勝浦郡

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勝浦郡(かつうらぐん)は、徳島県の人口7,666人、面積179.48km²、人口密度42.7人/km²。(2009年8月1日、推計人口

以下の2町を含む。

[編集] 歴史

平家物語[1]源平盛衰記では、勝浦と書いて「かつら」と発音していたことや、舎人親王が浦で勝ったから勝浦となったという起源が紹介されている。

[編集] 沿革

  • 1889年10月1日 - 町村制施行に伴い、勝浦郡に小松島村・勝占村・多家良村・棚野村・生比奈村・高鉾村・福原村の7村が成立する。(7村)
  • 1907年11月1日 - 小松島村が町制施行し小松島町となる。(1町6村)
  • 1926年2月11日 - 棚野村が町制施行・改称し横瀬町となる。(2町5村)
  • 1951年4月1日(2町3村)
    • 多家良村・勝占村が徳島市に編入。
    • 小松島町が那賀郡立江町を編入。
  • 1951年6月1日 - 小松島町が市制施行し、小松島市となり郡より離脱。(1町3村)
  • 1955年3月1日 - 横瀬町・生比奈村が合併し、勝浦町が発足。(1町2村)
  • 1955年7月20日 - 高鉾村・福原村が合併し、上勝町が発足。(2町)

[編集] 出典

  1. ^ 長門本のみ。[1]

    判官これをば何といふ所ぞと尋ね給へば、 勝浦と申候、 軍に吉例とおもひて、汝は色代を申か、 さは候はず、御室御領五ヶ庄内、下臈はかつらと申候べとも、 字には勝浦と書て候、昔崇道尽敬天皇異賊を平らげ給ひしに、 軍かち給しよりして、勝浦と申伝へたりとぞ申、 判官大に悦てこれきき給へ殿原、 軍しに来る義経が勝うらに着たる不思議さよ、


最終更新 2009年4月17日 (金) 11:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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