労働価値説
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労働価値説(ろうどうかちせつ、labour theory of value)とは、人間の労働が価値を生み、労働が商品の価値を決めるという思想。アダム・スミス、デヴィッド・リカードを中心とする古典派経済学の基本思想として発展し、カール・マルクスに受け継がれた。
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[編集] 労働価値説の萌芽
マルクスはウィリアム・ペティを労働価値説の始祖としている。1662年に出版された『租税貢納論』には以下のような指摘がみられる。
もしある人が、1ブッシェルの穀物を生産しうるのと同じ時間に、銀1オンスをペルーの大地のなかからロンドンにもってくることができるとしよう。この場合、一方は他方の自然価格(natural price)である。ところが、もし新しい・しかももっと楽な〔採掘ができる〕諸々の鉱山のおかげで、ある人がかつて1オンスを獲得したのと同じ容易さで、銀2オンスを獲得することができるならば、そのときには、他の条件にして等しい限り、穀物は1ブッシェルが10シリングでも、かつて1ブッシェルが5シリングであったのと同様に安価である、ということになるであろう。[1]
ここには商品の「自然価格」がそれに費される労働によって決まるという視点が見られる。ただし、彼は「すべての物は、二つの自然的単位名称、すなわち土地および労働によって価値づけられなければならない」[2]とも述べており、完全に労働価値説に立ったわけではなかった。
[編集] スミスの労働価値説
アダム・スミスは『国富論』で「労働こそは、すべての物にたいして支払われた最初の代価、本来の購買代金であった。世界のすべての富が最初に購買されたのは、金や銀によってではなく、労働によってである」[3]と述べ、労働価値説を確立した。ただしスミスの見解には二つの観点が混在していた。一方で彼は「あらゆる物の真の価格、すなわち、どんな物でも人がそれを獲得しようとするにあたって本当に費やすものは、それを獲得するための労苦と骨折りである」[4]とし、商品の生産に投下された労働によって価値を規定した。これは投下労働価値説と呼ばれる。しかし他方において、商品の価値は「その商品でかれが購買または支配できる他人の労働の量に等しい」[5]と、支配労働価値説と呼ばれる観点をも示した。
スミスにとっては、商品の価値が投下された労働によって決まるということと、商品の価値が労働の価値によって決まるということは、明瞭に区別されていなかった。そのため、彼は投下労働価値説が当てはまるのは「資本の蓄積と土地の占有にさきだつ初期未開の社会状態」だという見解を示した。労働生産物が労働者自身に帰属する場合、交換は各生産物に投下された労働の量に従って行われる。しかし資本家や地主が登場すると、労働者は賃金、資本家は利潤、地主は地代を得るようになる。商品の価格は賃金と利潤と地代によって構成されるようになる[6]。このスミスの考え方は価値構成説と呼ばれる。
[編集] リカードの投下労働価値説
リカードはスミスから投下労働価値説を受け継ぎ、支配労働価値説を斥けた。彼によれば、商品の生産に必要な労働量と商品と交換される労働量は等しくない。例えば、ある労働者が同じ時間に以前の2倍の量を生産できるようになったとしても、賃銀は以前の2倍にはならない。したがって支配労働価値説は正しくないという[7]。
資本蓄積が始まると投下労働価値説は妥当しなくなる、という説に対しては、資本すなわち道具や機械に間接的に投下された労働量と直接的に投下された労働量の合計によって商品の価値が決まる、という見解を示した[8]。
地代については、土地の耕作は最も肥沃な土地から始まって劣等な土地へと拡大していく、という前提(収穫逓減の法則)に立ち、最劣等地については地代は発生せず、それより肥沃な土地について最劣等地との肥沃度の差が地代を生む、という差額地代論を示した[9]。限界的な土地には地代は発生しないので、地代の存在によって投下労働価値説を放棄する必要はないことになる。
とはいえ、リカードは投下労働価値説を完全に維持することはできなかった。彼は賃銀の騰落が資本の構成によって商品の価格に異なる影響をもたらすことに気づいた[10]。投下労働価値説の出発点においては、賃銀の上昇は利潤の低下をもたらすだけであり、商品の価格には影響しないはずであった。しかし投下資本に占める賃銀の比率が社会的な平均より高い場合、賃銀の上昇は生産費用を平均以上に高め、賃銀の比率が平均より低い場合は生産費用の上昇は平均以下となる。いずれの資本に対しても平均的な利潤が得られるとすれば、前者の場合は利潤の低下分より賃銀の上昇分のほうが大きく、したがって商品の価格は上昇するのに対し、後者の場合は逆に商品の価格は低下する。投下労働量と関係なく商品の価格が変動するわけである。
[編集] マルクスの剰余価値説
マルクスはリカードの投下労働価値説を受け継ぎ、労働と労働力を概念的に区別することによって資本家の利潤の源泉が剰余価値であることを明らかにした[11]。賃金と交換されるのは労働ではなく労働力であり、労働力の価値の補填分を越えて労働が生み出す価値が剰余価値であって、これを利潤の源泉とした。
また、労働が行われる過程での実体的要素を労働対象・労働手段・労働とし、労働対象と労働手段をあわせて生産手段と呼んだ。受動的要素である生産手段は価値を生まないが、能動的要素である労働は価値を生む。資本家の観点からみれば、生産手段に投じられる資本ではなく労働力に投じられる資本が利潤を生むということになる。マルクスは生産手段を不変資本、労働力を可変資本と呼んだ[12]。
リカードが賃金の騰落の影響に関して悩んだ問題は、マルクスでは不変資本と可変資本の構成の問題として整理されることになった。投下労働価値説の考え方に従えば、労働力に多く資本を投下すれば、つまり可変資本の比率が高ければ、それだけ生産物の価値は増大し、剰余価値も大きくなる。しかし実際には、労働力の比率が高ければ高率の利潤が得られるということはない。市場における競争の結果として利潤率は均等化すると考えなければならない。すると商品の価格は投下労働量に比例するとは言えなくなる。
市場における利潤率の均等化の結果として成立する価格をマルクスは『資本論』第三巻で生産価格と呼んだ[13]。生産手段と労働力に支払われた価格を費用価格とし、平均利潤を加えたものである。この生産価格は投下労働量に比例するものではないため、第一巻の投下労働価値説と第三巻の生産価格論は矛盾するのではないかという批判を呼び起こした。代表的なのがベーム=バヴェルクの『カール・マルクスとその体系の終結』[14]である。また、費用価格も生産価格によって売買されることをマルクスが十分に論じなかったため、後に転形問題と呼ばれる論争のテーマとなった。
マルクスは差額地代とは別に絶対地代も成立しうることを認め、最劣等地においても地代はゼロではないという見解を示した[15]。生産物の価値は投下労働だけでなく地代によっても規定されることになり、投下労働価値説としての一貫性はリカードより一歩後退した。
[編集] 限界革命
1870年代にウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ、カール・メンガー、レオン・ワルラスの3人の経済学者が、ほぼ同時に、且つ独立に限界効用理論に基づく経済学の体系を樹立し、新古典派経済学の創始者となった。以後、マルクス経済学以外の流派が労働価値説を自らの理論の核とすることはほとんどなくなった。そして、イアン・スティードマンをはじめとするネオ・リカーディアンによる労働価値説不要論が有名になった1970年代後半以降は、労働価値説を放棄するマルクス経済学者も出てきている。
[編集] その他の労働価値説
イブン・ハルドゥーンは『歴史序説』にて、労働が富の源泉であり、人間が獲得した所得は、労働のもたらした価値であると論じている。労働の価値は、その労働量、等級、需要度によって定まり、その所得の多寡もこれに準ずるとした[16]。
[編集] 出典・脚注
- ^ ウィリアム・ペティ『租税貢納論』大内兵衛・松川七郎訳、岩波書店<岩波文庫>、1952年、89-90頁
- ^ ウィリアム・ペティ『租税貢納論』大内兵衛・松川七郎訳、岩波書店<岩波文庫>、1952年、79頁
- ^ アダム・スミス『国富論』大河内一男監訳、中央公論社<中公文庫>、1978年、53頁
- ^ アダム・スミス『国富論』大河内一男監訳、中央公論社<中公文庫>、1978年、52頁
- ^ アダム・スミス『国富論』大河内一男監訳、中央公論社<中公文庫>、1978年、52頁
- ^ アダム・スミス『国富論』大河内一男監訳、中央公論社<中公文庫>、1978年、第1編第6章
- ^ リカードウ『経済学および課税の原理』、羽鳥卓也・吉澤芳樹訳、岩波書店<岩波文庫>、1987年、第1章第1節
- ^ リカードウ『経済学および課税の原理』、羽鳥卓也・吉澤芳樹訳、岩波書店<岩波文庫>、1987年、第1章第2節
- ^ リカードウ『経済学および課税の原理』、羽鳥卓也・吉澤芳樹訳、岩波書店<岩波文庫>、1987年、第2章
- ^ リカードウ『経済学および課税の原理』、羽鳥卓也・吉澤芳樹訳、岩波書店<岩波文庫>、1987年、第1章第4節
- ^ カール・マルクス『賃金、価格、利潤』、土屋保男訳、大月書店<国民文庫>、1965年
- ^ カール・マルクス『資本論(1)』、岡崎次郎訳、大月書店<国民文庫>、1972年、第1部第5-6章
- ^ カール・マルクス『資本論(6)』、岡崎次郎訳、大月書店<国民文庫>、1972年、第3部第9章
- ^ ベームーバーヴェルク『マルクス体系の終結』、木本幸造訳、未來社、1969年
- ^ カール・マルクス『資本論(8)』、岡崎次郎訳、大月書店<国民文庫>、1972年、第3部第45章
- ^ 『歴史序説(三)』森本公誠訳、岩波書店〈岩波文庫〉、2001年。第5章
[編集] 関連項目
- 搾取
- 効用価値説
最終更新 2009年10月17日 (土) 05:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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