションから、体を大きく沈ませながら腕を大きく振り上げて投球する。かつてはストレートが最速152km/hを記録したことがあり、ストレートで押していく投球が特徴であったが、近年は140km/h前後に落ち着き、ボールのキレで勝負をするようになった。
球種はストレートの他に独特の浮き上がるようなスライダー、近年は時折シンカーも投げる。2005年からはスライダーを投げる割合が増えた。ただし、球種が少ないので他に決め球がなく、ストレートを続けてファウルされると投げる球がなくなり、結果として球数がかさむ。故意四球(敬遠)が苦手で、打者を敬遠する場合も常に全力で投球する。
中継ぎ時と先発時とでは成績に大きな差が出る。横浜ベイスターズ時代に2度、先発に転向したがいずれも結果を出せずに中継ぎに回されている。2007年などは、四死球は先発時の38イニングで20個に対し中継ぎでは43イニングで12個であった。本人曰く「先発は最初から全力投球しづらい」。[要出典]
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003 | 横浜 | 44 | 2 | 0 | 0 | 0 | 4 | 2 | 5 | -- | .667 | 252 | 61.2 | 59 | 5 | 6 | 1 | 4 | 63 | 0 | 0 | 23 | 19 | 2.77 | 1.05 |
| 2004 | 43 | 8 | 0 | 0 | 0 | 6 | 6 | 2 | -- | .500 | 421 | 101.0 | 99 | 6 | 23 | 0 | 4 | 97 | 1 | 0 | 46 | 44 | 3.92 | 1.21 | |
| 2005 | 46 | 4 | 0 | 0 | 0 | 4 | 6 | 0 | 12 | .400 | 372 | 90.1 | 89 | 13 | 17 | 0 | 5 | 85 | 1 | 0 | 34 | 33 | 3.29 | 1.17 | |
| 2006 | 65 | 0 | 0 | 0 | 0 | 8 | 7 | 1 | 35 | .533 | 316 | 76.1 | 64 | 8 | 24 | 0 | 2 | 72 | 1 | 0 | 24 | 21 | 2.48 | 1.15 | |
| 2007 | 52 | 9 | 0 | 0 | 0 | 8 | 4 | 1 | 18 | .667 | 366 | 82.0 | 88 | 10 | 29 | 2 | 3 | 87 | 0 | 0 | 43 | 41 | 4.50 | 1.43 | |
| 2008 | 14 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 52 | 12.0 | 17 | 1 | 2 | 0 | 0 | 12 | 0 | 0 | 8 | 8 | 6.00 | 1.58 | |
| 2009 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 53 | 11.0 | 15 | 2 | 5 | 2 | 0 | 11 | 2 | 0 | 7 | 7 | 5.73 | 1.82 | |
| 通算:7年 | 273 | 23 | 0 | 0 | 0 | 30 | 27 | 9 | 65 | .526 | 1832 | 434.1 | 431 | 45 | 106 | 5 | 18 | 427 | 5 | 0 | 185 | 173 | 3.58 | 1.24 | |
- 2009年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 背番号
- 17 (2003年 - 2009年)
[編集] タイトル・表彰
- 最優秀中継ぎ投手 - 2006年(35ホールドポイント)
[編集] 個人記録
- 初登板:2003年5月22日、対中日ドラゴンズ10回戦(横浜スタジアム)
- 初奪三振:2003年5月25日、対読売ジャイアンツ11回戦(横浜スタジアム) - 打者:仁志敏久
- 初勝利:2003年6月3日、対ヤクルトスワローズ10回戦(横浜スタジアム)
- 初先発:2003年9月19日、対中日ドラゴンズ23回戦(横浜スタジアム)
- 初セーブ:2003年7月26日、対広島東洋カープ14回戦(釧路市民球場)
- 初ホールド:2005年4月10日、対阪神タイガース3回戦(阪神甲子園球場)
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年11月27日 (金) 12:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【加藤武治】変更履歴

